目の当たりにした30年前のブラックマンデー
先週木曜日の10月19日は1987年の同日にNY市場で起きたブラックマンデーの30周年でした。ブラックマンデーとは、ダウ平均が508ドル下げ、史上最大の下落幅22.8%となるなど世界中が震撼した歴史的な日です。あれから30年、現在の米国株はトランプ政権の不支持が増えていても史上最高値を更新中。日経平均も同日に13連騰でバブル崩壊後の高値を付け、その後も続伸日数を伸ばし、24日には16連騰を達成するなど絶好調です。
筆者は30年前のブラックマンデー当時、勤めていた銀行の企業派遣で米国ビジネススクールの2年生に在学中でした。まずは、その時米国で現実として見たことを語り部としてお伝えしたいと思います。
その時は学生だったので、株価ボードを見ながらなす術なくおののくという恐怖の体験はしませんでした。ただ、住んでいた学生寮の掃除婦さんが「株が大暴落したらしいね」と語りかけてきたことで、1929年の大恐慌の時に普段は経済に疎いような労働者層もが株の話に興じていたら大暴落が起きたという逸話を思い出したものです。
筆者が1988年に卒業したのは、ウォール街の金融機関に職を得るのを目指す学生が大半という、金融学で名を馳せている学校で、卒業前の秋学期には米国人の同級生たちが、夏休みにゴールドマン・サックスを筆頭とする著名金融機関でサマーインターンをしたことなど、就職活動の成果を吹聴していました。
ところが夏休み後の87年10月にブラックマンデーが起きたため、インターンで実質決まったと思っていた学生たちの内定は白紙に。
88年5月の卒業式では米国人学生の3分の1は職が決まらず、決まった人も第一志望の金融でなく経営コンサルティングや会計事務所等に鞍替えしてもぐりこんだため、同校としては異例の就職先が上位に並ぶという卒業年となりました。企業派遣の日本人学生は「君たちは帰るところがあっていいね」と米国人の学友に羨ましがられたものです。
記録的な暴落はなぜ起きるのか
閑話休題。30周年を機に、ブラックマンデーのような大きなイベントと金融理論の関係について考えてみました。拙稿『投資信託のリスクの見方』等でご紹介している金融理論のほとんど全ては、収益率(または市場価格)が標準正規分布するという仮定の上に成り立っています。
たとえば、「収益率のばらつきは1標準偏差(σ)なら約68%、2σなら95%、3σなら99%の場合が収まる」等です。一方、ブラックマンデーのように分布のずっと外側に当たる22.8%の下落等は金融理論がカバーできない領域になります。当時先端的だったオプションの価格計算式であるブラックショールズモデルも見かけは難解そうですが、つまるところ標準正規分布の部分領域の面積を求める式ですので仮定は同じです。
先述の学生たちは、皮肉にも先端金融理論を学んで仕事で生かそうとしていたら、何十年かに一度しか起きない理論の想定外の事態に翻弄されたというわけです。その後の金融理論の発展においても、テールリスク(3σ等の想定を超えるリスク)等について、なぜ起きるか、どう事前にマネージしうるかは 実用レベルまでは研究し尽くされていないのでしょうか?
筆者に限らず、他の記事でも30年前と現在の活況を比較して「ゴルディロックス(適温)相場」はいつまでも続かず、暴落がありうるという論調が見受けられます。しかし、筆者は記録的な暴落は相場の水準だけによるのでなく、金融システムの弱い部分等が合わさって起きているように思います。
たとえば、ブラックマンデーの時は、真偽のほどは定かではありませんがポートフォリオインシュランス(PI)のヘッジ売りが誘発したと言われていました。PIは、前回の記事のリバランスでご説明した「Sell High-Buy Low」の逆で、リスク資産の価格が下がると売って現金に退避する手法であり、これをプログラムトレーディングで機械的に大きく取引する業者が下げ相場を加速したという説です。
一方、2008年9月のリーマンショックは、価格水準というよりは金融技術の発展によって米国のサブプライムローンのリスクが、クレジットデフォルトスワップや証券化商品を通じて遠く離れた直接の貸し手ではない海外の投資家に飛び火し、幾重にも重なって被害が広がったというシステムの問題でした。
ブラックマンデーは再来するのか
いずれにせよ、暴落がどう起きるかの理屈は極めてシンプルで、「売りに対して買う人がいない、あるいはその量が十分でない」から取引が成立しないのです。
筆者もNY駐在時に売りたいバンクローンの買値がなく真空地帯のずっと下値で買いがようやく付く事態に遭遇したことがあります。しかし、30年前と市場の仕組みや参加者の構成等が大きく異なっているので、単に今バブル的だからという価格のレベル感で30年前の再来というのは、個人的には起きないように思います。それは以下3つの理由によります。
1つ目は市場流動性の向上です。たとえば、当時売買の対象となっていなかった、あるいは流動性が十分でなかったハイイールド債やバンクローン、新興国の株式等は市場の整備や投資家層の拡大等により今や相当な流動性を持ち、価格が大きく飛ぶということは少なくなっています。
2つ目には、上記以外の市場流動性の向上要因として、先物やオプションのようなデリバティブの発展が上げられます。たとえば、日経平均やTOPIX先物は88年に取引開始、日本国債オプションは89年に開始されました。米国は先端金融商品の圧倒的な先進国ですが、当然、日本を含む米国以外の先進国および新興国でも30年前と比べれば同様の歩みをしています。
これらデリバティブは正に「派生商品」なので、原商品(現物)の価格があって初めて成り立ちます。そこでこれらのディーラーは現物の価格からデリバティブの価格を導出し、それに伴い、現物とデリバティブについて現物売り、先物買い等の売買の方向が反対となる取引を極めて頻繁に行います。
この取引は現物とデリバティブの価格の相対関係の崩れが動機となるので、うまみがあれば現物がバブルであるとか暴落しているとかという価格水準に関わりなく行われます。また、売り買いが相殺することによってリスクが小さいので大きな金額の取引が執行されます。
たとえば、現物の急落時にデリバティブの価格が取り残されていると、現物を買ってデリバティブを売れば鞘取り(アービトラージ)ができるので急落時の買い手となります。ゆえにデリバティブが市場流動性を与えます。
3つ目として、世界的に機関投資家現象と呼ばれる年金や保険、銀行の投資勘定の投資がリテールより相対的に拡大していることがあります。
年金においては「政策アセットミックス」と言われる年金基金毎の目標資産配分があるので、前稿で触れたリバランス取引により、比率を元に戻すために、Sell High-Buy Lowを行うので、下がったら買うという大きな取引需要を提供します。30年前に比べて拡大しているこういった年金基金が市場での買い勢力として暴落防止に機能すると思われます。
上記の背景から、今では一方的に真空地帯のように買いが画面から消えて商いがつかないまま暴落するという現象は起きにくくなったのではないかと、筆者は希望的観測を持っています。
林 俊宏