最近、ビットコイン価格の乱高下もあり、「仮想通貨」が世間を賑わせています。たとえば、サウジアラビアの中央銀行であるサウジアラビア通貨庁(SAMA)は、国境を越えた決済を改善するために、仮想通貨リップルネットワークの活用を開始するそうです。
一方、漠然とした不安感も漂っています。先月、金融安定理事会(FSB)の議長を務めるイングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁が20カ国・地域(G20)財務相らに宛てた書簡で、仮想通貨はある時点で金融システムの脅威となる可能性があると指摘しました(出所:3月19日付けブルームバーグ)。
そこで今回は、お金(マネー)の未来はどうなっていくのか、あらためて考えてみたいと思います。
すでにお金(マネー)は単なる電子データ
そもそもお金(マネー)とは何でしょうか。日本ではまだ現金決済が根強いので、紙幣(日銀券)をイメージするかもしれません。また、一般に「政府がお金を刷る」という言い方があるので、日銀が紙幣を刷るとお金(マネー)が生まれるという漠然とした誤解もあるかもしれません。
非常にざっくり言うと、近代国家では、お金(マネー)は「信用創造」という形で銀行が作り出しています。つまり、誰かが借金をすると、それによりお金が生まれるということです注1。銀行預金が貸し出され、その反転によって生じた預金がさらに貸し出されて再び預金になるという形で預金通貨(=電子データ)が膨張するのです(少し長くなりますが、詳しくは注1の説明をご覧ください)。
銀行は一定の現金準備を保有しなければなりませんが、それは信用創造機能を発揮しているわけです。当たり前のことではありますが、ご興味がある方は参考文献をご覧ください注2。
つまり、すでにお金(マネー)とは電子データだといっても良いくらいです。現実には日本国内に流通している紙幣・貨幣は、お金(マネー)全体の1割程度です。今日のお金(マネー)の主要形態は預金が預金のままで支払手段としてお金の機能をはたす「預金貨幣」という電子データなのです。
注1: 齋藤壽彦(2002年)『信頼・信認・信用の構造ー金融核心論ー』p.171による解説は以下です。「①いまある人がA銀行に現金で100万円を預金したとする。②A銀行は支払準備金として例えば10%にあたる10万円を残して90万円を企業Pに貸出す。③貸出を受けた企業Pはこの90万円を商品の代金として企業Qに支払う。④企業Qは自分の取引銀行であるB銀行にこれを預金する。⑤B銀行はこの中から10%の9万円を支払い準備として除いて残りの81万円を貸出す。こうして次々に預金から貸出を行っていくと、A, B, C・・・などの銀行全体では、最初に預けられた100万円の現金をもとに、貸出によって900万円の預金通貨(=電子データ)が創られ、預金総額は1,000万円に拡張される。」
注2:たとえば、イングランド銀行(英中央銀行)の季刊紙(2014年第1四半期)に『Money creation in the modern economy』というわかりやすい論文があり、これはおすすめです。
仮想通貨はなぜ不安なのか
すでにお金(マネー)が電子データだとすれば、仮想通貨への漠然とした不安感はどこからくるのでしょうか。
お金(マネー)は中央銀行が発行する「法定通貨」で、中央銀行・銀行のバックアップがあります。一方、仮想通貨には、そうしたバックアップがありません。
仮想通貨は現代における「無尽(むじん)注3」のようなものと言えるかもしれません。そう考えれば、昔ながらの「無尽」ならば、お互いに顔がわかるコミュニティの中での信用基盤がありましたが、今はブロックチェーンという新しい技術、すなわち「分散コンピューティング(分散型台帳技術/DLT)」が拠り所です。
ただし、その技術を正確に理解できている人は少ないのではないでしょうか。また「無尽」における「親」が本当に信用できるのかと疑りだせば、それが漠然とした不安につながるのかもしれません。
注3:口数を定めて加入者を集め、定期に一定額の掛け金を掛けさせ、一口ごとに抽籤または入札によって金品を給付するもの(出所:小学館デジタル大辞泉)。
各国政府の対応とキャッシュレス社会の到来
先月、イングランド銀行のカーニー総裁が将来における仮想通貨の脅威を指摘したところですが、今後、各国政府はどのように対応していくのでしょうか。
現時点でグローバル市場での仮想通貨の規模は世界のGDPの1%にも満たないので、すぐに世界金融が不安定になるというような緊急の問題ではなさそうですが、政府・金融当局の立場から考えると、金融や国民生活を安定させるために政府が「親」になるような形でキャッシュレス化を推進していこうとするでしょう。
ご存じの通り、先進事例としてはスウェーデン、エストニア、そして英国があります。英国はインドと組み、まずインドでキャッシュレス化を進め、そのメリット・デメリットを検証した上で英国のキャッシュレス社会構築に向けた大実験を始めているように見えます。
遅ればせながら日本でも、Amazonのキャッシュレスコンビニや、実証実験として「現金通貨での支払いお断り、電子決済のみ支払い可能」のレストランなどが生まれています。法定通貨を使わせないお店というのは違法なのかもしれませんが、いずれ日本政府も国民の利便性を向上させる為、政府が通貨管理できるような仕組みでキャッシュレス化を進めていくでしょう。
そうした政府管理下のキャッシュレス化の結果として、世界の基軸通貨である米ドルへの信認は相対的に下がるかもしれないと推察しています。現時点では、あくまで個人的な妄想に過ぎませんが、ひょっとすると急速にキャッシュレス化を進めている中国と英国が連携し、キャッシュレス社会を前提にした新たな基軸通貨体制を構築していこうとするかもしれません。
仮想通貨を含むフィンテック(金融×技術)の領域はとても幅広く、今後、人工知能(AI)とビッグデータ(機械学習、予測分析)、暗号学(スマート契約、生体認証)、モバイルアクセスとインターネット(API、電子財布、新決済プラットフォーム)といった「破壊的技術(disruptive technologies)」が金融の世界に大きなインパクトをもたらすことは疑いようがありません。
特に、仮想通貨の拠り所となっている「分散コンピューティング」という破壊的技術こそが、将来、お金(マネー)のありようという経済社会の根本を変えてしまう可能性を秘めているように思えてなりません。
大場 由幸