賛否両論の”内部留保400兆円突破”のニュース
2017年9月1日に財務省が発表した法人企業統計において、2016年度末に「内部留保」が初めて400兆円を超えたことが話題となっています。このニュースに対する反応は概ね以下の4つに分かれるようです。
- 企業は儲けすぎ:企業はお金を貯めこまないで、もっと給料を上げ、設備投資も増やしてほしい。
- 企業は溜め込みすぎ:配当を増やしたり、自社株買いを行ったりして、投資家に還元してほしい。
- 溜め込むのは仕方がない:景気の先行きは不透明で、儲かると確信できる投資先がないのだから無理には投資できない。
- 厚めの純資産や内部留保は必要:銀行は「晴れの日は傘を貸そうとし、雨の日には傘を取り上げる」といわれる傾向がある。また、金融危機ともなれば株式市場から機動的に資金調達ができない恐れがある
この問題は、アベノミクスが始まって以来、定期的に話題となります。上述のように、それぞれの立ち位置(従業員、投資家、企業経営者等)によって受け止め方が異なることや、内部留保は企業が際限なく自由に使えるお金であるという勘違いにより、議論は混迷を深めているようです。
では、そもそも内部留保とはどのようなものかを考えてみましょう。
そもそも内部留保とは
まず、新聞等で使われる内部留保という言葉は、財務省の法人企業統計には見当たらず、実際は「利益剰余金」とされています。
ちなみに、法人企業統計は、大企業から中小企業まで日本全体の企業をカバーしており、“日本株式会社”の通信簿とも言えます(ただし、海外の連結子会社は含まれません)。
そこでは、今話題の内部留保以外に、売上高、経常利益、純利益、設備投資額、付加価値額など、様々なデータを確認することができます。“日本株式会社”の生の姿を確認されたい方は、財務省のデータを参考にされることをお勧めします。
さて、利益剰余金というのは多くの方にはあまり馴染みがないかもしれません。この用語の意味を一言で述べると、「企業が蓄積してきた利益をストックとして表したもの」ということなります。
ここで言う「利益」とは、毎年の売上高から人件費(皆さんのお給料等)、減価償却費(設備投資に関連する費用)、研究開発費、原材料費、金利費用、法人税などを差し引いて最後に残ったフローの金額、つまり純利益です。この利益から株主への配当金などを支払った後の利益が毎年、内部留保として積み上げられることになります。
ただし、ここで注意が必要なのは、内部留保の金額が、そのまま現金として企業に保有されてはいないということです。実際には、現預金以外に、売掛金、在庫、設備、投資有価証券などの資産となっています。つまり、内部留保400兆円超の全額をすぐに支払うことは現実的には不可能ということになります。
また、上述の解説にあるように、利益は人件費を支払った後のものとなります。つまり、内部留保から人件費を受け取ることはできません。そこから支払われるのは配当金や自社株買いに限られることにも注意が必要です。
なぜ内部留保は増え続けてきたのか
ここで改めて、過去5年間の内部留保(金融保険業を除いた全産業の利益剰余金)の推移を振り返ってみましょう。
- 2012年度:304兆円(前年比+8%)
- 2013年度:328兆円(同+8%)
- 2014年度:354兆円(同+8%)
- 2015年度:378兆円(同+7%)
- 2016年度:406兆円(同+8%)
上述のように内部留保は配当支払い後の利益の蓄積(ストック)ですので、この5年間増え続けてきたのは、利益が出ていたことに加え、その利益を株主への配当や自社株買いで使い切らなかったことによります。
また、実際にそうであったかについてはさらに分析が必要なものの、従業員に対して業績に見合うだけ十分な給与が支払われなかった、設備投資を十分に行わなかったために減価償却費が増えなかった、将来の成長のための研究開発費が十分に使われなかった、法人税減税の恩恵を受けられたなどの要因も可能性として想定されます。
各方面から問題視される内部留保の増加
もちろん、内部留保が増え、純資産に厚みが増すのは悪いことではありません。東芝(6502)の例を見てもわかるように、内部留保が枯渇してしまい債務超過になれば、企業の存続は怪しくなります。そうした事態に陥らないように、内部留保を積み上げ、資本を厚くすることは極めて自然な企業行動にも見えます。
ただし、増加の一途を辿る内部留保を、一般庶民だけではなく、政府の一部までもが苦々しく見ているようです。その背景には、内部留保をここまで積み上げずに、フローの利益の一部を削り従業員に還元すれば、消費が盛り上がり景気はもっとよくなるはずだという考えがありそうです。
このため、政府の一部には、内部留保に課税する考えもあることが過去に伝えられています。今のところ、内部留保の使途は企業経営者が決めることだという考え方が支配的であることや、法人税に加えて内部留保税まで徴収するのは二重課税ではないかといった反対意見も多く、議論は深まっていません。
とはいえ、このままさらに内部留保が増え続けたとしたら、そうした議論が本格的に行われる可能性も考えられます。
また、「モノ言う投資家」の台頭により、不必要に厚い内部留保については、株主還元を進めるべきという動きが強まる可能性も考えられます。余談ですが、こうした動きが強まり、配当が増えて株価が上昇すれば、将来の皆さんの年金の原資が増えることにつながるかもしれません。
さて、この難題、皆さんはどうお考えでしょうか?
LIMO編集部