本記事の3つのポイント

  • 3Dプリンター技術などを応用して、立体構造が複雑な小児の心臓形状を内腔までリアルに再現した「超軟質実物大3D心臓モデル」の治験が終了
  • 難易度の高い心臓手術の前に、患者と同じ構造、サイズの心臓モデルを用いることで治療方法、切開部位など手順を用意することができる
  • 験機器を用いた診断および術式計画ならびに手術トレーニングの実施により、術者・患者双方にメリット

 

国循はじめ20年に5医療機関で実施

 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄氏、略称:国循)の白石公教育推進部長は、㈱クロスエフェクト(京都市伏見区)との医工連携により、これまで3Dプリンター技術などを応用して、立体構造が複雑な小児の心臓形状を内腔までリアルに再現したテイラーメード「超軟質実物大3D心臓モデル」の開発・製作を行ってきたが、2020年に医師主導治験が終了し、このほど機器の高い有用性と安全性を確認できたと発表した。

 21年5月に医療機器承認申請書を提出し、23年ごろからの販売開始を計画しており、クラス3の医療機器承認を目指している。難易度の高い心臓手術の前に、患者と同じ構造、サイズの心臓モデルを用いることで治療方法、切開部位など手順を用意することができる。

 プロジェクトは09年にスタートし、19年10月にクラス1の医療機器承認を得て、軟質3D心臓モデルを大学や研究機関に販売開始した。17年度から日本医療研究開発機構(AMED)の医工連携事業化推進事業3カ年プロジェクトに採択されたことで、20年2月19日~12月4日に行った治験が実現した。

 治験は、医薬品医療機器総合機構に承認された評価方法により実施した。対象を15歳未満の小児の複雑先天性心疾患(両大血管右室起始症、完全大血管転位症など8疾患)とし、計19人の被験者で治験を完了した。先天性心疾患の3Dモデルとして世界初となる多施設共同の医師主導治験となった。

「失われていく命を救いたい」

 国内で、小児先天性心疾患は年間1万2000人、年間9600件の手術がなされている。白石氏は「心臓内部の大血管が複雑に立体交差しているがゆえに、画像での診断が非常に難しい。術中死や後遺症が残るケースも少なくない。そのため、術前に大血管の立体構造を正確に把握し、執刀医によるシミュレーションが必須として、開発スピードを上げ、失われていく命を救いたい」との念で事業に取り組んだ。

 治験実施医療機関と執刀医は、国循の白石氏のほか、京都府立医科大学の山岸正明氏、東京大学医学部附属病院の犬塚亮氏、岡山大学病院の笠原真吾氏、静岡県立こども病院の猪飼秋夫氏。全体の結論は、実施医療機関で「Essential」(治験機器による付加的な情報なしには、患者にとって適切となる術前計画立案することはできなかった、評価基準の最上位)と評価された割合(有効率)は、65.0%(95%の信頼区間:40.8~84.6%)となり、治験機器が有用であると判断する基準「95%信頼区間の下限が閾値有効率(30%)以上であること」を超過達成し、治験機器の有効性が示された。

 また、小児の複雑先天性心疾患の患者に対し、本治験機器を用いて術前シミュレーションを行うことにより、既存の画像診断では得られなかった新たな医療情報を医師に提供することができる。患者の生涯にわたる良好なQOLを考慮した適切な術式決定を可能にし、手術を受ける患者の身体的な負担の軽減に寄与したと考えられる、とされた。

手術シミュレーションで術者にも患者にも利益

 白石氏とともに、日本を代表する心臓外科医である国循の市川肇小児心臓外科部長は「分かりやすくいうと、手術(試験)前に答えが事前に分かるカンニングのようだ。今までは、開けてみないと分からないこと、開けてから手術方法を考えることが多かったり、新生児の梅干しよりちょっと大きいくらいの心臓の状況は術者しか見られないが、このモデルにより、事前に色々試すことができる。

 本来は切っていけないところも、モデルであれば切って見ることができ、反対側からも見られる。つまり治験機器を用いた診断および術式計画ならびに手術トレーニングの実施により、従来に比べ迷いが少なくなる。術者の不安が薄れ、『急がないとダメだ』という焦りもなくなるなど、精神的な負担がより軽減された状態で手術に臨むことができる。また、最も重要な手術時間、大動脈遮断時間、つまり心停止時間の大幅な短縮につながり、術者、医療スタッフ、被験者の利益につながる」と有効性を高く評価する。

軟質3D心臓モデルを用いた人工血管縫合のデモ

心臓以外の部位や海外市場も視野

 3Dモデル(治験機器)は、実施医療機関から被験者のマルチスライスCT画像をDVDに出力(DICOM形式)し製造依頼書を添えて、クロスエフェクトに渡される。このデータをSTL画像に変換し、担当医師がその画像を確認、検証報告書をクロスエフェクトに渡してSTLを固定し、心臓モデルを造形して医療機関に納入する。要する期間は2週間程度という。

 クロスエフェクトの竹田正俊代表取締役は「3Dモデルで事前にシミュレーションしてから手術を行う件数は、市川先生は200~300件と予想されたが、私は、トップクラスの先生方以外の、少し難易度の低い手術での使用も想定されるため、もう少し多くなる可能性もあると思う。また、今回の3Dモデルは、3Dプリンター技術である光造形法と新しい鋳型技術である真空注型法を応用して製造しているが、製法特許をすでに取得している。国内にとどまらず、各国での保険適用がもちろん必要であるが、海外市場での販売も十分に見込めると考えている。

 我々は、もともと家電製品のモデル、デザインを手がけてきたが、国循内に設置された産学連携によるオープンイノベーションセンター(OIC)に入居したことにより、先だって発表されたN95マスクのデザインのプロセスにも参加した。さらに、今回の3Dモデルは、心臓以外に、整形外科、歯科、脳神経外科などからも依頼・相談がある」と解説する。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

まとめにかえて

 3Dプリンターの技術を応用した医療技術が実際に現場にも浸透しつつあります。記事にもあるとおり、今後の海外展開も視野に入れているということですので、日本初の画期的新技術が世界に羽ばたく可能性は十分にありそうです。

電子デバイス産業新聞