4月に入っても伸び悩みの続く米株式市場を尻目に、金価格が上昇トレンドを維持しています。シリアや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)での軍事的な緊張感が高まったことで“有事の金”の面目躍如といったところです。

ただ、株価が安値から切り返しても金は好調を維持していますので、金価格上昇の背後には地政学的リスクのみならず、複数の要因が絡みあっている模様です。今回はなぜ金価格は好調を維持しているのか、その支援材料を整理してみました。

政治的リスクを警戒、イベント通過後の反落に注意

フランス大統領選挙が金価格を支援しているのは周知の通りです。5月7日の決選投票では親EUで中道・独立系のエマニュエル・マクロン前経済相と反EUで極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が激突します。結果次第では仏EU離脱(フレグジット)の可能性が高まり、フランスがユーロから離脱する恐れがあります。

フランス大統領選挙とともに注目されているのが、米政府閉鎖の可能性です。米国では2017年度の予算が成立しておらず、28日に暫定予算が期限切れを迎えます。

トランプ大統領が本予算とは別にメキシコとの国境に築く“壁”の建設費を含む国防関連の補正予算を要求しているこが状況を複雑にしています。29日はトランプ政権発足100日目に当たりますが、予算で合意できなければ、政府機関の一部閉鎖が始まることになりそうです。

このように、中東や朝鮮半島での地政学的リスクと並行して、政治的リスクへの警戒も金価格を押し上げている模様です。

ただし、政治的リスクでの上昇はイベント通過後の反落に注意が必要です。英EU離脱は“リーマン級のショック”、トランプ氏勝利なら“リーマン超えの株価暴落”と言われていましたが、ふたを開けて見ればいずれも株価は上昇し、イベント前に上昇していた金価格は反落しました。

2013年10月に米政府機関の一部が閉鎖されていますが、この時もイベント通過後に金は反落しています。

インフレ率の低下で利上げ見通しが後退

年初からの金価格上昇の背景として長期金利の低下とドル安を挙げることができますが、最近の金利低下とドル安にはインフレ率の低下が影響している模様です。

3月の米消費者物価指数(CPI)は前月比で0.3%低下、食品とエネルギーを除くコア指数も同0.1%低下しました。コアCPIがマイナスとなるのは2010年1月以来、7年2カ月ぶりのことです。

前年同月比を見ると、利上げが開始された2015年12月以降、コアCPIは2.1%から2.3%のレンジ内を推移していましたが、3月は初めて2.0%に低下しています。このまま目標となる2.0%を割り込むようだと、利上げ継続の大義名分を失う恐れがあります。

インフレ率の低下で米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ見通しも後退しています。4月21日現在、市場が織り込む6月の利上げ確率は50%程度まで低下しており、利上げの目安とされる70%を大きく下回っています。

9月の利上げ確率は70%を上回っていますが、12月までに2回以上の利上げを見込む確率は50%を若干下回っており、現時点で市場に織り込まれているのは9月の1回のみということになります。

トランプ政権への失望でドル高見通しも後退

金融機関がドル高見通しを相次いで下方修正していることも、金買いに安心感を与えています。4月18日には、ドルに強気だったゴールドマン・サックスがドル高見通しを撤回したことで、ドル高を見込む投資家には少なからぬ衝撃が走りました。

ドル高見通しの修正には、トランプ政権への失望が影響している模様です。公約であったオバマケアの廃案でいきなりつまずいたことから、公約の実現能力に大きな疑問が投げかけられました。すなわち、拡張的な財政政策がインフレを招き、米連邦準備制度理事会(FRB)も利上げに積極的にならざるを得ないというシナリオが狂ったというこごです。

4月26日には税制改革計画の発表が予定されており、法人税・個人税の“大規模な”減税が盛り込まれる見通しですが、公約通り大規模に実施できるかどうかはまだ未知数です。

トランプ政権は「減税により成長が加速するので税収が増えて、財政が均衡する」としていますが、このシナリオは80年代のレーガン政権で見事失敗に終わりました。

2018年度の予算案では国防費を大きく増額した一方で、環境保護の関連予算が大幅にカットされたことから、民主党から強い反対が出ています。また、財政中立を目指す共和党主流派からの支持が得られるのかどうかも不安視されています。

上院でのフィリバスター(議事妨害)を回避するために、財政調整法を利用することも考えられますが、この場合2001年に成立したブッシュ減税と同様に10年間の時限立法となることが予想されます。

中長期的には低成長・低インフレが金相場を下支えか

最近の金価格は地政学リスクの高まりに囃されて上昇しているように見えますが、その陰で複数の要因が下支えしています。

フランス大統領選挙や米政府閉鎖といった政治的リスクが意識されていますが、こうしたイベントでの上昇は長続きしない可能性を排除できません。金は文字通り“安全な逃避先”なのであって、嵐が過ぎれば資金は元の場所に戻る恐れがあります。

税制改革や予算審議が徐々に煮詰まってきていますが、当初に比べると期待が薄らいでおり、ドル高見通しの修正につながっている模様です。

中長期的には低成長・低インフレへの警戒が金相場を下支える可能性がありそうです。今週末の28日には1-3月期の米GDPが発表されますが、4月18日現在のGDPナウはわずか+0.5%と予想しています。低成長が確認された場合には、低インフレへの警戒が一段と強まることになりそうです。

LIMO編集部