投信1編集部による本記事の注目点

  •  ディスコの桑畑工場は、精密加工装置の主力生産拠点であるとともに、湾岸部に位置する呉工場に次ぐ精密加工ツール(ダイシングブレードなどの装置用消耗部材)の生産工場でもあります。
  •  近年注力している特徴的な活動として挙げられるのが、装置に組み込む部材や生産工程で用いる消耗品の内製化です。
  •  桑畑工場で掲げられている改善テーマの1つに「人の移動の根絶」があります。

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半導体ウエハーを切断してチップにするダイシングソーをはじめとした、精密加工装置のトップメーカーであるディスコは、創業の地である広島県呉市に2つの生産拠点を置いている。このうち北部の桑畑工場は、精密加工装置の主力生産拠点であるとともに、湾岸部に位置する呉工場に次ぐ精密加工ツール(ダイシングブレードなどの装置用消耗部材)の生産工場でもある。装置用部材や生産用装置、機器などの内製を積極的に進めるとともに、独自の改善活動、「PIM(Performance Innovation Management)」によって競争力の強化を図っている。

筆者は10月初頭にこの桑畑工場を訪れ、ディスコの競争力の源泉であるこれらの取り組みを目の当たりにする機会を得た。そこで本稿では、桑畑工場の全体像と弛まず続けられている進化に向けた活動について紹介したい。

桑畑工場全景(手前からA、Bゾーン。建設中のCゾーン)

装置、ツールの一大生産拠点として発展

桑畑工場では近年、免震構造や自動倉庫を備えた最新鋭の生産棟の整備を進めてきた。現在は2010年に完成したAゾーンと、15年に完成したBゾーンの2棟で構成される。2棟は各フロアで接続されており、あたかも1つの巨大工場とも言うべき一体構造を実現している。どちらも2~5階が装置やツール、内製部材生産フロアで、6階が福利厚生フロア、7階が倉庫となっている。福利厚生フロアは約1000人を収容できる食堂に加え、テニスコートや災害時の貯水槽も兼ねた室内温水プール、社員寮まで完備する。

これに加え、現在Bゾーンの隣に19年1月の稼働を予定して新棟のCゾーンを建設している。Cゾーンは延べ床面積約6万5900m²の規模で、既存棟と合わせた総面積は約19万4400m²となる。精密加工ツールを生産する計画で、従来比で約1.5倍の増産対応が可能となる。

一方、精密加工装置の生産はこれまで桑畑工場のみで行ってきたが、新たに長野県茅野市に茅野工場を開設し、18年4月から生産を開始する予定だ。マニュアルダイサー比で生産能力を約1.5倍に引き上げるとともに、2拠点体制とすることで災害時リスクの低減も図る。

これらに続き、直近の10月25日には桑畑工場Cゾーンの隣にさらに「Dゾーン」を建設する計画を発表した。Cゾーンの稼働後、19年9月に着工して21年5月末の竣工を予定している。C、Dゾーンが完成すると延べ床面積は現状から2倍になる。Aゾーンの完成から10年あまりで桑畑工場の規模は4倍に拡大し、巨艦工場と呼ぶにふさわしい威容を示すだろう。

装置製造ライン

部材、消耗品の10%を内製化

言うまでもなく、製造業の競争力強化のためには生産効率の向上、コスト低減といった改善活動は必須である。代表的な効率化、低コスト化には生産自動化があるが、各プロセスで自動化が進められている精密加工ツールと異なり、精密加工装置は顧客ごとのカスタム要素が強く、組立を自動化することは困難だった。

そこで、装置製造部門ではITシステムにより装置組立作業員を支援して誰でも高水準の生産活動を可能にする「デジタル屋台」の導入など、装置組立そのものを自動化しなくても効率化を実現できる取り組みを進めている。近年注力している特徴的な活動として挙げられるのが、装置に組み込む部材や生産工程で用いる消耗品の内製化だ。足元の内製化率は10%に達しており、外部購入と比べて大幅なコスト低減と納期短縮を実現しているという。

いくつか事例を挙げよう。最初に内製化に取り組んだのは、グラインダーやダイサーに搭載される回転ユニットのエアースピンドルだった。もともと海外からの輸入品を使用していたが、標準品のためディスコが求める仕様を満たせておらず、輸入にかかる時間的なロスも多大だった。そこで自社で機械加工設備を導入して内製に踏み切ったのだ。エアースピンドル生産ラインは機械加工部品の製造工場といって遜色ない規模に発展しており、部品製造担当者に技能検定の取得を奨励するなど技術力の向上にも注力している。

このほか、内製項目としては装置の骨格となるアルミフレームの組立、装置に内蔵するハーネス、同じく装置の薬液配管となるチューブカットがある。いずれも専用の加工・組立装置を内部で開発し、誰でも簡単に製造ができるような生産支援ツールを備えている。

チューブカットは従来は専用の担当者を置かなければならないほど煩雑であり、人間心理としてどうしても大目にカットしようとするので、累積するとその無駄も軽視できないものがあった。自動化したことでこの無駄を省き、生産性も大幅に向上することができた。

内製ロボ活用により「人の移動を根絶」

桑畑工場で掲げられている改善テーマの1つに「人の移動の根絶」がある。例えば生産で用いる部材の補充や工程間のワークの搬送などに人の手が介在すると、その分のロスが生じてしまう。人は極力移動せず、生産活動に集中すべきであるという考え方だ。

その実現のため、同社が活用を開始しているのが自社で開発したAGV(自動搬送車)などのロボットだ。AGVは7階の倉庫の自動受け入れに加え、2階で生産したエアースピンドルを上層の装置組立フロアへ搬送するのにも用いている。エアースピンドル搬送用はエレベーターと連動して自動でフロア間を移動することができ、夜間に移動を完了させておくことができる。また、前述した装置用ハーネスの内製にも小型ロボットが活用されている。内製装置での作業をサポートし、作業者は動くことなく組立に専念できる。

これらのロボットはそれぞれ用途に合わせて開発されたもので、外部購入するより低コストで導入できたという。現在、ほかの現場でも実証導入を開始しており、将来的にはさらに多くのロボットが工場内を活発に動き回る姿を見ることができそうだ。

改善は止めず

同社は、部署や業務単位で目標を設定して改善活動を行うPIM活動と、あらゆる仕事に値付けを行って業務の報酬に社内通貨「WILL」が得られる独自の制度を設けている。PIM活動では自動化や内製化などの様々なプロジェクトに対する取り組みを実施し、部署間で競い合うことでより高みを目指す。この成果は国内外の拠点で共有され、それを活用するなかでさらに次の改善へとつなげていく。

桑畑工場の福利厚生フロア内には多目的ホールがあり、PIM活動を発表して競い合う場と位置づけられている。また、製造フロアには各部署のPIM活動の成果が掲示され、誰でも自由に評価できるようになっている。ゲーム感覚で取り組みの優位性を競い、勝てば報酬としてWILLが与えられるという遊び心もある。本稿で取り上げてきた桑畑工場における内製化の取り組みも、PIM活動で生まれてきたものが少なくない。従業員が報酬を得るため自発的に課題解決プロジェクトを立ち上げ、成果を生み出していくシステムが確立しているのだ。

多目的ホールでの部署対抗のPIM対戦

同社の装置需要は例年春から夏にかけて集中し、夏以降にピークアウトする傾向にある。閑散期には内製に注力しており、工場内での余剰人員発生を防いでいる。17年の春から夏にかけては世界的な半導体需要の高まりを背景に例年以上に需要が急増したため、ほかの部門や拠点から応援を派遣した。今後も継続して需要の増大が予想されるため、人員増に注力する計画だ。

増員にあたっては、技術の蓄積という観点から、外部ではなく自社での採用にこだわっている。自動化の推進により製造ラインから人は減っても、部材内製やロボットなどの開発に従事する人員は必要だ。同社は社員が勤務地や業務を自由に選べる人事制度を確立しており、一人ひとりが自分の活躍できる道を目指すことができる。逆に各部門においても社内で自由に人員募集を行っており、桑畑工場においても新戦力を求める部署の求人告知が見られた。

工場内での改善活動は前述の需要ピーク時においても継続しており、常に一定のリソースが確保されている。以前、繁忙期に生産のみに集中していたこともあったが、後に改善活動を止めた悪影響が表れたという。利益への貢献も多大であり、それ以降はどれだけ繁忙であっても改善を止めない方針を貫いている。

同社の精密加工装置は半導体チップを切り出すダイシングソーが70~80%、ウエハーを研磨するグラインダー・ポリッシャーが60~70%と寡占シェアを誇る。また、装置の消耗品である精密加工ツールも70~80%シェアを確保する。この圧倒的な強さを支えている原動力が、工場の弛まぬ改善活動であり、それらに自発的に取り組んで成果を競う社員なのだと現地を訪問して実感した。この改善が止まらない限り、ディスコもまた進化を続けていくことだろう。

電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛

投信1編集部からのコメント

「半導体チップを切り出すダイシングソーが70~80%、ウエハーを研磨するグラインダー・ポリッシャーが60~70%と寡占シェアを誇る。また、装置の消耗品である精密加工ツールも70~80%シェアを確保する」というように、ディスコの製品の市場シェアは圧倒的に大きいものがあります。このようなシェアによる収益性は誰もが理解するところですが、今回の取材からは、製造業としての改善への取り組みの結果が垣間見え、シェアと改善の継続性こそ現在の同社の強さが確立された背景だということがよくわかります。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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