食事が速いのは“できるビジネスマンの条件”と発言した永守社長

皆さんは、会社の上司から「速く食べられる人は決断力や行動力が備わっている。仕事ができる人の条件は決断力と行動力だ」と言われたらどのように感じるでしょうか。

「まるで軍隊みたい」「健康に悪そう」「食事の速さと決断力、行動力は無関係」という反応が大半であると思います。また、「働き方改革を推進する世の中の流れに逆行している」と感じるかもしれません。

この発言は、東証1部上場の大手電機メーカー・日本電産(6594)の永守重信会長兼社長が、京都学園大学のキャンパスで約500人の高校生や保護者向けに行った「自らの未来を拓くために~高校生へのメッセージ~」という講演の一部です。ちなみに、永守氏は2018年3月に同大学理事長への就任が予定されています。

講演について報じた各種メディアのなかで「早メシ発言」を取り上げたのは産経新聞でしたが、その内容がネット上で大きな話題になりました。

そこで考えたいのは、なぜ、このような”反知性的”とも受けとれる発言があったのかです。そのことを考えるために、まず、日本電産の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。

新卒採用で苦労した創業期

現在の日本電産は、売上高1兆4,500億円(2018年3月期会社予想)、従業員約11万人を擁し、HDD用精密モータからEV(電気自動車)用モータまで手掛ける総合電子部品大手です。

ただし、現在73歳の永守氏が44年前に創業した当時は、社員4人が小さなプレハブ小屋で事業を行う零細企業でした。創業から6年目の1979年から生産が開始されたHDD用スピンドルモータを契機に急成長を遂げますが、その頃には人材確保に多くの苦労があったようです。

永守氏によると、当時、無名であった同社に入社を希望する学生には、国公立や有名私立大学の”エリート学生”はほとんどおらず、「優がほとんどなく可ばかり」の学生や留年を繰り返してきた学生――永守氏によると「カスのような人材」――だけが採用試験を受けにきていたそうです。

そうしたなかで永守氏がとった行動は、そのような”非エリート学生”から、磨けば光るやる気のある学生を見つけ出す採用試験の導入です。

当時の状況が描かれている同氏の著書『奇跡の人材育成法』によると、「大声試験」「早飯試験」「便所掃除試験」など、当時でも意表を突いた採用試験が行われたということです。この作戦は見事に当たり、こうした就職試験で採用された人材は、その後の同社の急成長を支える人材として育っています。

つまり、「速く食べられる人は決断力や行動力が備わっており仕事ができる」という考えは、永守氏のこれまでの成功体験に基づいたものであるということになります。

働き方改革を進める日本電産

とはいえ、現在の日本電産は、かつてのようなモーレツ一辺倒の会社ではなく、生産性の向上により残業時間を減らすことに積極的に取り組むなど、スマートな会社への変化を目指しています。

それは政府が「働き方改革」を促しているためだけではなく、少子高齢化により女性を積極活用することが不可避となっていることや、事業がグローバル化するなかで外国人従業員に対して根性主義だけでは通用しなくなっているなどの側面もあります。

冒頭の「早メシ発言」だけを切りだすと、日本電産はブラック企業であるような印象を持たれるかもしれませんが、実はこの発言は永守氏の”教育論”のなかから出てきたものであり、日本電産の企業経営についての話ではない点には注意したいと思います。

本気で大学教育に注力する決意を表明した永守氏

今回の講演で永守氏は、現在の日本の大学教育は欧米と比べて即戦力の養成に欠け(入社後に一から教え直さなければならず非効率)、このままでは日本企業の国際競争力がさらに低下してしまうという懸念を述べています。

また、今後は入学試験の難易度を上げる考えであることや、その結果、一時的に定員不足などで大学経営に支障が出た場合には、永守氏自身がその穴埋めを行う考えなども表明しています。

京都学園大学は、偏差値という観点ではほぼ最低ランクの大学です。有名人の出身者には引退したお笑い芸人の島田紳助氏(ただし、入学はしたものの一度も登校はしていない)やミュージシャンのGACKT氏がいるそうですが、どちらも中退です。

ただ、今回の発言からは永守氏が本気でこの大学の変革に取り組む強い決意を読み取ることができます。

「反知性主義」と同様に永守氏の発言も誤解されやすいのだが….

今回の「早メシ発言」からは、最近よく耳にする「反知性主義」という言葉が思い浮かびます。

反知性主義というのは誤解を生みやすい言葉です。その理由は、「知性そのものを否定する考え方」というものと、知性を振りかざすエリートを否定する「反権威、反エリート」という2つの意味で使われるからではないでしょうか。

昨年の大統領選挙を例にとると、ポリティカルコレクトネスを無視して暴言を繰り返すトランプ氏に嫌悪感を示す人々は前者の意味で、一方、不動産王から一時期の不振を乗り越えて米国大統領にまで駆け上がり、努力すれば報われるというアメリカンドリームを体現するトランプ氏に好意的な人々は後者の意味で、反知性主義という言葉を使っていたように思えます。

どちらが正確な定義であるかは議論のあるところでしょうが、いずれにせよ、この言葉は人によって捉え方が異なると言えそうです。

今回の永守氏の発言もある意味では誤解を生みましたが、その真意が、不健康な食事の勧めという”反知性的”なものではないことは明らかです。つまり「反権威、反エリート主義」という側面での”反知性的”な発言と捉えるとしっくりと来るのではないでしょうか。

成績や出身校よりも“やる気”を重視した採用で、日本電産をここまで成長させてきた永守氏ならではの発言であるように思います。

まとめ

永守氏は、2年後には日本電産の社長職を後任に譲り、会長職と大学教育に専念することも伝えられています。日本電産を一流企業に育て上げた後は、京都学園大学を”一流大学”に変革することに取り組むことになります。

「反権威、反エリート主義」で日本が活性化していく保証はもちろんありませんが、一方で、日本社会が偏差値主義、権威主義、エリート主義ばかりでは立ちいかなくなっていることも事実です。

いずれにせよ、永守氏の大学改革という新たなチャレンジの行方に大いに注目していきたいと思います。

和泉 美治