12月12-13日に開かれたFOMC(米連邦公開市場委員会)で、政策金利の引き上げが決定されました。利上げは事前予想通りでしたが、来年の利上げペースも上方修正されたことから、市場では円安・ドル高の動きが加速しています。
マーケットが敏感に反応したこともあり、利上げペースが引き上げられたことに注目が集まりましたが、今後を見据えると、より重要なのはイエレン議長の“高圧経済”撤回かもしれません。また、同議長が理事として残る可能性を示唆したことや財政拡大に否定的な見方を示したことにも注意する必要がありそうです。
イエレン議長は“高圧経済”を撤回、躊躇なく利上げへ
イエレン議長は10月の講演で、“高圧経済”を支持していると受け取れる発言をしていました。高圧経済では多少のインフレには目をつぶってでも緩和的な金融政策を継続して景気を押し上げることが期待されます。
したがって、マーケットは利上げペースは“極めて緩慢になる”と考えていたわけです。
しかし、今回のFOMC後の記者会見で「高圧経済に賛成だとは一度も言っていない」と従来の市場の見方を全否定しています。インフレ率は目標の2.0%を上回ってもしばらくは容認されると考えられていましたが、そうではなかったということです。
直近のインフレ率を確認しておくと、FRBが指標として重視している10月のPCE(個人消費支出)物価指数は前年同月比1.4%上昇と2.0%にはまだ少し距離があります。ただし、7月の0.8%から速いテンポで上昇しています。また、10月のコアPCEは1.7%上昇と、こちらは緩やかなペースで2.0%に接近中です。
インフレ率の動きを見る限りでは、一時的に2.0%を上回ることを許容するのであれば、利上げを急ぐ必要はなさそうだということがわかります。
FOMCメンバーによる経済見通しでは、2017年のインフレ率の見通しは1.9%で据え置かれています。一方、利上げスピードは上方修正されていますので、利上げスピードを上げなければインフレ見通しが上振れていたことを示唆しています。
「必要であれば躊躇なく追加緩和をする」とは日銀の黒田総裁の決めゼリフですが、FRBも“必要と判断すれば躊躇なく利上げをする”と宣言しているかのようです。
議長交代でも理事としてFRBに残る?
トランプ次期大統領にはイエレン議長を再任する考えがない模様ですので、任期が切れる2018年2月に議長が交代することになりそうです。
ただし、理事としての任期は2024年までありますので、議長を交代してもFRB(米連邦準備理事会)内にとどまることは可能です。通常は議長の任期とともに退任しますが、イエレン議長はこの点についての明言を避け、理事として残る可能性をほのめかしています。
FRB理事には常に投票権がありますので、金融政策の決定には大きな影響力があります。
トランプ氏は大統領選挙中、「FRBは政治的に低金利を維持して株価を押し上げ、オバマ政権を支援してきた」としてFRBの金融政策を厳しく非難してきました。イエレン議長の再任見送りは事実上の更迭とされています。
うがった見方にはなりますが、イエレン議長が低金利政策を否定されてきた経緯を踏まえれると、利上げペースの引き上げは、トランプ政権が誕生するのであれば“遠慮なく利上げをさせていただきます”というあてつけなのかも知れません。
議長の任期は4年ですので、理事としてとどまった場合、次の大統領選挙で民主党が勝利すれば再登板も可能となります。過去に例がなく、可能性はかなり低いのですが、理事に残って金融政策への影響力を保持しつつ、雌伏の時を過ごすという選択肢はヒラリー・クリントン氏に重なるものがあります。
クリントン氏は今回の大統領選挙でも惜敗してしまいましたが、不本意な形で交代を余儀なくされたと考えるのであれば、捲土重来を期すことも考えられない話ではなさそうです。
景気刺激は必要なし、“パンチボール”を片付ける?
今回の利上げに関しては、失業率の低下と期待インフレ率の上昇を理由に挙げています。
FRBは景気が過熱しない失業率を4.8%と推定していますが、11月の失業率は4.6%とこの水準を下回っています。これは、インフレが加速する恐れがあることを示唆しています。また、12月12日現在の期待インフレ率は2.1%まで上昇しており、昨年12月の利上げ開始時点の1.7%を大きく上回っています。
イエレン議長は、利上げペースが上方修正された背景として、トランプ次期政権での拡張的な財政政策が影響したことを認めています。その一方で、財政出動については「明らかに必要ない」と切り捨てています。
FRBは現在の労働市場は限りなく完全雇用に近い状態にあると考えていますので、景気刺激策が労働市場のひっ迫を招き、インフレを加速させるのではないかと警戒するのは教科書通りと言えるでしょう。
FRBの責務は“雇用の最大化”と“物価の安定”にあり、デュアル・マンデート(Dual Mandate)と呼ばれています。一般に中央銀行の責任は物価の安定に限定されることが多いのですが、FRBには目標が2つあるということが様々な憶測を呼ぶ背景ともなっています。
雇用を重視して景気に配慮するスタンスは“ハト派”、物価を重視してインフレを警戒するスタンスは“タカ派”と称され、FOMCのメンバーをそれぞれ“ハト派”、“タカ派”、どちらとも言えない“中立派”に分類することで金融政策の方向性を探ることは広く行われています。
イエレン議長はこれまで“ハト派”と見なされてきました。これは、雇用を重視し景気に配慮して利上げを先送りしてきたことに由来します。しかし、そのイエレン議長が今回は財政出動による景気刺激は必要ないと言い切っています。さらに今回の利上げはインフレ懸念に対応したものであるとの考えも示しています。
FRBの仕事は「宴もたけなわとなったら、文句を言われてもパンチボウル(お酒)をさっさと片付けること」とは、ウィリアム・マーティン元FRB議長の言葉です。
景気の拡大がピークに近づいたら、そろそろ利上げを開始したほうがよいということです。
イエレン議長も先達の言葉にならい、パンチボールを片付け始めている模様です。
LIMO編集部