この記事の読みどころ

欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は2017年6月27日に開催されたECBフォーラムでタカ派(金融引締めを選好する傾向)寄りと見られる発言をしました。9月頃の債券購入縮小のアナウンスを想定している市場は、ドラギ総裁の発言に飛びつき、債券が売られ(利回りは上昇)ました。

ドラギ総裁の発言を振り返ることで、ユーロ圏の景気とインフレ率の動向を振り返りながら、今後の金融政策の注目点を解説します。

ECBフォーラム:ドラギECB総裁のタカ派寄り発言を受け、ユーロ圏国債利回り上昇

ECBのドラギ総裁は27日、ポルトガルのシントラで開かれた年次のECBフォーラムで、現局面では全ての兆候がユーロ圏の回復の強さを示し、デフレ(価格の下落傾向のこと)圧力はリフレ(デフレから抜け出たが、本格的なインフレーションには達していない状態)に置き換わったと語りました。

価格下落の懸念は後退したが、インフレを懸念するほどではないという認識を示すと共に、景気回復については自信を示すなどタカ派(金融引締めを選好)寄りの姿勢を示しました。ドラギ総裁の発言を受け、27日のユーロ圏国債は大幅に下落(利回りは上昇)しました。

どこに注目すべきか:リフレ、GDPギャップ、履歴効果、インフレ率

ドラギ総裁の発言はタカ派寄りの印象であったことから、9月のECB理事会で債券購入縮小のアナウンスを想定していると見られる市場参加者は、発言に飛びつき、債券が売られ(利回りは上昇)ました。ECBが少しでもタカ派寄りの発言をすれば、市場の変動が高まる、緊張感が高い状態であることが示されました。市場が想定しているようにECBが債券購入の縮小を年内に進めるなら、市場の変動を少しでも抑える工夫が必要で、ECBと市場の今後の対話に注目しています。

まず、確認の意味でドラギ総裁のユーロ圏のインフレ率について、どのような発言をしたのか、内容を振り返りましょう。ドラギ総裁はインフレ率の動向を次の2段階に分けています。

第1段階は金融緩和政策で景気回復を図るという段階です。実は、あまり知られていないのですが、ユーロ圏のGDP(国内総生産)成長率は前期比で2013年の前半からプラス成長です。結果として16四半期(約4年)連続でプラスとなっています。プラスの幅は大きくないですが、何とかプラス圏を確保していました。このプラス成長にECBの金融緩和政策などが下支えとして貢献しているとドラギ総裁は説明しています。

第2段階は景気がよくなったのなら、インフレ率に与える影響です。第1段階は機能していると、景気回復に自信を示したドラギ総裁ですが、第2段階は不十分と述べています。要は、景気は良くなったが、インフレ率上昇が鈍いと述べています。

では、インフレ率上昇が鈍い背景は何か?ドラギ総裁は主に次の点を指摘しています。

1点目は外的ショックと表現していますが、手短に言えばエネルギー価格の影響です。時期により、上下の変動がありましたが、概してエネルギー価格は物価を押し下げたと述べています。

2点目は、GDP(Output)ギャップによるインフレ率の押し下げです。具体的には労働供給が過多で、働きたいと思っている人が多いということです。景気が回復すると、今まで職探しをあきらめた人が雇用市場に戻った場合に、このような現象は見られることがあります。そのようなケースでは通常、働き始めてスキルが伴わないとか、賃金交渉力が弱いといったことから賃金が上がりにくいことも見られる場合があります。

3点目は、履歴効果(経済に大きなショックが起こると、そのショックの影響がなくなったとしても、経済主体の行動が元には戻らない)や、賃金の物価スライド制の導入で賃金が上昇しにくい構造となっている可能性を指摘しています。リーマンショックのような大きなショックが起きると、状況が改善しても、企業や個人に慎重な姿勢が続き、物価や賃金が戻りにくいケースを履歴効果として説明しています。

ドラギ総裁はこのようにユーロ圏のインフレ率を振り返りながら、金融政策の景気への働きかけは過去の政策が機能したと自信を深めている様子です。一方、今後の物価動向については忍耐が必要としています。ただし、ドラギ総裁は今後の方向として、インフレ率の上昇を想定していると見られます。

たとえば2点目の雇用の問題を見ると、ユーロ圏の雇用市場では失業率が低下傾向となっています。ここでドラギ総裁はインフレ率と失業率の関係を述べたフィリップス曲線(インフレ率が低下すると物価が上昇する関係)というのを持ち出しています。

市場では米国のように失業率が低下しても物価(賃金)が上がらないことが見られたため、フィリップス曲線を疑う声も聞かれます。しかし、ドラギ総裁は失業率が下がればやはり物価が上がる可能性に言及しています。時間はかかるかも知れませんが、潜在的なインフレ懸念を示すことで政策変更の可能性を示唆したと解釈もできましょう。

ただし、ECBは6月8日の政策理事会で声明文からデフレの文字を除いており、冷めた見方をすれば、メッセージとしては何ら違いがないようにも思われます。それでも市場が債券売りで反応したことは、ECBの想定通りの動きだったのか、それとも反応に驚いているのか、判断しかねています。

また、ドラギ総裁は辛抱強く緩和政策を続けるとも述べていますが、どの程度辛抱強く待つのかも気になります。これらのことを見極めるうえで、市場の反応を見た後のECB要人のコメントに、当面注視が必要と見ています。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文