みなさんは「胃ろう」という言葉を聞いたことがありますか? 胃ろうとは、ざっくり言うと口から食べることが困難になった場合、直接胃から栄養を摂取するための医療措置のことです。今回はこの胃ろうについて、次の相談をもとに医師としての私なりの考え方を述べたいと思います。
90歳で認知症の父が肺炎で入院しています。病院の主治医からはこう言われました。
- もう何回も肺炎を繰り返している。
- 飲み込む力が弱ってきたために、食べ物が食道・胃でなく、肺の方に入ってしまっている。
- このままだと口から食べ続けるのは危険かもしれない。
- いずれ「胃ろう」という可能性も十分にあるので、ご家族で話し合っておいてください。
話し合っておいてと言われてもどうすればいいのかわからず、とても悩んでいます。
終末期医療の世界には正解がない?
手術したり、点滴したりという一般的な医療の世界では、いわゆる「標準的(理想的)な術式、投薬法」などガイドライン的な「正解」があります。しかし、終末期医療の世界には「これが正解」と言える一定の道筋があるようで、実はあまりない、というのが現実です。
たとえば、超高齢で老衰としか言えないような状態の時、また、認知症の末期でもう寝たきりというような時は、医師が得意とする「治療」で解決できる問題ではなくなっています。言い換えれば、もう「延命処置」しかすることがありません。
すでに治療に反応しない段階になりつつある患者さんの人生の終わりにどう向き合っていくか…。多くの管につながれて意識もなく延命されることが果たしてご本人の人生の終末としてふさわしいものなのか…。そんなデリケートな部分は医学的な正解とはまた別の話になってきます。
実はこうした部分は、治療の専門家である多くの医師にとって得意な分野ではないのかもしれませんし、医師も迷いの中にあるのかもしれません。そのあたりのことが見て取れるのが、東京大学の会田薫子特任教授による研究データです。
これは日本老年医学会の医師を対象とした調査ですが、その中に、認知症末期のシナリオとして「認知症が進行して食べられなくなった患者さん(現在は点滴で栄養補給中だが、点滴だけでは十分な栄養は摂れない)にどの治療法を勧めますか?」という問いがあります。
これに対して789人の医師から得た回答の結果は、以下のようになっています。
- 末梢点滴継続、自然の経過へ:51%
- 胃瘻(ろう):21%
- 経鼻経管:13%
- すべて差し控えて自然の経過へ:10%
- 無回答:5%
出典:日本老年医学会シンポジウム 2011 食べられなくなったらどうしますか? 認知症のターミナルケアを考える〜医師対象調査報告〜
ここで最も多い点滴というご意見にしても、点滴だけできちんと栄養が摂れるものではないわけですから、「これがベスト!」と言うよりは、むしろ「何もしないよりは今の点滴を続けていたほうがいいかな」くらいのご意見ではないかと思います。
一方、「あなた自身がその患者さんだったらどうしますか?」という問いに対する医師789人の回答結果は次の通りです。
- 末梢点滴だけ:31%
- すべて差し控えて自然の経過へ:21%
- 死んでもよいから経口摂取継続:19%
- 胃瘻(ろう):13%
- 経鼻経管:2%
- 無回答:7%
出典:同上
このように、「すべて差し控えて自然の経過へ(何もしない)」が一気に倍になり、「死んでもいいから口から食べたい」も2割近くあります。正解のない終末期医療の世界で医師もとまどっていることのあらわれかもしれません。
また、内閣府が出した「医療の見える化」のデータによると、胃ろうの件数にはかなり地域差が強くあることが分かってきています。
たとえば、都道府県別・入院患者に対する胃ろうからの栄養注入件数(高齢化率など平準化済)によると、最も多い沖縄県と最も少ない埼玉県では7倍近い差があるという結果になっています。これだけの差があるということもまた、正解がない世界でみんな戸惑っていることを示唆しているのではないでしょうか。
出典:胃瘻・療養病床・在宅医療・人工透析…医療提供状況の地域差(都道府県別、二次医療圏別、市区町村別)~評価・分析WG(4月) 藤森委員提出資料より~(平成29年4月28日 内閣府)