本記事の3つのポイント
- 電子部品業界は新型コロナによる需要減の前から、米中貿易摩擦による厳しい事業環境が続いていた。19年度(20年3月期)通期ベースでの業績は在庫積み増しの影響もあり、コロナの影響はそれほど表面化していない
- 20年度見通しについて、村田製作所は下期からの需要回復を予想。日本電産は減収予想も営業利益はプラス成長を見込む強気予想を堅持
- コロナ終息後の牽引役として5Gに期待。5Gスマホは20年に2.4億台が見込まれるほか、自動車の電子化も長期トレンドとしては不変
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う世界経済の悪化、いわゆる「コロナ禍」が世界経済に暗い影を落としている。2020年2月以降に顕在化した生産ダウンやサプライチェーンの混乱といった影響は、3月期決算企業の19年度業績にも一部反映されている。
だが、本当の影響が明らかになるのは20年度だろう。いや、実のところ新型コロナウイルスの影響の全貌はいまだ見えておらず、世界は底の見えない深淵を前に震えているといってよい。それはエレクトロニクス産業のなかでも高成長分野である、電子部品業界にとっても例外ではない。
「序章」としての米中貿易摩擦
電子部品市場におけるダウントレンドは、新型コロナウイルスの登場を機に始まったわけではない。それまで数年間続いてきた高成長がピークアウトの兆しを見せ始めたのは、18年度後半に米中貿易摩擦の激化が各社業績にマイナス影響を与えていることが意識されたのがきっかけだ。
表を見れば分かるとおり、19年4~6月期時点で各社の業績はマイナス基調でスタートしている。近年の電子部品産業の高成長を牽引した市場はスマートフォンと自動車だが、19年度に入るころまでは17年末から続くスマホ市場の低調が足を引っ張り、それを電装化の進展で部品需要が拡大する自動車市場が支えるという構図だった。
ところが、19年度には米中貿易摩擦の激化で中国を中心に自動車販売台数が減少し、それとともに車載部品もスローダウンする。このため19年度半ば以降には減速傾向が強まった。一方、スマホ市場は20年の5Gスタートへの期待もあり、19年秋ごろから回復に向かった。通信基地局や端末向け部品が増加し、自動車市場の減速を補うのではないかという期待感もあった。自動車市場の低調が長引く懸念があったとはいえ、「コロナ禍」が顕在化するまでは20年度の市場回復に向けた期待感は高かったのである。
20年に入って世界的なリスクとして意識された新型コロナウイルスは、まず中国・韓国といったアジア地域における企業活動の低下、サプライチェーンの混乱をもたらした。その後、欧米や東南アジアなど世界中に感染が波及するに至ると甚大な被害をもたらし、各国は極端な外出禁止令や企業活動の規制を余儀なくされた。
ここで表を見ていただきたいのだが、20年1~3月時点でのインパクトが絶大であったにも関わらず、電子部品メーカーの19年度業績に対するマイナス影響はそこまで大きくはない。中国拠点における稼働停止や部材調達難といったマイナス要因はあったものの、逆に顧客が在庫を積み上げる動きもあって積層セラミックコンデンサー(MLCC)などの受注は増えている。また、前年同期に米中貿易摩擦のマイナス影響が強かった反動もあり、四半期ベースではむしろ前年同期比プラスを確保したメーカーもあった。新型コロナウイルスの真の影響を探るには、20年度に目を向けなければならない。
村田製作所はスマホ10%減、自動車20%減を予測
繰り返しとなるが、新型コロナウイルスによる世界経済の下落がどの程度の規模になるのかを現時点で正確に見積もることは不可能だ。4月下旬から始まった3月期決算発表においても、20年度の業績見通しの公表を見送る企業が相次いでいる。
そうしたなかにあって、限られた情報の中で仮定シナリオを軸にしながらも業績見通しを明らかにしている企業もある。前年度比約20%減の195万台という自動車販売台数計画を公表したトヨタ自動車はその典型だ。産業全体への影響が大きく、計画値を公表することが業界の指針にもなることが背景にあり、暗闇において光を灯そうとする取り組みとして評価できよう。
電子部品業界においても、ツートップである日本電産と村田製作所に加え、TDK、京セラが20年度の通期見通しを公表した。また、通期計画こそ公表していないが、4~6月期までの見通しをある程度明らかにしているメーカーもある。これらの情報をもとに、20年度の市況を探ってみよう。
村田製作所はスマホや自動車用電子部品で高いシェアを持ち、その見通しは市場全体の先行きを探るうえでも非常に信頼性が高いとされている。同社は20年度のスマホ台数を前年度比10%減の12億4000万台、自動車を同20%減の6700万台と予想している(部品取り込みベース)。これは新型コロナウイルスの感染拡大が上期には収束し、下期に部品需要が回復に向かうことを想定している。マイナス影響の大きさが示唆されよう。
自動車はすでにメーカー各社が減産を進めているほか、消費者の買い控え行動が起きていることから減少幅が大きいと見込む。これに伴って部品の販売も落ち込む見込みだが、注目すべきなのは主力のコンデンサーは前年度比でほぼ横ばいの売り上げを想定していることだ。
これは、スマホ・車載機器ともに販売台数そのものは減少するが、搭載されるコンデンサー数は増加傾向が続いていることに起因する。また、19年度に部品が在庫調整局面に陥ったことで需要が減少した反動もある。20年度の全社売上高における新型コロナウイルスの影響は、マイナス約1700億円と試算している。
なお、村田製作所では6月の株主総会を経て専務執行役員の中島規巨氏が代表取締役社長に就任する。中島氏はモジュール事業本部の統括部長だが、同社が例年末に実施しているIRミーティングに登壇して全社の事業戦略を説明する役を担っており、コンポーネント部品やエネルギー製品など、ほかの事業部門にも通じている人物として従来知られていた。本紙『電子デバイス産業新聞』の年頭インタビューにも登場し、市況見通しや同社の取り組みを語っている。19年度決算説明会において、新社長内定時点では当然「コロナ禍」の到来は想定していなかったが、これを機に5Gなど今後拡大する領域への展開を加速させたいとの意気込みを述べた。かつてない危機を前に、世代交代を迎えた村田製作所の実力が試されることとなる。
成長への執念燃やす日本電産
村田製作所と並ぶ電子部品業界のトップメーカーである日本電産は、20年度の売上高が前年度比2.3%減を余儀なくされるものの、営業利益は13.3%増と2桁増の目標を発表し、「コロナ禍」の下においてもあくまで成長を目指すという執念を見せつけた。グループ全体での収益構造を抜本的に改革する「WPRプロジェクト」を発動し、ピーク時の売上高から半減しても営業黒字を確保できる体質を目指す。売り上げが回復した際には大幅に営業利益を伸長できる収益構造を実現させる。
同社は4月から永守重信会長が全社を統括し、「後継候補」としていた吉本浩之副社長(前社長)に代わって、日産自動車出身の関潤社長がナンバー2として指揮を執る経営体制に移行した。トップダウン経営により、売上高10兆円という長期目標の達成に向けた取り組みを加速する。永守氏は「コロナ禍」の影響が1年以上にわたって続くと想定しているが、逆にそのピンチをチャンスととらえて競合他社の先を行くための布石を矢継ぎ早に打っていく考えだ。
永守氏が成長市場と位置づけ、特にリソースを傾注しているのが電気自動車(EV)。関連製品の中でも基幹部品であるトラクションモーターは「受注をすべて獲る」という勢いの下、急ピッチで生産能力拡大を図っている。全社の設備投資は1400億円と前年度比で約70億円増額し、トラクションモーターなどの成長製品の増産に加えて、「コロナ禍」によるサプライチェーンの混乱で調達難となった部材の内製化を進める計画だ。
収益体質の改善を進めるうえで新社長である関氏の存在は大きい。関氏は日本電産の新社長就任が発表された2月の記者会見において、「日本電産の工場は素晴らしい。だが、もっと改善できる余地がある」と永守氏に進言したと語っている。また、19年度決算説明会においては「コストをいじめることで受注率を上げることができる」と、コスト削減の徹底が販売をも強くするという考えを示している。
実際に同社ではサプライチェーンや購買の見直しなどの抜本的なコスト改善策が開始されているが、サプライヤーからは「コロナ禍で先行き不安に陥っているなかで、受け入れがたい数字を要求されている」という反感の声も聞かれる。収益体質強化は「コロナ禍」下での持続的成長を果たすために越えるべきハードルであり、実現できるかどうかが注目される。
「プラス成長」を想定する京セラ
同じく通期業績予想を明らかにしている京セラは、全社こそ減収減益を計画するものの、MLCCや水晶デバイスなどを擁する電子部品セグメントでは微増ながらもプラス成長を見込んでおり、注目に値する。これは5G関連需要が本格的に立ち上がることで、部品販売が回復すると想定しているためだ。村田製作所と同じく、スマホ部品を多く手がける米国子会社のAVXでの在庫調整の反動影響も見込んでいる。なお、京セラも上期に感染拡大が終息し、下期にかけて需要が回復していくシナリオを想定している。
一方、TDKはコンデンサーや高周波部品などを手がける受動部品事業の20年度売上高を、前年度比7~10%減になると想定する。高周波部品など5Gで伸びる製品を持ってはいるものの、MLCCやアルミ・フィルムコンデンサーなど自動車や産業機器市場向け製品を多く抱えていることがマイナス予想の背景にあると考えられる。
太陽誘電は、20年4~6月期のみの業績予想を開示している。全社の売上高は約12%減で、製品分野別ではコンデンサーが約11%減、フェライト及び応用製品が約12%減、複合デバイスが約11%減と、いずれも2桁の下落を予想する。日本航空電子は、6月以降の見通しは不透明感が強いとして、4月と5月の見込みを開示している。3月上旬時点での社内計画比で、4月の売上高は約20%減、5月は約10%減を想定している。スマホなど携帯機器向けコネクターは回復の期待があるが、自動車向けについては不透明感が強いと予想する。
アルプスアルパインは20年度業績予想を開示していないが、代わりに「顧客の需要見通し以上に大きく長期にわたって市況が落ち込んだ場合」を想定し、財務ストレステストを行った。「新車販売が35%減、非車載市場25%減」が12カ月続き、その間に製品開発や投資計画を維持した場合でも21年3月時点での手元流動性やバランスシートに問題はないと試算している。同社は車載市場向け製品の比率が高いことから自動車市場低迷の影響を大きく受けており、この財務ストレステストは危機感の表れと言える。
生産への影響は終息に期待
新型コロナウイルスの感染拡大によりまず浮上したリスクに、生産活動への影響やサプライチェーンの混乱がある。長期にわたり政府が企業活動を規制している国もあり、この問題が完全に解消されたとは言い難いが、各国の経済活動再開や代替生産などの取り組みによって生産そのものへの影響は徐々に解消されつつある。感染拡大への警戒は続いているが、感染を抑止しつつ経済活動を行う「ウイルスとの共存」が世界的な潮流となってきている。感染リスクを理由とした生産活動の停止といった事態は、避けられるようになっていくものと期待したい。
主要電子部品メーカーの中でもワールドワイドに拠点が点在している日本電産は、フィリピンやマレーシア、インドといった政府が厳しく企業活動を制限している国において復旧率が低位にとどまっているとし、欧米でも回復は60%強であるとしている(4月下旬現在)。ただ、同社は従来世界中でモノづくりをすることにより災害などのアクシデントが発生しても顧客への供給を絶やさない体制づくりを志向しており、前述のとおり「コロナ禍」で調達難に陥った部材の内製化を推進するなど、その取り組みをさらに加速させていく姿勢だ。
アジア地域においては、当初生産活動への影響が危惧された中国の各社の拠点はほぼ復旧している。一方、稼働の低下が長期化しているのが、政府が3月中旬以降に企業活動を制限しているフィリピンとマレーシアだ。日本電産以外にも村田製作所やTDK、太陽誘電など多くの電子部品メーカーが拠点を置いており、稼働抑制が長期化している影響は無視できない。ただし4月以降に徐々に地元当局との調整を行いながら復旧に向かう動きがあり、両国政府がこのまま措置の完全解除に向かえば6月以降には通常稼働状態に戻せることが期待される。
日本国内では政府や自治体の感染拡大防止策そのもので電子部品メーカーの生産活動が制約される問題は存在しないが、従業員の感染により一時的に操業停止を余儀なくされるケースは複数発生している。ただし、現状ではいずれも短期間の休止にとどまっており、生産への影響はほとんどないとみられる。
そうしたなか、従業員の行動記録データを利用した独自の感染防止策を実施したのが村田製作所。4月に発生した福井県と島根県の生産拠点における感染者の発生について、保健所から提示された条件に基づく濃厚接触者はいなかった。しかし、同社は当該従業員の行動記録を確認して接触者を割り出し、自宅待機とした。結果としてさらなる感染拡大は確認されなかったものの、行政の基準からより踏み込んだ対策を従業員の行動記録を用いて実施したものとして注目される。
近年、生産拠点における生産性向上や労働力不足への対応、労働環境改善を目的に従業員の行動をトレースしてデータ化する試みが進められているが、新型コロナウイルスの感染防止に効果を発揮したことが明らかとなれば、そうした取り組みの広がりにもつながるだろう。
下支え役は5G
「コロナ禍」であらゆる市場が減速の危機にさらされているなかで、そのダメージをカバーできる市場はあるのだろうか。当初、20年の成長市場と目されていた5G関連市場は、キラーコンテンツと目された東京オリンピックが延期を余儀なくされるなかにあっても、依然として拡大すると予想されている。
村田製作所は5Gスマホが19年の5000万台に対して20年は2億4000万台と、5倍近くに増加すると予想している。MLCCをはじめ、高周波フィルタ、コネクター、水晶デバイスなどスマホや通信基地局向けで増加が見込まれる5G関連部品は多い。新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から導入機運が高まっているオンライン医療においても5Gの利用は期待されており、新たな需要を喚起することも期待される。
また、市場全体では大幅減少が避けられない見通しとされる自動車市場においても、電動化やコネクティッドなどいわゆる「CASE」領域の成長は続く見通しだ。日本電産をはじめ、自動車の電動化や自動運転化に傾注する電子部品メーカーの取り組みは継続するだろう。
このほか、意外な健闘が予想されているのがPC分野だ。村田製作所は20年度のPC台数(部品取り込みベース)を、前年度比ほぼ横ばいの3億9000万台と予想している。これは世界的なリモートワーク、巣ごもり需要の増大によって漸減傾向が続いていたPC需要に反転がみられるためだ。感染防止の取り組みが中長期的に必要とされるなか、在宅での勤務環境構築や娯楽の需要は安定的に推移する可能性が高い。
スマホ市場の活況に押される一方であったPC市場がこれを機に見直されることになれば、エレクトロニクス業界の新たなトレンドを生み出す契機になるかもしれない。
電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村 剛
まとめにかえて
新型コロナ終息のめどもいまだはっきりとしていないなかで、足元ではファーウェイと傘下のハイシリコンを対象とした米国の新たな規制強化が業界にネガティブな影響を与えそうです。これにより、ハイシリコン製チップの製造を受託していた台湾TSMCは新規受注を停止する事態に発展しています。今後、新たな業界リスクとして新型コロナと並んで、その動向に注目が集まりそうです。
電子デバイス産業新聞