五輪ボランティアへの参加を通じて、社会的弱者に配慮するような人が増えるといいですよね。保護者の方にとっては自分のお子さんが、企業では自社の従業員がそのようになるとすてきではないでしょうか。
実際に英国ではロンドン大会を通じて人々の姿勢が明らかに変わりました。ご存じのように英国はインフラが古いので、バリアフリーという観点ではよくないのです。その代わりに、車いすやベビーカーの人が駅やバス停にいるとみんなで運んでくれます。お年寄りが大きなスーツケースを引っ張っていると、手伝ってくれます。
もともと英国はボランティアの精神や文化が根付いていますが、ロンドン大会以後、さらに心のバリアが下がってきたように思います。特に若い人たちの間に「そのほうがクールだ」という意識が広がった印象を受けます。
東京2020大会でも「共生社会の実現を大会後のレガシーに」などと言われていましたが、旗印として掲げるだけでなく、一人一人の意識が変わらなければ、本当のレガシーにはなりません。ボランティアとして参加すること、そして選手や観客がそのボランティアの活動を目の当たりにすることが、レガシー定着への大きなきっかけになるのではないでしょうか。
――東京2020大会は1年程度延期になることが決まりました。大会ボランティアや都市ボランティア、さらには自治体独自のボランティアとして参加する予定だった人は、今どのように考えるべきでしょうか。
西川:欧米では外出禁止令も出ており、ボランティアにとっても、自分たちが危機に直面していると実感しているようです。冒頭にも話しましたが、新型コロナウイルスが1年で収束するかどうかはわかりません。わからないものを予想して右往左往しても仕方がありません。ボランティアとしては、粛々と準備をする以外にありません。
ただし、まず大切なのは、ボランティアの皆さん自身が新型コロナウイルスに感染しないようにすること。感染症対策や健康管理に心がけましょう。
その上で、さらにあと1年、ボランティアとしてのスキルアップに取り組むことができるのではないでしょうか。英語など語学の勉強をするのもいいでしょう。新たに手話を学んだり、車いすの人や視覚障がいのある人などの介助を学んだりすることもできます。
この1年があったことでさらに「東京大会のボランティアは本当に素晴らしかった」と世界中の人に言ってもらえ、東京そして、日本のファンになってもらえるように準備を進めていきましょう。
西川千春(にしかわ・ちはる)氏 略歴
1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。米アリゾナ州立大で国際経営学修士(MBA)。1990年に日本精工(NSK)駐在員として渡英。その後英国に留まり、数社を経たのち2005年に経営コンサルタントとして独立・起業。2012年に開催されたロンドン五輪に言語サービスボランティアとして参加したのをきっかけに、スポーツボランティアに魅了される。その後2014年ソチ大会、2016年リオ大会にもボランティアとして参加。2018年夏、東京大会の成功を目指して日本に帰国。公益財団法人笹川スポーツ財団 特別研究員。特定非営利活動法人日本スポーツボランティアネットワーク 特別講師。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ボランティア検討委員。目白大学外国語学部非常勤講師。明治大学経営学部兼任講師。法政大学経済学部兼任講師。著書に『東京オリンピックのボランティアになりたい人が読む本』(イカロス出版)。
下原 一晃