今週、シンガポールは「Singapore Week of Innovation and TeCHnology(SWITCH) 」でした。先週15日〜17日はF1シンガポールGPでしたので、本当にイベントが目白押しです。

その中で私が注目したのは、19日にマリーナベイ・サンズの会議場にて開催されたフィンランド発の世界的スタートアップイベント「Slush Singapore」です。Mistletoe Inc(ミスルトゥ)の孫泰藏さんをはじめ、90人ものスピーカーが登壇し、合計約3,000人の参加者、スタートアップ360社、投資家250社、学生200人、メディア関係者らが集結しました。

東南アジアでも、中国には約10年遅れですが、シンガポールがけん引する形でようやくスタートアップが活発化してきました。本稿では、最近のシンガポールのスタートアップ事情についてお伝えします。

スタートアップの共通項は「高成長」

以前は和製英語である「ベンチャー企業」(venture company)がかなり浸透していましたが、最近、日本でも「スタートアップ」と言うことが増えてきたようです。

スタートアップの定義は定まっていませんが、「高成長」がキーワードです。たとえば、米国の著名なベンチャーキャピタル(VC)であるY コンビネーターの創業者、ポール・グレアム(Paul Graham)氏による「高成長することを企図した企業(a company designed to grow fast)」という定義があります。

また、米国中小企業庁のウェブサイトでは「スタートアップは設立されたばかりの企業という意味にとどまらない。典型的にはテクノロジー指向で、高成長する潜在力を有する」との記載もあります。

東南アジアのスタートアップの3つの特徴

東南アジアで活発化してきたスタートアップを俯瞰してみると、いくつか傾向があるようです。

まず第一に、デジタルテクノロジー関連が中心で、先進国企業のビジネスモデルをコピーしたものが目立ちます。

第二に、事業展開が一国にとどまらないスタートアップが比較的多くなっています。東南アジアは、一国ではマーケットが小さいため広域でビジネスをしようという発想が起業家の基本になっています。

第三に、シンガポールSGXを含め東南アジアでは株式市場が総じて未成熟なため、スタートアップのエグジット戦略としてはM&Aがほとんどです。2015年度、東南アジアのB2Cデジタル・テクノロジー関連企業の売却案件数は45件でしたが、IPOは1件だけでした。2001年~2015年の15年間でもIPOはたった14件だったそうです。

VC投資額は2015年に東南アジアが日本を超えた

「KPMG Venture Pulse Q4 2016(2017年1月)」によれば、2016年度の世界の年間VC投資額は1,274億ドル(13,665件)であり、地域別では米国720億ドル(8,642件)、アジア390億ドル(1,742件)、欧州160億ドル(3,142件)と続いています。アジア地域では、中国310億ドル(300件)、インド33億ドル(859件)が大半を占めています。

一方、日本の「ベンチャー白書(2016)」によれば、東南アジアは12.3 億ドル(約1,450 億円、2015年度)となっており、この額は同年度の日本国内のベンチャーファンド等の国内外ベンチャー投資総額1,302 億円を超えています。そして、東南アジアではシンガポールがその中核的役割を担っています。

東南アジアのけん引役、シンガポールではエコシステムが形成中

これまで世界中で、シリコンバレーのような起業環境を作り出す試みがなされてきましたが、成功事例は少ないようです。エコシステムの鍵となる大切な要素が足りないのかもしれません。つまり、システムを動かす人材が不可欠なのでしょう。

その中で、東南アジアのけん引役であるシンガポールは、もちろんシリコンバレーには及びませんが、相応のエコシステムが形成されつつあるように思います。

政府支援を含むエコシステムのみならず、それを動かす起業家、インキュベーター、アクセラレーター等の人材が育成されてきており、大学や研究機関の研究開発の底上げもあります。外国人高度人材にもオープンで、スタートアップが新規事業を立ち上げやすくなっています。

シンガポール政府による手厚いスタートアップ支援策

シンガポール政府による支援メニューとしては、助成金、税制優遇、融資、出資など様々なものがありますが、首相府のシンガポール国立研究財団(NRF)や貿易産業省のシンガポール規格生産性革新庁(SPRING Singapore)による取り組みが有名です。

またシンガポール政府は、起業家・スタートアップだけでなく、投資家も積極的に支援しています。イスラエルのヨズマ・プログラムの成功から学び、スタートアップに投資するVC市場の創出が不可欠との認識に立っているわけです。

VC 支援の代表事例としては、Technology Incubation Scheme(TIS)Early Stage Venture Fund(ESVF)が挙げられます。

シンガポールは高コストがボトルネックか

近年、シンガポールではオフィス賃料や人件費が上昇し、生活コストの高さは世界最高レベルです。

結果、東南アジア全域をマーケットにする起業家には、一部、コストの高いシンガポールを避けてマレーシアなどの周辺国でスタートアップを立ち上げる動きもあります。

しかし、総括すれば、シンガポールはIPO環境の未成熟、高コスト等の問題もあり、スタートアップにとってのエコシステムはまだ完璧ではありませんが、それでもシンガポール国民だけでなくアジアや世界中の起業家が集まり、スタートアップを立ち上げるようになっています。

最近では、日本の起業家のグローバル拠点の設置、そして日本のVCやコーポレートVCも多数シンガポールに進出しています。

シンガポールは今後も、地の利や改善されたグローバル起業環境を活かし、東南アジアのスタートアップ活発化のけん引役として、日本を含むさらに多くの諸外国の起業家やVCを惹き付けていくのかもしれません。

大場 由幸