この記事の読みどころ
2017年は欧州選挙の年といわれながら、フランス大統領選挙を無事終えたことで市場には安心感が漂っています。マクロン氏の勝利に終わったフランス大統領選挙により、欧州選挙の懸念が後退したことは確かですが、心配の火種は残っています。
その1つは、たとえばイタリアの総選挙です。ユーロ圏の中で相対的に景気回復や財政改革が遅れているイタリアには安定政権が望まれ、総選挙前倒しの可能性に対し市場が反応する局面もあったため、背景を掘り下げてみようと思います。
イタリア政局:イタリア総選挙が年後半に前倒しされる可能性も
イタリア総選挙前倒しの可能性に関連する記事が2017年5月29日に報道されると、イタリア株式市場は2%程度下落し、イタリア国債の利回りは上昇(価格は下落)しました。報道内容は、民主党党首のレンツィ前首相が総選挙はドイツと同時期の2017年9月下旬の実施が妥当との見解を示したというものです。
イタリアの総選挙は2018年5月までには行われる予定でしたが、この秋にも総選挙が前倒しされる可能性が出てきました。なお、選挙前倒しを求める権限を唯一持つイタリアのマッタレッラ大統領は、総選挙前倒しの条件の一つとして、イタリア上下両院の選挙制度に整合性を持たせる、新たな選挙法の議会承認を求めています。
どこに注目すべきか:五つ星運動、連立協議、プレミアム議席
まず、イタリアの総選挙事情を簡単に振り返ります。来年実施予定の総選挙が前倒しとなる可能性が伝えられて、なぜ市場が下がったのでしょうか? 理由の一つは反体制、反ユーロを掲げるポピュリスト政党、五つ星運動が勢力を拡大する可能性があるからです。
世論調査によると、反体制派の五つ星運動と与党の民主党の支持率は共に3割程度で拮抗しており、総選挙で五つ星運動が第1党になる可能性も排除しきれません。そのため、あまり市場が想定していなかった総選挙前倒しということが報道されただけで不安が高まったと見られます。
ただ、注意しなくてはならないのは、どの政党も過半数はおろか、プレミアム議席(注)の獲得水準(40%)に達しない見込みであることです。
注:イタリア下院独特の制度で、全国区で第1党、かつ40%以上の比例票を獲得した政党に54%(定数630議席のうち340議席)を配分
そうなると、イタリアでは選挙のたびに繰り返される光景ですが、毎度難航する政権樹立に向けた連立協議が繰り広げられる展開も想定されます。これは結果として、連立工作にエネルギーを費やすため、政治活動の停滞が懸念されます。
次に、早ければこの秋に実施されるかもしれない前倒し選挙では、新たな選挙制度のもとで総選挙が行われる可能性が高く、このことが不確実性を高める可能性があります。
ここで、イタリアの選挙制度について簡単に説明すると、イタリアでは上院、下院とも比例代表制ですが、下院には先に述べたプレミアム議席という制度があります。よって、下院では選挙で過半数を獲得できなくても、この制度により過半数(54%)の議席数を獲得できる可能性があり、上院と下院で異なる政党が第1党となる可能性があります。
総選挙前倒しを決定できるマッタレッラ大統領は、前倒し選挙の条件に選挙制度の改正を求めています。どのように改正するかは現在イタリアの主要政党が検討を進めていますが、報道によると下院の選挙制度はドイツの選挙制度を参照したものとなる模様で、反体制派政党の五つ星運動から民主党までを含めた主要政党が、制度改革案を支持することでほぼ合意したとも伝えられています。
ドイツの選挙制度は日本の衆議院のように小選挙区と比例区からなり、比例区で5%または小選挙区で3人当選しないと議席が認められないなど少数政党に不利な方式ですが、この議席獲得に必要な得票率5%という制度の導入を目論んでいるようです。
イタリアでは伝統的に多数の少数政党が議席を獲得、連立政権による不安定な政権運営を強いられてきただけに、新制度が導入されれば、少数政党の乱立が防げるというプラス面も期待されます。しかしながら、今の政党支持率を見ると、与党民主党と連立を組む一部の少数政党は議席を失う可能性があります。
一方、五つ星運動は現段階ではどの政党とも連立を拒否していますが、反ユーロ、反グローバル、反体制など主張が一致する北部同盟やイタリアの同胞は議席を獲得する可能性があります。五つ星運動が他の政党と連立しないという方針をひっくり返し、思わぬ組み合わせが誕生するというケースが懸念されます。
なお、今回のイタリアの総選挙については前倒しの可能性が若干高まったというだけで過度の懸念は禁物と思われます。イタリアはこの秋に予算を成立させる必要があり、総選挙はやはり来年という可能性も多分にあることや、新たな選挙制度の合意はまだ公表されたわけでもなく、また新制度がどのような内容なのかは現状では分かっていないからです。
ただ、当面、イタリア政治が市場の変動要因として浮上してくる展開も考えられます。2017年は欧州選挙の年といわれながら、フランス大統領選挙後には安心感が高まりました。ただ、今回ご紹介したイタリアに加え、楽勝と思われていた英国メイ首相もやや苦戦している模様で、欧州の選挙には、もうしばらく注視が必要かも知れません。