文政権で北朝鮮を巡る地政学リスクは高まるのか低下するのか
2017年5月9日に韓国の大統領選が行われ、革新系政党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選し、10日、第19代大統領に就任しました。では、日本などの金融・資本市場にはどのような影響が考えられるでしょうか。
まず、北朝鮮を巡る地政学リスクです。リスクが高まると「有事の円買い」が起こる傾向があります。円高に振れるため、自動車など輸出関連企業の収益が悪化することが想定されることから株が売られます。
むろん、その前提として、文政権の誕生により、地政学リスクが高まるのかあるいは逆に低下するのか考える必要があります。
文政権は、9年ぶりの革新政権であるとともに、「反米親北政権」とも言われます。トランプ米政権は武力行使の選択も含めて圧力を強めてきました。ただし、文大統領の目の前で、単独で軍事行動に出るのは難しいでしょう。そうなると、当面は過度な緊張が和らぐことになります。
逆に、新政権が北朝鮮に融和的なことで、リスクが高まるという見方もできます。
北朝鮮が核・ミサイルの挑発を続けていることに対して、米国や日本は強硬な姿勢です。中国さえも北朝鮮からの石炭輸入を停止しているような状況で、韓国だけが融和政策をとるようになると、その足並みを崩すだけでなく、核・ミサイル開発を加速させることにもなりかねません。
81万人の雇用創出などを公約に掲げるが…
5月11日の韓国株式市場で総合株価指数(KOSPI)は過去最高値を更新しました。文新政権の経済政策を期待した動きとされます。
韓国の若年層(15~29歳)の失業率は2016年、9.8%と過去最悪の水準になっています。韓国銀行(中央銀行)は、17年の実質国内総生産(GDP)成長率を前年比2.6%と見込んでおり、2%台の低成長が続いています。
これらの問題を受けて、大統領選では、文氏のみならず、多くの候補者が雇用創出や産業の育成などを訴えました。文氏も、81万人の雇用創出をはじめ、賃金などの格差問題の是正などを公約に掲げました。
韓国は日本にとって、中国・米国に次ぐ第3位の貿易相手国です。日系企業の進出も多く、たとえば東レは、同国での売上高がグループ売上高の約10%を占めるとされます。韓国経済の活性化は日本企業に好影響をもたらすことは間違いありません。
ただ、文氏の公約である81万人の雇用の実現可能性については、5年間で21兆ウォン(約2兆1000億円)以上とされる予算の財源などの点で疑問視する声も少なくありません。
さらに文氏は選挙中、朴槿恵(パク・クネ)大統領と親密な関係にあったサムスンなど財閥系企業をたたき、当選しました。
しかし、韓国経済は財閥系への高い依存度が高く、サムスンと現代自動車の売上げだけで製造業の売上総額の約2割を占めるとされます(2013年、外務省資料より)。前述した東レも、サムスンやLG向けの製品が中心です。
公約どおり、文氏が韓国経済を活性化できるのか、さらにそれが「反財閥」で可能なのか、注目されるところです。
「少数与党」としての国会運営のほか、外交でも課題は多い
米国では大統領選から半年が過ぎました。当初はさまざまな政策を公約に掲げたトランプ氏への期待が高まったものの、最近では議会との調整が難航する姿が目立ちます。
韓国の文新政権の船出も順風満帆ではありません。というのは、大統領には当選したものの、文氏が所属する「共に民主党」の国会での議席数は総定数300に対して120と過半数に達していないからです。いわば少数与党です。
さらに韓国では「国会先進化法」と呼ばれる規定があり、在籍議員の6割以上の賛成がないと議案を本会議に上程することができません。
国会運営を含め、文政権の前途はなかなか厳しくなりそうです。外交では「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備を巡る中国との関係回復、従軍慰安婦をはじめとする日韓の歴史問題なども解決のめどは立っていません。
公約に掲げた政策が実行できず、国民の不満が高まると、過去の大統領のように、反日的な言動に走りかねません。
それが「ガス抜き」にとどまればいいですが、日系企業での従業員のスト、日本製品の不買運動などにつながると日本企業の業績にも影響が生じます。この点は、株価にも影響を与えかねない要素として今後の動向を注視したいところです。
下原 一晃