毎週さまざまな分野の社長をゲストに招き、パーソナリティである藤沢久美氏が起業・事業の原点・アイデア発想法や思考法・社長になるまでの歩み・挫折からの復活などを伺い、トップリーダーの経営哲学・人生哲学に迫る、全世代のビジネスパーソン必聴のインタビュー放送『藤沢久美の社長Talk Presented by М&Aクラウド』。その中から、スパイダープラス株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 伊藤謙自さんが登場した第238~240回の模様を書き起こし記事でお届けします。
スピーカー:起業家 藤沢久美 氏
スパイダープラス株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 伊藤謙自 氏
「スパイダープラス」社名の由来は?
藤沢久美氏(以下、藤沢):『藤沢久美の社長talk』、今週のゲストをご紹介します。スパイダープラス株式会社代表取締役社長兼CEOの伊藤謙自さんです。伊藤さん、よろしくお願いします。
伊藤謙自氏(以下、伊藤):お願いします。
藤沢:スパイダープラスという名前に非常に興味があります。「クモ」に「プラス」とは、どのような意味なのでしょうか?
伊藤:話すと少し長くなりますが、私はもともと断熱工事の会社を営んでいました。断熱工事の仕事の中には積算という作業があり、現場では配管やダクトに対して保温材を巻き付けていきますが、今までは色鉛筆やスケールを使って線を引き、「この材料は何平米使う。この材料は何本使う」と数量を出していました。
この作業は手間がかかり非常に大変で、なおかつ図面が山積してしまうため、これを解決するために積算用のツールを作ったのですが、自社ツールですので名前がなく、呼び名を付けたほうがわかりやすいということで、「SPIDER」としました。
「SPIDER」と名付けた理由は、クラウド上で点と点を結んでいき数量を拾っていくと図面にだんだんと色がつき、それがクモの巣が広がっていくように見えたためです。ただし、「さすがに『クモの巣』というネーミングはない」ということで、「SPIDER」としています。
そして、そこから派生したサービスということで「SPIDERPLUS」という名前になりました。これがプロダクトの名前の由来です。
また、プロダクトと社名を合わせたほうがわかりやすいため、プロダクトに寄せて、上場する前に社名もスパイダープラスに変更しました。
藤沢:以前は何という社名だったのですか?
伊藤:株式会社レゴリスです。
藤沢:横文字だったのですね。
今お話ししていただいたとおり、プロダクトが「SPIDERPLUS」で、図面と工事に必要な材料を積算していくためのアプリケーションを作られたということですが、会社のお仕事は建設業のデジタル会社ということでよいのでしょうか?
伊藤:そのとおりです。今も積算ツールを販売しており、一部の断熱工事の会社に利用していただいています。
ただし、断熱工事の会社にしか使えないツールでは数が非常に限られるため、建設業界全体にどのように広めていくかを考えた時に、ゼネコン、サブコンに使っていただけるツールでないと広がらないと思いました。
「SPIDER」から「SPIDERPLUS」に進化する過程で、大手の設備会社からいろいろなアドバイスをいただき、完成したのちに「App Store」で一般販売を始めたという流れです。
藤沢:ゼネコンと言いますと、鹿島建設や大林組など超巨大企業をイメージしますが、そのようなところに使ってもらうアプリを作り、販売しているということですね。
伊藤:そのとおりです。
藤沢:大企業は自分でアプリを作りそうですが、作っていないのでしょうか?
伊藤:一部では作っているところもあるかとは思います。検査の項目などが多岐にわたるため、検査専用のアプリやシステムを作っている会社はかなりありますが、我々が提供しているようなものを作っている会社はなかなかありません。
「SPIDERPLUS」独自の機能
藤沢:では非常に独特なアプリだと思いますが、何が独特だと考えればよいですか?
伊藤:図面と情報の共有、現場の各種検査項目の検査の簡易化、報告書の作成を時短できるところが特徴です。例えば、ゼネコンで言いますと「建築パック」というパッケージプランがあり、配筋検査などの検査や杭施工記録、内装の仕上げ検査などのオプション機能を使うことができます。
他には「電気設備パック」「空調衛生設備パック」があります。業種によって検査する内容はまったく違いますが、我々は網羅的に提供しています。
藤沢:施工管理SaaS「SPIDERPLUS」の標準機能は月額3,000円(税抜き)です。安いですね。
伊藤:安いと思いますが、お客さまからは「これだけ入れるからさらに安くしてほしい」と言われることがあります。建設業界では昔からそうですが、どのような金額で持っていっても、「もう少し安くならないか」と言われます。
藤沢:1アカウント月額3,000円ですので、1人が1つのiPadを使うのに月額3,000円ということで、「iPadの数×金額」ということですよね?
伊藤:そのとおりです。
藤沢:その中で、「図面管理のすべてをデジタル化できる」のですね。「電子小黒板機能」とは何ですか?
伊藤:例えば配筋検査もそうですが、今までは何かの検査を行う時は黒板を持って行き、チョークで書いていました。
藤沢:よく工事現場などに黒板がありますね。
伊藤:まさにそれです。
藤沢:黒板を使うことは、法律で決まっているものなのですね。
伊藤:決まっています。ただし、昨今は国でもデジタル化を推奨していますので、民間工事はまったく問題ありませんが、電子黒板での納品も可能になっています。
ですので、「黒板を持ち歩かなくてよい」ということで、最初からテンプレートを作っておき、撮影する時はそのテンプレートを差し込んで、写真を撮るだけという機能を付けています。
藤沢:写真に自動的に電子黒板を付けるということですね。
伊藤:そのとおりです。カメラを起動すると、電子黒板がそこに表示されます。
藤沢:写真管理もできるということで、そのような写真を大量に管理でき、設計図とも紐づくということですね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:設計図を見ながらボタンを押すとそこの写真が出てくるということで、非常に便利ですね。
また、報告書作成とは、そのようなものを自治体や国への報告にそのまま使えるということでしょうか?
伊藤:そのとおりです。国に提出する場合は改ざんされていないかが一番重要になってきますので、改ざん検知機能も有しています。我々の既存フォーマットや、お客さまの会社専用の既定のフォーマットなどがありますが、カスタマイズして出力したものを国にCD-ROMで提出することができます。
10年かけて顧客と共に開発・改良してきた「SPIDERPLUS」
そのようなサービスをゼネコンなどに販売し、さらに電気設備、空調衛生設備などでも同じことができるのですね。「10年かけて顧客と共に開発・改良してきた」ということで、10年かけて実装したのでしょうか?
伊藤:おっしゃるとおりです。先ほどお話しした大手の空調工事会社と作ったところからスタートし、我々が公表しているベースでお話しすると、大手電気工事会社のきんでん、大手の空調会社の高砂熱学工業、中堅ゼネコンの鴻池組、マンションの長谷工など、多くのパートナーがいます。
そのような会社と一緒に「この機能を作ったら便利だよね」と相談しながら、さまざまな機能を作ってきました。それが徐々に検査の簡略化やオプションにつながっていったということです。
藤沢:検査の簡略化とは、人が今まで長い時間をかけていた作業を短くできるようになったということですよね?
伊藤:そのとおりです。例えば、脚立に上って、吹き出し口からどのくらいの風量が出ているのかを風量測定器で測る時は、測る人、脚立を押さえている人、メモする人の3人で検査することが一般的でした。しかし、今の風量測定器は延長棒で伸びるようになっています。
藤沢:自撮り棒のようなものですね。
伊藤:そのとおりです。ですので、タブレットを持って検査する箇所のアイコンをタップし、風量測定器を3回くらい押して平均数値をとるだけで合否判定ができるため、3人で行っていたことを1人でできるようになりました。
藤沢:加えて、重たい物を運ばなくてもよいのですね。
伊藤:おっしゃるとおりで、なおかつ計算もしなくてよくなりました。今までは、数値をメモした人が事務所に戻り、「Microsoft Excel」に入力して合否判定しなければいけませんでしたが、その必要がまったくありません。
これは本当に一例で、 電気設備の工事会社やゼネコンに関しても、今まで2人必要だったり、複数の工程が必要だったところを、人や工程数を少なくできることは非常に効果があると思います。
藤沢:すごいですね。このような作業をしている人にとって、検査するために脚立を運んだりすることはそれほど楽しくない仕事ですよね。そのような意味では、働いている人にとっても面倒な仕事が減ったということにもなります。
伊藤:そうですね。そして、重たい物を持たなくてもよいというのは大きな進歩ですよね。
藤沢:確かにそうですね。つまり、このようなものを使う企業からすると、コストがかなり下がったということと、人の回転率も上がったということですか?
伊藤:そのとおりです。ですので、月額使用料は3,000円以上いただいてもよいのではないかとは思っています。
藤沢:そうですよね。コストが下がるだけではなく、人の回転率が上がれば仕事も増やすことができますので、売上総利益率は上がりそうです。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:これらを積み上げて上場しているということで、相当な会社が使っていると思います。
伊藤:今は1,300社程度のお客さまに使っていただいており、ユーザー数も5万5,000人程度になっています。ただし、私の計算上、日本で約30万人は使えると考えており、まだ6分の1くらいですので、まだまだ伸ばせるという感覚です。
「現場感」を重要視し、勉強会や説明会を無料で開催
藤沢:競合他社はいないのでしょうか?
伊藤:もちろん、います。
藤沢:そことの差別化としては、10年かけて積み上げてきたところが強みでしょうか?
伊藤:機能的な部分では我々が一番持っているというところと、いろいろなものをどこの会社よりも先駆けて作っているため、ユーザーを確保するタイミングが我々のほうが早かったことです。そこは大きいですし、5年使っているものをリプレイスするかと言いますと、なかなかできないと思います。
また、顧客要望に対してはかなり積極的に「よいものであれば、即開発する」スタンスで進めています。また、お客さまに意外と喜ばれているのはサポート体制です。
藤沢:どのようなものですか?
伊藤:クラウド上で同じ画面を見ることができますので、「ここがわからないのですが」といった電話に対して、サポートセンター側で「その場合はこのようにしてください」とすぐにお伝えすることができます。
そのような対応に加えて、我々のフィールドセールスやカスタマーサクセスでは常に勉強会などを開いています。
他社では、勉強会や説明会を無料で開いているところもありますが、有料での開催が比較的多くなっています。しかし、我々は全部無料で開いているため、そのようなところが支持されているのではないかと感じています。
藤沢:お話を聞けば聞くほど、現場にすごく寄り添っている会社ですね。現場がよくなるように、そして現場の人たちの希望もどんどんと実現していくようにという、現場感を非常に強く感じました。
伊藤氏の生い立ちと、子ども時代に好きだったもの
藤沢:ここからは、伊藤さんがそのような現場感を持っている理由をうかがっていきます。
まずは生い立ちについて教えてください。伊藤さんは北海道紋別市の出身で、子どもの頃は絵を描いたり、「ガンプラ」を作ったりするのが好きだったと聞いています。
伊藤:そうですね。
藤沢:アーティスティックな子どもだったのですね。
伊藤:多少は外に遊びに行っていましたが、どちらかと言いますと絵を描いたり、プラモデルを作ったりするほうが好きでした。
藤沢:それと同時にバンド活動にも熱中していたのでしょうか?
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:バンドは、何歳くらいの時に始めたのですか?
伊藤:バンドは高校生から始めました。中学生の頃からギターを弾き始め、「高校生になったらバンドを組もう」と思っていました。
藤沢:子どもの頃は絵を描き、「ガンプラ」を作り、中学生くらいから音楽に親しみ、高校生からはバンドを始めたということですね。聞く限りでは非常にアートな人で、クリエイターのようだと感じました。
伊藤:そうですね。意識していませんでしたが、そのようなことが好きですね。最初は建設業に携わり、その後は職人として独立しています。
独立後は、いろいろなものを施工していますが、やはり人によって、すごくきれいに施工する人ときれいではない人がいます。私の場合、「とにかくきれいに施工したい」というタイプで、そのようなところが「ガンプラ」の組み立てや絵を描くことなどに通じているような気がします。
バンドマンとしてのプロデビューの夢が「社長業」に変わるまで
藤沢:伊藤さんは子どもの頃、「これをやりたかった」ということはありますか?
伊藤:小学生から中学1年生、中学2年生くらいまでは、マンガ家になりたいと思っていました。しかし、途中でギターにすごくのめり込み、そこからはずっとバンド漬けで、ギターを弾き続けていました。高校では本当にずっとバンド活動ばかりしていました。
藤沢:「プロでデビューしよう」と考えていたのですか?
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:いつ頃から変わってきたのでしょうか?
伊藤:ある程度年をとってくると、いろいろな現実を知ると思います。私の場合も、自分の実力がわかった時がありました。
藤沢:つまり、高校時代に「これではプロのバンドをやるのは無理だ」と思ったのですか?
伊藤:高校生の時には「プロでやるのは、正直無理だな」とすでに思っていました。
また、私の父や祖父は2人とも、独立して自分で商売を行っていました。そのため、社長業に対する漠然とした憧れがあり、「とにかく東京へ出て行って、社長として何か取り組めるものが見つけられないか」という思いがありました。
藤沢:「何かの社長になる」という目的で東京に行き、最初に応募したのが建設資材の商社だったということですか?
伊藤:そのとおりです。
藤沢:それは本当に偶然だったのでしょうか?
伊藤:はい、偶然です。
藤沢:他にもいくつか面接を受けましたか?
伊藤:実は就職する際に、「独身寮がワンルームマンションで、水道光熱費がタダで、管理人がいないところ」という条件を先生に伝えていました。
藤沢:すごいですね。節約して遊ぶ気満々というように感じます。
伊藤:そうですね。そのような会社がよいと言っていたところ、当時はまだバブル経済の名残りがあったこともあり、条件に合う会社が見つかりました。
藤沢:東京にその会社があったということですね。
伊藤:はい。そして、その会社に就職しました。
藤沢:つまり、「何の仕事か」ではなく、東京での生活環境を最優先に考えていたのですね。
断熱材の営業を経て、現場の職人に転身した経緯
藤沢:実際に入社してみて、いかがでしたか?
伊藤:入社後は断熱材の営業課に配属され、毎日のように、いろいろな断熱工事のお客さまのもとへ訪問していました。そして、現場に材料を運びに行ったりするうちに、「現場はおもしろいな」と思うようになりました。
その後、20歳くらいで断熱工事の会社から「うちの会社に来ないか?」と誘われ、転職しました。
藤沢:「今までは材料を売っていたけれど、自分で工事する人になろう」と考え、転職したのでしょうか?
伊藤:転職先の会社はどちらかと言いますと、いわゆるサブコンから直接仕事を請け負う元請けの断熱工事屋でした。ですので、自分たちで施工しません。ただし、現場管理や見積もりのほか、いろいろなお客さまとの会話を行うため、そのあたりをその会社で覚えることができました。
また、それらに取り組む中で「あとは職人として施工の仕事さえできれば、独立できるのではないか」と思うようになり、その会社で働いていた親方のところに1年くらい職人として修行に行きました。
施工の仕事にはいろいろな種類があるため、親方に「なるべく違う種類の仕事をしたい、いろいろな現場に連れて行ってくれ」とお願いし、さまざまな仕様の施工方法を覚え、「もう一通り覚えたな」というタイミングで独立を決心しました。
独立後に職人の派遣や下請けを行う会社を起業
藤沢:24歳で独立した時の事務所は埼玉県戸田市のマンションの一室で、熱絶縁工事の会社です。つまり、職人さんを抱える会社ということですね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:仕事を取ってくるのは、すごく大変だったのではないでしょうか?
伊藤:実は、最初の就職先で断熱材を売っていたこともあり、断熱工事会社の社長の知り合いがたくさんいました。そのため、その方々に電話し「今度、独立するから仕事をください」と伝えました。
藤沢:社長のみなさまに驚かれませんでしたか? 資材を売りに来ていた人が職人になり、職人の派遣や下請けを行うとなれば、「どうしたんだ?」と反応されたのではないでしょうか?
伊藤:意外にも、そのような反応はなく、「ああ、そうなんだ。うちも人が足りないから来てよ」と、最初から順調でした。
藤沢:最初から仕事もあり、赤字でもなかったということですが、職人はどのように見つけたのですか?
伊藤:職人については、私も年齢が若かったため、友だちなどを経由して「だれか、職人のアルバイトをする人はいない?」という感じで探し、10人くらいの規模で運営していました。
藤沢:実際に手を動かし、職人と一緒に施工されていた状況から、デジタル化に至ったことに関して、なにか転機があったのでしょうか?
伊藤:もともとは職人を抱え、下請けを行っていましたが、やはり元請けになりたいと考えていました。しかし、元請けになるためには、サブコンから直接仕事をもらわなければなりません。
最初は実績がなく、値段が安くなければ使ってもらえません。そのため、ほとんどの現場が赤字でした。それを2年くらい続けているうちに、だんだんと実績が積み重なり、ある程度一般的な価格で仕事が受けられるようになりました。
友人の協力を得て、デジタルプロダクトの内製を実現
伊藤:しかし、収益が安定してきた矢先に、ITバブルの崩壊とともに建設業界も一定程度の打撃を受けました。当時、2億円くらいの売上を達成していたタイミングで、取引先が3社潰れ、不渡手形等は合計で3,000万円くらいになりました。
藤沢:それは厳しい状況でしたね。
伊藤:その時はさすがに「この仕事は終わったな。うちももう倒産か」と思いましたが、銀行など、いろいろと救ってくれる方がいて、なんとか危機を乗り越えることができました。ただし、当時は今のようにファクタリングなどはあまりない状況でした。
藤沢:つなぎとしてお金を貸してくれるようなサービスなどがまだなかった時期ですね。
伊藤:そのような中で「なにか現金の商売ができないか」と考えていたところ、私は「ITがすごくおもしろい」と感じました。
実は当社のCTOは、私の小学校からの同級生です。
藤沢:北海道に住んでいた頃からの友だちですか?
伊藤:そのとおりです。小学校、中学校とずっと同じクラスでした。彼も東京に出てきており、一緒にお酒を飲みながら、「なにかITの仕事をやりたいよね」という会話を何度も交わしていました。そして、十数年前に「まずは自社で内製のプロダクトを作ろう」ということになり、彼が働いていた会社に依頼し、作ってもらいました。
それが先ほどお話しした、サブコンからの受注のタイミングで、「君が来てくれなければ、もうこれ以上先には進めない」ということで、彼に会社を辞めてもらい、私の会社に来てもらいました。
藤沢:それはすごいご縁ですね。
伊藤:そうですね。
藤沢:彼もその時、上場すると思っていたのでしょうか?
伊藤:それは思っていなかったと思いますが、私から「これで絶対上場できるから、お前も来てくれ」と誘いました。
その後も、まったく売上が上がっていない状態の中で、今いる当社の役員も含めた数名に、「絶対に上場するから来てほしい」という言葉を、殺し文句として伝えました。
将来的な需要増を確信 上場を目指すように
藤沢:伊藤さんは、最初の下請けとして施工していたところから、デジタルを使って上場するところまで飛躍していますが、その考えはどのように芽生えたのでしょうか? 天啓を受けたような感じですか?
伊藤:いいえ、そもそも上場ということすら知らない状態でした。通常は現場で働いていると、上場企業の名前を知っていても、自分たちが上場するなどという発想には至らないものです。
藤沢:私もそのように思います。
伊藤:ただ、私は経済に関する小説などが非常に好きで、いろいろと読んでいるうちに「上場するのはすごく楽しそうだな」と思うようになりました。実際に上場してみると辛いこともたくさんありますが、興味があったことは間違いありません。
藤沢:つまり、デジタルを使って、設計や図面の管理を行おうと思った瞬間から、「これはもう上場を目指そう」と、伊藤さんの中で変わったということでしょうか?
伊藤:意識が変わったのはそれ以降です。自社プロダクトの開発時は、そこまでは考えられませんでした。
藤沢:それでは、他社が開発したプロダクトを使ってくれた時に変わったのでしょうか?
伊藤:経緯としては、大手のサブコンと一緒に開発を進めていく中で、我々の販売先が今後ものすごく増えるという確証のようなものが自分の中で芽生えました。「これは間違いなく世の中にまだないものだから、これならば上場できるだろう」と考え、上場を目指しました。
断熱工事で得た資産を投じてITのプロダクトを開発
藤沢:最初はプロダクトを開発するために友人の会社にも発注していたため、コストもかかっていたということですね。
伊藤:長い間、赤字が続いていました。
藤沢:それでも、「会社としてはあったほうが便利だ」ということで、コストを払い続けたのですね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:他社に提案し、プロダクトを使ってもらう間も、最初はずっと赤字だったのではないでしょうか?
伊藤:赤字が続きましたが、最初は断熱工事の会社も経営していたこともあり、私自身にある程度の資産がありました。
藤沢:そうなのですね。
伊藤:ITの事業を始めるまで、結局10年以上は断熱工事の仕事を続けていたことになります。独立して今年で25年が経ち、ITを始めてからは10年になります。
ITを始めた時はまだ多少の資金はありましたが、だんだんと足りなくなり、「どうしようか」と考えた末、別会社にしていたITの会社と断熱工事の会社を一緒にしました。そして、断熱工事のほうで出た利益を、ITが食い潰すような状態になっていきました。
藤沢:ITのプロダクトの開発のために、断熱工事の利益を使ったのですか?
伊藤:そのとおりです。
藤沢:ある段階で、「これは絶対にうまくいく」という確証を得たことでITに特化し、断熱工事のほうは辞めてしまったということでしょうか?
伊藤:ちょうど今年1月に、事業を譲渡しました。
断熱工事によって構築した関係性がプロダクトの開発に寄与
藤沢:断熱工事の会社をずいぶんと長く続けていたのですね。
伊藤:そうですね。断熱工事の会社を運営していましたので、プロダクトを制作するチームが、実際に我々が断熱工事を受けた現場を見学することができ、そのような環境により非常に取り組みやすかったこともあります。
また、その結果、我々のことをかわいがってくださるお客さまが非常に多く増えました。今では現場に行き、「ちょっと見学させてほしい」「研修させてほしい」と言うと、「いいよ。今日おいで」と言ってもらえるような関係性に発展しています。
ただし現在は、断熱工事で得た知識などを活かしてプロダクトを作ってきたという側面はあるものの、我々の知見はほとんどすべて使い切ってしまったというレベルに至っています。
藤沢:そうなのですね。
伊藤:ここから先は、サブコンやゼネコンからいろいろなアドバイスをもらい、関係性を構築し、よりよいアドバイスを受けて、それを我々がプロダクトに反映させていくことが最も重要だと考えています。
藤沢:なるほど。本当に着実にステップアップしていますね。まさに最初の断熱工事部門は、ある意味、研究開発部門でもあったということですよね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:そこでほぼノウハウを確立できたため、次のステージとして、今度は外部とコラボレーションしてもらっているということですね。「やりたい」と思ったことに対して自ら飛び込んでいくという歴史を繰り返せるのは、本当にすごいと思います。
現場出身ならではの強み
藤沢:この「現場がわかっている」という信頼感が、単なるITによる効率化とは違いますよね。
伊藤:お客さまのところに行った時に「昔、御社の練馬の現場で職人として働いていました」と言うと、「私、そこの監督だったよ」なんてこともあります。
藤沢:すごいですね。
伊藤:それで一気に仲良くなれますので、そのようなことも1つの強みだと思っています。
藤沢:後からデジタルだけで考えて開発した人には、とても乗り越えられない信頼関係をすでにお持ちですよね。
伊藤:お客さまに電話をかけるとすぐに出てくれて、「少し相談したいことがあるのですが」とお願いすると、「いいよ、おいで」と言ってもらえます。そのような関係ができているというのは、やはり強いですよね。
藤沢:まさに「同じ釜の飯を食ったことがある仲間」という感じですよね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
藤沢:そこにデジタルができる仲間がいたのも、すごいことだと思います。
10年先の建設業界を見据えた展開
藤沢:まさに、建設現場はこれからどんどん変わっていかなければなりません。伊藤さんたちが対応している建設現場は、ビルやマンションなどの大きな建物ですが、今後はどのようになっていくと見ていますか? 建設の数自体は減らないですよね?
伊藤:建設業界自体の統計が出ているのですが、10年先を見ても、建設投資額はまだまだ上がっていきます。一方、労働時間を削減しなければいけない状況ですので、深刻な人手不足になると見込まれます。それをカバーできるようなプロダクトを作ることができれば、この業界におけるマストアイテムになっていくと考えています。
また、いわゆる図面を扱う業界は我々のターゲットだと思っています。例えば、プラントの会社には最近かなり使ってもらっていますが、メンテナンス会社など、図面を扱う業界はいろいろあると感じています。
藤沢:新たに建設する時だけではなく、完成後の定期検査でも必要になりますものね。そのような検査を非常に簡易にすることが御社の強みですので、ビルだけでもなく、新築だけでもないと考えると、プラントはもちろんのこと、展開の幅が広がっていきますね。
海外にも広がる「SPIDERPLUS」の導入
伊藤:さらに海外展開も考えています。
藤沢:事前に聞いたところによると、「SPIDERPLUS」は多言語展開できるそうですね。
伊藤:多言語展開と言いますか、今海外で提供している「SPIDERPLUS」自体は英語で、iOSしか対応していないのですが、簡易版の「SPIDERPLUS PARTNER」はAndroidでも何でもブラウザで見る仕組みになっています。
そのため、ブラウザ上で日本語で入力すると、例えばベトナムであればベトナム語で表示されます。逆もしかりで、ベトナム語で打った言葉は日本語になって返ってきます。
藤沢:翻訳機能が付いているのですね。
伊藤:そのとおりです。
藤沢:すでに海外で展開しているということですか?
伊藤:現状はそこまで多くないですが、10ヶ国程度で使われています。
藤沢:すごいですね。日本のゼネコンが使っているのですか?
伊藤:ゼネコン、サブコンの両方です。
藤沢:逆に言いますと、日本のゼネコン、サブコンではなくても使われる時代が来る可能性が十分ありますね。
伊藤:あると思います。
藤沢:すでに職人さんたちが使っていますので、日本で使ってもらえる建設物の幅を広げることと、グローバル展開を目指しているということですね。
伊藤:そうですね。
藤沢:どこまでを目標にしていますか? 世界中ですか?
伊藤:日本と似た地域に我々の優位性があると思いますので、今考えているのは東南アジアです。狭い国土の中で人口が爆発的に増えており、高層ビルがどんどん建つようなところがターゲットだと思っています。
藤沢:来日している職人さんたちの多くはASEAN出身です。シンガポールはもちろん、インドネシアなどにも大きな可能性を感じ、すごく楽しみです。
伊藤:おっしゃるとおり、インドネシアには日系の企業もかなり入っていますので、4、5現場で使っていただいています。
藤沢:インドネシアには多くの島があり、人口が増えていますので、日本だけではなくASEANを考えたら、拡大のチャンスはかなりありますね。
伊藤:さらに、日系企業がODA案件に強いことも追い風となっています。ODA案件は地下鉄工事など比較的大きいものが多いため、そのような現場で「SPIDERPLUS」が当たり前に使われ始めると、日系企業だけでも数万人は新規ユーザーを獲得できるのではないかと思っています。
藤沢:そうすると、いよいよゼネコンやサブコンだけではなく、日本であれば自治体単位で、海外であれば国単位で導入してもらうのが一番早そうですね。
伊藤:8月にチェンジと業務提携して、自治体向けにもいろいろ活動を行っている最中です。
成長スピードを加速させるアライアンス
藤沢:資料見ておもしろいと思ったのは、チェンジやリコーをはじめ、今後もいろいろな企業とさらに連携して、幅とスピードを拡大していくのですね。
伊藤:我々のようなベンチャー企業にとっては、大手企業と一緒にアライアンスを組むことが成長スピードとしては一番早いと考えているため、アライアンスに対してはすごく積極的です。これは上場したメリットだと思うのですが、アライアンス案件が多くありますので、双方にとってシナジーのある会社と積極的に連携しています。
藤沢:なるほど。今のお話に近いのですが、この番組はM&Aクラウドのサポートで運営しているため、いつも同じ質問を社長さんにしています。伊藤さんはM&Aについてどう考えていますか?
伊藤:良い企業があれば、積極的に行いたいと考えています。
藤沢:それは国内外問わずですか?
伊藤:そうですね。
藤沢:まさに成長スピードを上げるのはアライアンスかM&Aです。今後どのようなところとアライアンスしたいと考えていますか?
伊藤:今に限らず、基本的にずっと続けていかなければならないと思っていますが、我々が持っていないIT技術を持っている会社とのアライアンスが一番大きいと考えています。我々の持っていない知見と、我々が持っている技術を組み合わせることが、お客さまの利便性向上にもつながります。そのような観点で、アライアンス先やM&Aの検討先を考えています。
藤沢:キーワードは「IT」ですね。
伊藤:おっしゃるとおりです。
伊藤社長の魅力
藤沢:伊藤さんは、実は「Twitter」をものすごくマメに発信しています。私も先ほどフォローしましたが、仕事の話もあれば、かわいい犬の動画もありました。伊藤さんの写真だけを見ると、少しハードな印象を受けるかもしれませんが、とてもキュートな方ですので、ぜひ「Twitter」もご覧ください。
伊藤:ぜひ、お願いします。
藤沢:伊藤謙自さんで検索すれば、すぐに出てきます。
伊藤:もしくは「SPIDERPLUS」と入力していただくと、すぐに出てきます。
藤沢:「Twitter」を通じて、伊藤さんのさらなる魅力をキャッチしていただけたらと思います。伊藤さん、本日はありがとうございました。
伊藤:どうもありがとうございました。