米国の保険市場ではここ数年、“長生きリスク”に対応した長寿年金保険への人気が高まっています。従来の個人年金保険とは違い、据え置き期間が長く、受け取りまでに時間がかかりますが、少額でも比較的大きな受け取りが可能になることが魅力とされています。
米国での歴史はまだ新しく、日本でも後述のように販売が始まったばかりですが、今後の政治経済の動き次第では大きく需要を伸ばす可能性がありそうです。
長生きし過ぎると老後資金が枯渇?
米国では退職後の資産運用戦略として“4%ルール”が有名です。4%ルールとは、ごく簡単に述べると、株式と債券に均等に分割した資産ポートフォリオを毎年4%づつ取り崩すことです。30年程度を念頭に置いていますので、65歳で退職した場合、95歳までなら資産が枯渇しない計算です。
もちろん、経験則に過ぎませんので、運用利回りやインフレ率の影響を受けて、予定よりも早く資金が底をつくリスクは残ります。
米疾病対策センター(CDC)によると、2015年の米国人の平均余命は78.8歳(男性76.3歳、女性81.2歳)となっています。また、65歳時の平均余命は19.4年(男性18年、女性20.6年)です。
ちなみに、厚生労働省によると、2015年の日本人の平均余命は男性が80.8歳、女性が87.1歳と推計されています。65歳時の平均余命は男性が19.5年、女性が24.3年となっています。
平均余命を眺めている限りでは、4%ルールに従っていれば問題なさそうにも思えますが、計算上は大丈夫と言われても、実際に資産を取り崩すことへの心理的な不安は小さくありません。こうした不安への対処法として、ここ数年、米国で人気が拡大しているのが長寿年金と呼ばれる金融商品です。
長寿年金の受け取りは85歳、保険料は掛け捨てが基本
典型的な長寿年金は65歳で購入し85歳で受け取りを開始します。受け取りまでの待機期間が長いことに特徴があり、そのために少ない掛け金でも比較的大きな受け取りが可能となります。資産運用という視点でみると、別の“カゴ”を用意することになります。
たとえば、老後資金として100万ドルを用意して65歳で引退した場合、10%の10万ドルを掛け金として20年後の85歳から毎年2万ドルを受け取る長寿年金を購入します。こうしておけば、85歳までに残りの90万ドルをすべて取り崩してしまっても生活水準の急低下を免れることができるというわけです。
一般に、長寿年金の購入額は65歳の退職時に用意した資金の10%から25%が適当とされています。
もちろん、良いことばかりではありません。保険料は掛け捨てとなりますでの、85歳未満で死亡した場合には受取額はゼロとなります。65歳時の平均余命は約20年ですので、年金を受け取れる確率はほぼ5割ということです。
掛け金を回収するためには数年かかりますので、元を取るためには平均余命プラスアルファの長生きが必要となり、損得のみで考えるのであれば、得をする確率は低いと言えます。あくまでも長寿年金は長寿年金“保険”であり、予想外の長生きリスクをヘッジすることが目的だということをしっかりと認識しておくべきでしょう。
米国では税制優遇措置のある個人の退職年金口座が普及していますが、この口座には年齢的な制約があり、70.5歳から最低引出義務というものが発生します。これに対し、2014年に一定の条件のもとで長寿年金が最低引出義務の適用から除外されたことも、長寿年金の人気に火をつけたとされています。
個人年金保険とは目的が異なる
通常の個人年金保険でも長寿リスクには対応できますが、個人年金保険は定年(例えば65歳)までの間に支払った保険料をもとに、定年後に一定の金額を受け取るスキームであり、公的年金では足りない部分を補うことが主な目的となります。長生きをリスクとして捉えて、ピンポイントに設計されたものではありません。
また、米国では自己破産の半数以上が医療費が原因と言われているように、日本と違い医療費が極めて高額です。85歳から90歳の1人当たりの医療費は65歳から70歳の倍以上と推計されており、保険制度が複雑な米国では一概に言えないところもありますが、医療費が上昇すれば自己負担や保険料も増加すると考えるのが自然です。
したがって、米国では平均余命を越えて長生きすればするほど、生活費が大きく膨らむ可能性があることも長寿リスクを心配する背景となっています。
ちなみに、健康保険が完備されている日本では自己負担が年齢とともに増える仕組みではありませんので、この点は日米で大きく異なります。
日本では日本生命が販売を開始
日本でも日本生命が今年4月から「ニッセイ長寿生存保険」の販売を開始しています。米国の長寿年金とおおむね同じ商品設計となっています。
高齢化では世界のトップを独走する日本ですが、インフレ率が低く、インフレリスクに対する懸念が小さいことや高齢者の医療費も自己負担分が限定されていることなどから、長寿リスクへの関心は米国ほど高くはないようです。
しかし、類似する個人年金保険では受け取り金額が確定していますので、生活費が上昇した場合、購買力が年々低下することになります。また、今後は健康保険の保険料の引き上げや診察の際の自己負担が増えることで、当初の予想以上に家計が膨らむ可能性がないとも言い切れません。
長寿年金は既に述べた通り、損得で考えると必ずしも得になるわけではありません。しかし、今後の日本の経済情勢、税制、社会保障費など様々な要因が変化する中で、その需要が高まる可能性は十分に秘めていると言えるでしょう。
老後資金を備えるだけでも難しい時代ではありますが、資産運用をするにあたっては、長寿保険という選択肢があることは知っておいても損はなさそうです。
LIMO編集部