この記事の読みどころ
- “トランプ砲”が個別企業を名指しで批判していることで、マーケットが揺らいでいます。悲鳴ばかりが聞こえてきますが、ひそかにほくそえんでいるヘッジファンドもあるようです。
- ツイッターによる政策発表や企業への圧力に対し、既存のメディアからの反発が相次いでいます。しかし、米国民の間にはこれらメディアの反省のなさへの不信感も見受けられます。
- 今週末の20日には、いよいよトランプ氏が大統領に就任します。大統領に就任すれば現実路線に転じるとの期待もありましたが、どうやら想像以上に現実離れしそうな勢いです。
予測不能な発言にウォール街もお手上げ
トランプ氏がトヨタに対し「メキシコで生産した車には国境税をかける」という趣旨のツイートをした影響から同社の株が急落したことで、日本の輸出企業を中心に“つぶやき”への警戒感が強まっています。
状況は米国も似たり寄ったりで、予測不可能なつぶやきにウォール街のトレーダーも頭を痛めている模様です。前日まで“トランプ銘柄”として上昇していた株であっても、トランプ氏の突然のひと言で急反落することも珍しくないからです。
たとえば、トランプ氏は1月11日、薬価の引き下げについて改めて言及し、製薬関連株が軒並み下落しました。大統領の椅子を争ったヒラリー・クリントン氏が薬価の見直しを宣言していたこともあり、トランプ氏の当選直後から製薬株は急騰しており、トランプ氏は薬価の引き下げに消極的と見ていたアナリストも少なくありませんでした。
トランプ氏は過去に海外からの安価な医薬品の輸入に前向きな姿勢を示唆していた一方で、医薬品の国内生産が少ないことに不満を表明するなど、姿勢が一貫していません。これは医薬品に限った話ではなく、市場関係者も「今、住んでいるのは”不確実星”だ。トランプ氏の発言には一貫性がなく、ポジションの取りようがない」とお手上げの模様です。
“ツイート”トレードはもはや常識?
JPモルガンの元トレーダーが始めたスタートアップのトリガー・ファイナンス(Trigger Finance)は、“トランプ砲”(Trump Triggers)対策として同名のアプリ(Trump Triggers)を提供しています。このアプリは利用者が所有する株式に関してトランプ氏がツイートしたことを即座に通知し、内容によって“売り”なのか“買い”なのかも判断してくれます。
また、フィディリティは“ソーシャル・マーケット・アナリティクス(Social Market Analytics, SMA)”という名称のツールを提供してます。ソーシャルメディアでのコメントをポジティブかネガティブかで評価してセンチメントの指標とすることで将来の予測に役立てています。
こうしたテキストマイニングはヘッジファンドなどでは既に普及しており、HFT(高頻度取引)などで利用されていますので、トランプ砲は一部のヘッジファンドには歓迎されています。しかし、ツールの開発には費用がさむこともあり、個人投資家がHFTに対抗できるわけではありません。
個人投資家がHFTに太刀打ちできないのは経済指標や金融政策などのイベントでも同じであり、トランプ氏のツイッターに限った話ではありません。ただし、トランプ砲は神出鬼没である点が経済指標とは違いますので、スマホのアプリなどを利用することはもはや必要最低限な自己防衛手段と言えるかも知れません。
ツイートは続くよどこまでも
トランプ氏が大統領選挙後に記者会見をまったく開かない一方で、連日のようにツイッターで政策発表などをしていることに厳しい目が向けられています。しかし、トランプ氏本人も言っているように、記者会見を開かずツイートしているのは、「既存のメディアが不誠実」という理由で、こうした考え方はトランプ氏のみならず広く国民に共有されています。
大統領選挙後から一度も記者会見を開かず、ツイッターでのみ発言してきたことは確かに“異例”なのですが、そもそもほぼすべてのメディアを敵に回したにもかかわらず、大統領選挙で勝利できたことのほうが“奇蹟”です。この勝利を可能にしたのが“つぶやき戦術”であり、記者会見を開かずにつぶやき続けていることは、前例がないという意味では異例ですが、行動としては一貫性があります。
トランプ氏の支持者はメディアが真実を伝えていない、政治家は誠実でないと考えています。メディアから圧倒的に支持され、政治家からの信認も厚かったヒラリー・クリントン氏に勝利できたのはメディアと政治家を信じていない支持者があってこそです。
たとえば、ニューヨークのマンハッタンに限ればクリントン氏の大統領選での得票率は約90%であり、トランプ氏の得票率は10%以下となっています。もちろん、ニューヨークはリベラルの牙城であり、前回2012年の大統領選挙でも共和党のミット・ロムニー候補の得票率は15%に過ぎませんでした。逆説的ではありますが、ニューヨーク・タイムズを“読んでいる”人には反トランプキャンペーンの効果があったと言えます。
大統領選挙で見事に予想を外した既存のメディアは相も変わらずネガティブキャンペーンをして溜飲を下げていますが、ソーシャルメディアが発達した影響もあり、近年では個人の価値観に合った情報しか集まらない傾向がますます強くなっています。
トランプ氏の発言については誤解に基づく指摘も多いのですが、メディアがそのことを指摘してもトランプ氏の支持者にはほとんど届きません。一方で、ツイッターは直接、しかも確実に支持者に届きます。これはトランプ大統領とトランプ氏の支持者の双方にとって好ましいことであり、トランプ氏が大統領就任後にツイートを止めるとは考えづらいと言えるでしょう。
“壁”から始まる物語
11日の記者会見ではトランプ政権の象徴である“壁”への言及も忘れていませんでした。いったい、この壁からどのような物語が始まろうとしているのでしょうか。
トランプ氏の支持者は低学歴・低所得の白人労働者階級が主流であると言われていますが、もうひとつ重要な点として“地方”というのがあり、支持者の多くが比較的白人比率が高く、国際的でない地域に住んでいます。言い方を変えると、“貿易”の影響を直接的にはほとんど受けないということです。
20日の大統領就任式では“国境税”の導入が宣言されるかも知れません。名称や時期は不透明ですが、米国から海外に生産拠点を移した企業には何らかの形で課税されることは間違いないでしょう。また、米国への輸出に対しても、国内の雇用や貿易赤字などが問題となる場合には課税対象となりそうです。
こうした保護貿易的な動きに対しては、教科書的には“比較優位”という考え方を用いて自由貿易の経済的な利益が主張されがちですが、比較優位はあくまで失業者がいない場合の話をしており、国内に余剰な労働力を抱えているのであれば、保護貿易的な政策の方がむしろ経済的な利益が高まる可能性もあります。
とはいえ、国内に新しく自動車工場を作れば間違いなく雇用は創出されるのですが、必ずしもトランプ氏の支持層が恩恵を受けるわけではありません。たとえば、製造業での雇用者数の減少をIT産業での雇用増でカバーすれば一見バランスするように見えますが、実際にはミスマッチが発生し、失業者は失業したままで取り残されることになります。
日本の報道ではトヨタが大きく注目され、あたかも日米貿易摩擦のような取扱いになっている観も否めませんが、GMやフォードにも同じ攻撃をしており、要は米国で販売する自動車は米国内で作れと言っているわけです。決して、日系企業と米系企業を差別しているわけではない点には留意が必要でしょう。
ただ、日本は米国に対して大幅な貿易黒字国であることから、貿易面での批判が強まることは間違いなさそうで、日本にとって不利益が生じることは避けられない見通しです。
LIMO編集部