では、あまり語られることのない、胃ろうに対する「医療職の思い」はどのようなものでしょうか。

実は、医療職が胃ろうの話をする時、その背景には純粋な医学的判断と同時に、医療・介護サイドの都合がある場合もあります。というのは、胃ろうが作られている患者さんの介護は、そうでない患者さんの介護に比して労力がかからない場合が多く、胃ろうがあることが介護施設入所の条件になるケースもあるからです。

介護面からは、口から食べる患者さんはスプーンでひと口ずつ介助が必要だったりしますが、胃ろうがあれば、栄養の入った液体をベッドサイドにぶら下げて管をつなぐだけでいい。また、医師としても口から食べる人には誤嚥性肺炎などを気遣いますが、胃ろうがあって管から栄養が入っていれば、そうした心配をあまりしなくて済むのです。

このように、胃ろうは医師でさえ正解を模索している本当に難しい問題ですが、それ以外の終末期の選択肢には何があるかというと、次のようなものがあります。

  • 胃ろう
  • 経鼻経管栄養(鼻から胃まで管を通す)
  • 普通の点滴
  • 中心静脈栄養(特別な太い点滴)
  • 何もしない
  • 死んでもいいから口から食べるなど

ただ、おそらくどの選択肢にもいい面・悪い面が混在していて、これで100点満点!という選択肢はない、と言えるでしょう。でも、これでは最初に掲げた相談への答えにならないではないか、と思われるかもしれません。確かに「正解」を示すことはできませんが、考え方の「道筋」は示せるかもしれないというのが私の考えです。

ご本人の本当の思いは?

実は、ここまでの話で、その思いや迷いを語られていなかった方がいます。それは患者さんご本人です。

医療側の考え方や介護側の都合などの話をしていると、ついつい忘れてしまうのが患者さんご本人の思いです。医療や介護などの多職種会議などでも、専門的な話になりすぎたり、各職種の「都合」の話にばかりなり、「ご本人がその問題についてどう思っているのか」はついつい置きざりにされがちです。

ご本人の思いが大前提で話は進められるべきだとはいえ、認知症が進んで自分の意思を話せない場合も多いのでは? という疑問もあるでしょう。ただ、2016年の日本老年歯科医学会の全国大会で行われた報告の中には、絶食・胃ろうの人の中にも本当は食べられる人も少なくないというデータもあります。

これは鹿児島県の訪問歯科の先生たちの取り組みで、歯科医師や歯科衛生士のチームが、患者さん一人一人に対して「どれくらい食べられるのか」、「どれくらい飲み込む力が残っているのか」を、嚥下内視鏡という検査で評価して、さらに食べる・飲み込む練習・リハビリ(食支援)をするというもの。

これを在宅でも、介護施設・病院でも、どこにでも出張していろいろな場所でやるという取り組みを445人の患者さんに行った結果、医師から「食べられない」とされていた患者さんの8割は少しでも食べられるようになった。また、胃ろうなどの管で栄養を送られていた人のうち1割は,、全ての栄養を口から食べられるようになったという報告です(『胃ろう・絶食の人も実は8割食べられた!【衝撃の学会報告】』)。

そういう意味では、自分の意思を伝えられないと思われている患者さんたちも、我々が勝手にレッテルを貼っているだけかも知れません。

たとえば、重度の認知症の方でも、もしかしたら時間帯によっては頭がはっきりすることがあるかもしれませんし、施設ではボーッとしていても、外泊でご自宅に帰ったらシャッキリすることがあるかもしれません。そういう時にさりげなく本心を聞いてみてもいいかもしれません。

もちろん、認知症が進行して、ご本人の思いが全く聞けない状態ということもあるでしょう。ただ、たとえ「今」はそうだとしても、そうしたお爺ちゃん・お婆ちゃんも、「かつて」は社会で活躍された尊敬すべき先輩たちです。何も思いがなかったわけはないはずです。かつて元気だった時、延命治療や胃ろうについてどう思っておられたのか、彼らの輝ける時代をともに過ごされたご家族ならば、そこに思いを馳せることもできるのではないでしょうか。

私の患者さんで、本当に真摯に耳を傾ける努力をしたところ「ハラの胃ろうのパイプをひっこぬいてください」と筆談で訴えられた方までおられました(『胃ろうをひっこぬいてくれ」と訴える患者さんの話』)。つまり、まずご本人の思いがあって、それをどうやって叶えられるか、そのために医療・介護は何ができるのか、何をしてもらえるのか。そんなふうにみんなで悩むことも大事なのではないかと思います。

いろいろな病院だったり、医療・介護のいろいろな職種の人たちの話を聞けば聞くほど、どんどん専門職の理論に引きこまれていって、いつの間にかいちばん大事な「ご本人の思い」が遠く彼方に行ってしまうことがよくあります。そんな時、もう一度、お爺ちゃん・お婆ちゃんの若い頃を思い出しながら、ご家族みんなで「ご本人の思い」を語り合ってみてはどうでしょうか。

まとめ

今回のポイントをまとめると以下のようになります。

  1. 終末期医療の世界に正解はない
  2. 胃ろうを勧める・勧めない医療側の事情もある
  3. ご本人の本当の思いは何か。それを叶えるためには何が必要か。家族も医療・介護関係者もみんなで悩みましょう!

「人間の死亡率は100%」、誰にも必ず人生の終わりが訪れます。ご高齢の方だけでなく、ご家族も、医療・介護の専門職も、みんなで悩みながら考えていきたい問題だと考えています。

筆者の著書『破綻からの奇跡〜いま夕張市民から学ぶこと〜
財政破綻で病院が縮小された夕張市の地域医療から学べることは多い

日本内科学会認定内科医 森田洋之