皆さま こんにちは。アセットマネジメントOneで、チーフ・グローバル・ストラテジストを務めます柏原延行です。
今回のコラムは、2017年9月19日付の記事、労働分配率の低下を考えるシリーズ(2)のつづきです。
これまで、我が国の労働分配率が約46年ぶりの低水準となったことをご紹介しました。そして、労働分配率の低下が意味するものは、企業の利益環境と比較して、労働者の取り分(賃金)の上昇ペースが鈍いことを示すことをお話したうえ、『(1)企業利益は絶好調なのに...?』で企業の利益環境が絶好調といっていいほど良好であることをご説明しました。
『(2)賃金が上がらない7つのポイント』では、「企業の利益環境が絶好調」、かつ「失業率が3%程度まで低下し、労働供給がひっ迫」していると思われる日本において、なぜ、賃金の上昇ペースが鈍いかは、「労働経済学上の大きな謎」と思われること、および、この謎について気鋭の労働経済学者などが論考されている『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか:慶應義塾大学出版会』のご編者である玄田有史東京大学教授が指摘される7個のポイントをご説明しました。
そして、7個のポイントの中から、経済・投資環境の正確な把握と予測が仕事で、現時点での鈍い賃金上昇ペースが、「今後も継続するか、否か」に興味が集中する私としては、「①労働市場の需給変動」、「②行動経済学」、「⑤正規・非正規問題」 などの考え方(ポイント)から、賃金上昇ペースが変化する可能性があるか、否かが重要であると考えていることをお話させていだきました(この際には、賃金に大きな決定権を持つ企業経営者の視点から考えることも重要であると思われます)。
それでは、以下、本日のコラムに入ります。
まず、「①労働市場の需給変動」について、考えます。
需給と価格の関係を考えた場合、労働市場に対する需要が強い中で、供給が一定であれば、その価格は上昇すると考えることが自然です。
世間では、企業収益が好調で、かつ人手不足が報道されることもあり、労働市場に対する需要が一定程度強いことは間違いないと思われます。
それでは、これに対する供給はどうなっているのでしょうか。
図表1は、高齢者と女性の労働参加率の推移を示したものです。2012年頃から顕著な上昇がみられ、人手不足が議論される中で、女性と高齢者の働く方の割合が上昇することで、増加する需要に一定程度対応してきたことが分かります。
※2011年の値は、東日本大震災の影響を受けたことにより、補完的に推計した値。
※労働力人口は就業者と完全失業者を合わせたもので、働く意志を表明している人。労働力人口比率は15歳以上の人口に占める労働力人口の割合(65歳以上の場合は65歳以上人口に占める割合)。
それでは、今後とも、女性と高齢者の労働参加率は上昇を続けるのでしょうか? 女性に関しては、保育所の整備などにより、ペースは落ちると思われますが、労働参加率を引き上げることは可能ではないかと私は考えています。
しかし、一方で、高齢者の労働参加率の上昇が継続するとは思えません。
日本人の平均寿命は、男性が約81歳、女性が約87歳(2016年時点)である中、人口が多い「団塊世代(1947年~1949年生まれ)」の方が、この後本格的に70歳台に突入し、健康問題から働くことができる人が減少する可能性が高いからです(この意味からも健康で生きられる期間である健康寿命を延ばすことは重要です)。
とすれば、今すぐにはないにしろ、少し長い目で見た場合、「①労働市場の需給変動」は、賃金上昇要因に転じる可能性があると私は考えています。
次に、「②行動経済学」、「⑤正規・非正規問題」の視点です。私はこの2個のポイントは密接に関連していると考えています(なお、「②行動経済学とは、賃金に下方硬直性があったことが、環境が好転しても上昇硬直性を生む要素となっていることなどです」)。
すなわち、この2点は、企業経営者が人への投資に対して、消極的であることに起因していると考えています。
なぜ、企業経営者は投資に消極的なのでしょうか?
図表2、3は、製造業、非製造業別に資本装備率と従業員数の推移を見たものです。これを見ると、企業は、製造業では人を、非製造業では資本装備率を、バブル崩壊以降、一貫して減らし、いわば「ケチケチ作戦」を採用してきたことが分かります。
※資本装備率は、期首期末平均有形固定資産(土地、建設仮勘定を除く)/期中平均従業員数
※資本装備率は、期首期末平均有形固定資産(土地、建設仮勘定を除く)/期中平均従業員数
※非製造業は、金融、保険業を除くベースから、さらに電力業、ガス・熱供給・水道業を除いている。
これは、いわゆるバブル崩壊後に発生した厳しい環境の記憶があまりにも強いため、収益の絶好調に代表されるよう環境変化が発生しても、「ケチケチ作戦」を続けてしまうためであると思われます。
しかし、人手不足が加速する中、企業の生き残りのためには、投資が必要となる時期が来ると思われ、今すぐにはないにしろ、少し長い目で見た場合、 「②行動経済学」、「⑤正規・非正規問題」の視点からも、鈍い賃金上昇ペースが変化する可能性があると考えています。
結論として、今すぐではないにしろ、今後5年程度の期間を想定した場合、現在の鈍い賃金上昇ペースが変化する可能性があり、経済・投資環境を考える上で、この点は非常に重要になると思われます。
(2017年9月29日 9:00執筆)
柏原 延行