この記事の読みどころ

円安、円高の方向性に影響を与える米国の金融政策。その判断に大きな影響を与えると考えられている米国雇用統計が公表されました。

統計公表後、米国債市場では利回りが低下(価格は上昇)するなど3月利上げを想定させるには力不足の内容であったと見られます。特に、賃金の伸びが軟調であったことが利回り低下の背景と見られます。統計公表後、為替市場でも円高・ドル安の動きが見られました。

1月米雇用統計:雇用者数は市場予想を上回るも、失業率は上昇、賃金の伸びは鈍化

米国雇用統計が2017年2月3日に公表され、1月の非農業部門雇用者数は前月比22.7万人増加と、市場予想(18万人)、前月(15.7万人と速報値の15.6万人から上方修正)、を上回りました。部門別に見ると、建設、小売部門など幅広い部門で雇用者の伸びが確認されました。

一方、失業率は4.8%と、市場予想(4.7%)、前月(4.7%)を上回りました。労働参加率は62.9%と、前月に比べ0.2%上昇するなど改善を示す面もありますが、長期失業者の割合の上昇など、雇用の「質」のデータの一部に軟調な内容も見られました。

最も注目された賃金は予想を下回りました。平均時給は前年同月比で2.5%と、市場予想(2.7%)を下回り、前月(2.8%と速報値の2.9%から下方修正)も下回っています。

どこに注目すべきか:米雇用統計、非自発的失業率、雇用コスト

米雇用統計公表後、米国債市場で利回りが低下(価格は上昇)するなど、3月利上げを想定させるには力不足の内容であったと見られます。特に賃金の伸びが軟調であったことが気がかりです。米国の1月の雇用統計を振り返ると、雇用者数は好調でしたが、失業率関連のデータは良くも悪くもないといった内容で、賃金については期待を下回る結果となっています。

まず、非農業部門雇用者数は天候が回復したことなどを受け建設が好調で、サービス業でも小売や娯楽・宿泊など幅広い部門で回復するなど全般に堅調でした。

次に、判断が分かれるのが失業率関連のデータです。1月の失業率が4.8%と前月に比べ0.1%上昇(悪化)してはいますが、背景は新たに求職活動を始める人の増加などに伴う労働参加率の上昇と見られるため、悪くない失業率の上昇と考えられます。ただし、失業率の内容に注目すると気がかりな部分も見られます。

たとえば、一般に雇用環境の悪化を示唆する場合もある非自発的な失業者(働き続けたかったのにクビになってしまった失業者というイメージ)の割合が増加する一方で、自発的失業者の割合は低下していることです(雇用市場が良好だと新しい機会を求めて自発的な失業者が増える傾向があります)。

狭い意味で「失業者」とは働くことを希望し、求職活動をしながら職についていない人というのが該当します。しかし、違う仕事を希望しながらも経済的理由で働き続けている人等を「広い意味で失業者」とする失業率もあります。経済的理由によるパートタイムを失業に含めた広義の失業率(U6)などが該当し、この指標も雇用環境の質を見る上で参照されますが、この失業率(U6)も上昇していました。質の点で悪化が見られるのは気がかりです。

最後に、賃金関連のデータに目を向けると、今回の雇用統計から米国が利上げを急ぐ(3月の利上げ)必要性は低下したように思われます。たとえば、時間当たり賃金は前年同月比で2.5%と、12月(同2.8%)から低下するなど期待を裏切る結果となっています。

なお、米国では様々な賃金関連データが公表されます。たとえば、1月末に2016年10-12月期雇用コスト指数が発表されましたが、前期比0.5%とこのデータも市場予想(0.6%)を下回りました。様々な角度から見て、賃金インフレ懸念はやや後退した可能性もあります。

もう一つ、雇用市場には緩み(という表現を使いますが、働く意思や能力があるにもかかわらず仕事が見つからない労働力、測定は難しい)があるとの解釈も考えられます。

労働参加率の上昇に見られるように求職者が増加(仕事を探していなかった人が求職活動を始めた可能性)している一方で、賃金が上昇していないならば労働市場の緩み(スラック)が残されている可能性も考えられます。労働市場に緩みがあると、政策金利の引き上げは遅れる傾向があります。

予想を下回った賃金データを見れば、賃金上昇がインフレ率をけん引するリスクは低いと見られるため、米国が3月にあわてて利上げをする必要性は低いと思われます。

ただし、雇用者数の増加ペースは堅調で、失業率は低水準であること、米国の景気は堅調に推移することが見込まれることから、年後半の利上げの可能性は高いと思われます。インフレ率に極端な上昇が見られないなら年内2回がメインシナリオと見ています。

ただ、インフレ率の上昇や、トランプ政権が早急に財政拡大政策に着手するようであれば、年3回の利上げも想定する必要はあるかも知れません。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文