石油輸出国機構(OPEC)は5月25日、今年1月から実施している減産の9カ月延長を決定しました。しかし、この決定を受けて原油価格は反落しています。市場の期待に届かなったと言われていますが、なぜ期待に応えなかったのかは謎のままです。
そこで今回は、OPECが市場の空気を読まなかった背景を米国の動きから探ってみたいと思います。
OPEC総会はゼロ回答、マーケットは失望売り
OPECは今年1月から減産を実施し、供給過剰の解消と原油価格60ドル(1バレル当たり、以下同)回復を目指しましたが、どちらの目論見も外れました。主因はOPECの減産を米シェールオイルの増産が打ち消したことにあります。
米国の原油生産量は、ピークとなった2015年6月の961万バレル(日量、以下同)から2016年8月には845万バレルにまで低下しましたが、OPEC減産で原油価格が上昇したことから、その後は増加に転じ、5月現在は932万バレルまで回復しています。
米エネルギー省(EIA)によると、2018年は前年比65万バレル増の996万バレルが予想されていますが、これは2016年のボトムからは151万バレルの増加となります。OPECの減産量は120万バレル、ロシアなど非OPEC産油国の協調減産を含めても180万バレルですので、米国の増産でほとんどが打ち消されてしまう計算です。
さらに、今年に入り、カナダとブラジルがそれぞれ約20万バレルずつ増産しており、米国以外の非OPEC産油国も増産しています。
このほか、政情不安で減産が免除されているリビアとナイジェリアでは、政情が安定すれば増産が見込まれます。また、米国でガソリン需要が低迷していることもあり、減産を延長するだけでは供給過剰を解消することが難しくなっています。
したがって、年内に供給過剰の解消を目指すのであれば、追加減産が必要となり、マーケットもそれを期待していましたが、結果はゼロ回答となり、期待は失望に終わりました。
米・サウジの蜜月で強まるイラン包囲網
追加減産を見送れば、供給過剰の早期解消は難しいことがわかっていながら、なぜOPECはゼロ回答を選択したのでしょうか?
ここからは推測の域を出ませんが、OPEC総会を直前に控えてトランプ大統領がサウジアラビアとイスラエルを歴訪したことがヒントになるかもしれません。
トランプ大統領は5月20日、就任後初となる外遊でサウジを訪れ、米政府による1,100億ドル(約12兆円)相当の武器輸出を含む総額4,000億ドル(約45兆円)規模の商談をまとめました。
これに呼応するかのように、米上院外交委員会は5月26日、イランに対する核以外の包括的な制裁法案を可決しています。この法案ではイランの弾道ミサイル計画やテロ支援を主な理由に、対イラン制裁の行使が検討されています。
サウジはイエメンでの代理戦争を通じてイランとは事実上の交戦状態にありますので、前例のない対米投資の見返りとしてイランへの制裁強化を求めても不思議でありません。
ところで、トランプ大統領の側近は親イスラエル派で固められていますので、イスラエルの脅威は米国の脅威でもあります。“イスラエルを地図から抹消しよう”と考えているイランは弾道ミサイルの開発を進めるなど、イスラエルにとって最大の脅威となっています。
トランプ政権はオバマ前政権が署名したイランとの核合意を破棄したい考えですが、当面は核合意に基づいた制裁解除は維持しつつ、イランの弾道ミサイル開発やテロ支援に焦点を絞って制裁の圧力を強めていく方針のようです。
米国は今回のサウジ、イスラエル歴訪で反イラン色を強く打ち出していますので、イランへの制裁強化は既定路線と言えるでしょう。イランからの原油輸出が再び制限されるのであればサウジには満額回答となりますが、中東での地政学的リスクが高まるだけでも原油価格にはプラス材料となりそうです。
ロシア疑惑でクシュナー氏浮上、イラン攻撃の布石?
ロシア疑惑に揺れているトランプ政権ですが、最近では大統領の娘婿であるクシュナー上級顧問も捜査対象になっています。クシュナー氏は親イスラエル派の中心人物ですので、イスラエルによるイラン攻撃についてロシアと調整していた可能性もありそうです。
イスラエルのネタニヤフ首相はかねてからイランへの武力行使を示唆していますが、対イランで宥和政策をとっていたオバマ前大統領の理解を得られなかったほか、ロシアとの関係悪化も懸念されていました。
イスラエルがイランへの先制攻撃を仕掛けた場合、イスラエルを支持する米国とイランを支持するロシアが対立する恐れがあり、かつてのイラン・イラク戦争と同様に米ロの代理戦争の場になりかねません。したがって、事前に米ロの対立を調整することは、攻撃準備を整えることにつながると考えられます。
イスラエルからイランへの攻撃は距離的に遠いことから、米軍とサウジの協力が得られれば単独で行動するよりも実行がかなり容易になります。今回のサウジ、イスラエルの歴訪で中東情勢はきな臭くなってきたのかもしれません。
中東地域での地政学的リスクの高まりを警戒
OPEC総会で追加減産が見送られた結果、原油価格が反落しています。ただし、OPEC総会を直前に控えた時期にトランプ大統領がサウジとイスラエルを歴訪しており、反イラン包囲網が強化された模様です。
原油価格の上昇は消費者にとっては悲劇ですが、米シェール企業にとっては恩恵以外の何物でもありません。また、雇用創出という観点ではトランプ政権の思惑とも一致します。
サウジと米国の蜜月は中東地域での地政学的リスクを高めている可能性があり、警戒が必要となりそうです。
LIMO編集部