厚生労働省によると、「健康保険法等の一部を改正する法律案」が令和8年5月29日に成立しました。妊娠・出産に対する支援の強化として、出産の標準的な費用に自己負担がかからないようにする方向が示されています(2026年10月時点)。
ただ、同じ厚生労働省のページの本文に、出産手当金の記載はありません。産前産後に会社を休んだ間の給与を補う出産手当金は、出産費用の見直しとは別の制度で、「もらえない」と分かって困る方は、これからも出ると考えられます。
この記事では、前半でこの疑問に、協会けんぽ、厚生労働省、健康保険法の条文と編集部の試算で答えます。後半では、退職後の条件、転職直後の日額の差を確認します。個別の扱いは、加入先の保険者に確認してください。
1. 出産手当金がもらえないケースは?退職や転職を考えているが、自分は対象外にならないか
「妊娠が分かり、退職するか迷っています。夫の扶養に入る手もありますが、出産手当金は受け取れないのでしょうか。転職して間もないので、それも不安です。退職日に引き継ぎで出勤したら、もらえなくなると聞きました」。この疑問は、編集部が想定したもので、実際の問い合わせではありません。
この疑問は、一人の事情に見えますが、同じ迷いは、妊娠中に働き方を変える人に当てはまりえます。答えは、次の3点です。
- 出産手当金の対象は、会社の健康保険の被保険者本人だけです。家族の被扶養者は対象外で、国民健康保険は制度がないと三豊市が案内しています。任意継続の期間中に発生した出産手当金も支給されません(協会けんぽ、三豊市)
- 退職後も受けるには、資格喪失日の前日まで被保険者期間が継続して1年以上あり、その日に出産手当金を受けているか受けられる状態であることが必要です。退職日に出勤すると、退職後の分は受けられません(協会けんぽ)
- 転職直後で被保険者期間が12か月未満でも対象です。ただ、日額は上限で下がる場合があり、標準報酬月額36万円なら日額8000円が7113円になります(協会けんぽ、編集部試算)
2. 対象外の1つ目:被扶養者と国民健康保険。出産手当金は被保険者本人だけが受けられる
協会けんぽの「出産で会社を休んだとき(出産手当金)」のよくあるご質問には、産前産後休暇をとり給与の支払いがなかった場合、申請により出産手当金を受けることができる、被保険者のみが対象です、と書かれています。
協会けんぽの出産手当金のページによると、被保険者が出産のため会社を休み、その間に給与の支払いを受けなかった場合に、出産の日以前42日(多胎妊娠は98日)から出産の翌日以後56日目までの範囲内で、休んだ期間が対象になります。
ここでいう被保険者は、会社などで健康保険に加入している本人です。家族の健康保険に被扶養者として入っている人は、被保険者ではないため、出産手当金の対象になりません。扶養に入るかどうかを決める前に、この点を押さえておく必要があります。
国民健康保険については、三豊市の「出産手当金(国民健康保険には制度はありません)」のページ(2025年4月25日更新)が、出産手当金は健康保険制度から支給されるお金だと案内しています。ページの題名は、国民健康保険には制度がない、としています。
他の市区町村や、国民健康保険組合(歯科医師国保など)の取扱いは、今回確認した公的な資料では分かりませんでした。個人事業主やフリーランスで国民健康保険に加入している方は、お住まいの窓口か加入先の組合に確認してください。
3. 対象外の2つ目:任意継続の期間中に発生した出産手当金は支給されない
協会けんぽの任意継続のページ(「会社を退職するとき」)には、退職後の健康保険として、任意継続、国民健康保険、家族の健康保険(被扶養者)の3つの選択がある、と書かれています。任意継続は、退職日までの被保険者期間が継続して2か月以上あれば入れます。
同じページには、任意継続でも原則として在職中と同様の給付を受けられる一方で、傷病手当金と出産手当金は、在職中から継続して給付されている場合に限り、引き続き申請できる、とあります。任意継続の期間中に発生した出産手当金は、支給されません。
つまり、退職後に任意継続へ入り、その期間中に出産のため休んでも、出産手当金は受けられません。任意継続に入れば医療費の窓口負担は在職中と同じになりますが、出産手当金までは同じにならない点が、勘違いしやすいところです。
4. 対象外の3つ目:退職後は、1年以上の被保険者期間と、前日に受けられる状態が条件。退職日に出勤すると受けられない
協会けんぽの出産手当金のページには、被保険者の資格を喪失した場合でも、次の2つに該当するときは支給を受けられる、とあります。1つ目は、資格喪失日の前日(退職日等)までに、被保険者期間(任意継続被保険者期間は除く)が継続して1年以上あることです。
2つ目は、資格喪失日の前日に、出産手当金を受けている、もしくは受けられる状態であることです。休職(有給休暇を含む)のまま退職した場合は、資格喪失後も引き続き受けられる、と例が示されています。
注意が必要なのは、退職日に出勤した場合です。ページにも、よくあるご質問にも、退職日に出勤したときは継続給付の条件を満たさず、退職日の翌日以降の出産手当金は支払えない、と書かれています。引き継ぎや挨拶のための出勤も、影響する可能性があります。
被保険者期間が1年未満で退職した場合は、1つ目の条件を満たしません。国民健康保険や任意継続の期間は、この1年に含まれない点にも注意が必要です。退職日の過ごし方は、事前に協会けんぽ支部か、勤務先の担当部署に確認してください。
一方、産前の期間(出産予定日以前42日)に入る前に退職する場合の扱いは、協会けんぽのページには書かれていないため、確認できませんでした。この場合に「受けられる状態」といえるかは、支部への確認が欠かせません。
4.1 【出産手当金がもらえない主なケースと、確認すること】
前提条件:協会けんぽに加入していた場合の、協会けんぽの案内、三豊市のページ、健康保険法の条文(2026年10月時点)に基づく整理。健康保険組合や共済組合は加入先の案内による。個別の判断は保険者に確認が必要1/2
出所:全国健康保険協会「出産手当金」、同「任意継続」などを基に、LIMO編集部が整理
- 家族の健康保険の被扶養者として加入している:対象外です。対象は被保険者のみなので、扶養に入る前に、勤務先の健康保険の資格を確認します。
- 国民健康保険に加入している:三豊市は制度なしと案内しています。他の市区町村や国保組合は、窓口に確認します。
- 任意継続の期間中に出産した:支給されません。在職中から継続して給付されている場合に限り申請できます。
- 退職日に出勤した:退職後の分は受けられません。休職のまま退職すると、退職後も引き続き受けられます。
- 被保険者期間が継続して1年未満で退職した:退職後の分は条件を満たしません。任意継続や国民健康保険の期間は、1年に含まれません。
- 休んだ期間の給与が、出産手当金の日額以上ある:支給されません(日額より少なければ差額)。有給休暇の賃金なども給与にあたる場合があります。
表のとおり、「もらえない」の多くは、制度に入っていないというより、条件の端で外れる形です。自分がどの行に近いのかを、まず確かめてみてください。
5. 【編集者の視点】
協会けんぽのページを読み直して分かったのは、退職の前後では、「何をしたか」より「その日にどういう状態だったか」で決まる点です。休職のまま退職すれば続けて受けられ、退職日に出勤すれば受けられません。同じ退職でも、結果が分かれます。
退職日は、自分で決められるように見えて、出産手当金の条件に関わる日です。引き継ぎのために出勤したほうがよいのか、休職のまま退職したほうがよいのかは、事情によって違い、一概には言えません。退職日を決める前に、保険者と勤務先の担当部署に確認するのが確実です。
6. 出産育児一時金と同じ「退職後6か月以内」ではない。出産手当金は条文が別
退職後に出産する人が混同しやすいのが、出産育児一時金との違いです。e-Gov法令検索の健康保険法第106条は、1年以上被保険者だった人が、資格喪失日後6か月以内に出産したときは、出産育児一時金の支給を最後の保険者から受けられる、と定めています。
出産手当金は、条文が別です。第104条は、資格喪失日の前日まで引き続き1年以上被保険者(任意継続被保険者などを除く)であった人で、資格喪失の際に出産手当金の支給を受けているものは、継続して同一の保険者から給付を受けられる、と定めています。
つまり、出産手当金には「退職後6か月以内の出産なら対象」という条件は、条文上ありません。協会けんぽの案内も、資格喪失日の前日に受けている、もしくは受けられる状態であることを条件にしています。一時金と手当金を同じ感覚で考えると、判断を誤るおそれがあります。
7. 転職直後で被保険者期間が12か月未満でも対象。ただし日額に上限がかかり、標準報酬月額36万円なら8000円が7113円に:編集部試算
「転職したばかりだと、もらえない」という考えは、協会けんぽのよくあるご質問からは裏づけられません。被保険者であれば対象です。ただ、日額の計算は、被保険者期間が12か月以上かどうかで変わります。
協会けんぽのよくあるご質問によると、1日あたりの額は、支給開始日以前の12か月間の各標準報酬月額を平均した額を30日で割り、3分の2をかけた額です。支給開始日以前の期間が12か月に満たない場合は、次のいずれか低い額で計算します。
1つ目は、支給開始日の属する月以前の継続した各月の標準報酬月額の平均額です。2つ目は、標準報酬月額の平均額で、支給開始日が令和7年4月1日以降の人は32万円です。平均が32万円を超えていても、32万円までで計算されます。
標準報酬月額36万円の人で、試算します。12か月以上なら、36万円を30で割って1万2000円、3分の2をかけて日額8000円です。12か月未満なら、32万円を30で割った額を10円未満で四捨五入して1万670円とし、3分の2をかけて7113円です。
差は1日887円で、予定日どおりの出産で産前42日と産後56日の98日分とすると、8万6926円です。40万円の人は、12か月以上で日額8887円、12か月未満で7113円となり、差は1日1774円、98日分で17万3852円です。20万円と30万円の人は、32万円を超えないため差はありません(編集部試算)。
7.1 【被保険者期間が12か月以上と12か月未満の出産手当金の日額(編集部試算)】
前提条件:協会けんぽの計算式(平均額÷30日で10円未満四捨五入、3分の2をかけて1円未満四捨五入)による編集部試算。12か月未満は、継続した各月の平均と32万円(支給開始日が令和7年4月1日以降)の低いほうを使い、平均が各例と同じと仮定。98日分は、産前42日と産後56日で予定日どおりの出産とした場合2/2
出所:全国健康保険協会「出産で会社を休んだとき(出産手当金)」よくあるご質問の計算式を基にLIMO編集部試算
- 標準報酬月額20万円:12か月以上の日額は4447円、12か月未満も4447円で、差はありません。
- 標準報酬月額30万円:12か月以上の日額は6667円、12か月未満も6667円で、差はありません。
- 標準報酬月額36万円:12か月以上の日額は8000円、12か月未満は7113円で、日額の差は887円、98日分の差は8万6926円です。
- 標準報酬月額40万円:12か月以上の日額は8887円、12か月未満は7113円で、日額の差は1774円、98日分の差は17万3852円です。
転職などで勤務先が変わり、支給開始日以前の12か月以内に事業所の変更があった場合は、以前の事業所の名称、所在地、使用されていた期間が分かる書類(健康保険加入状況等申告書)が、申請書の添付書類として案内されています。
32万円の上限は、協会けんぽの案内で、支給開始日が令和7年4月1日以降の人に適用される額です。令和9年以降の支給開始日に、この額がどうなるかは、確認できませんでした。協会けんぽのページで、最新の額を確認してください。
8. 「もらえない」ではなく「減る」「差額だけ」になるケース:給与が出た日、傷病手当金との重なり
協会けんぽの出産手当金のページによると、休んだ期間に給与の支払いがあっても、その給与の日額が出産手当金の日額より少ない場合は、出産手当金と給与の差額が支給されます。健康保険法第108条第2項も、報酬の全部を受けられる期間は支給せず、一部なら差額を支給する、と定めています。
よくあるご質問には、出勤していない日に対して支給した報酬等として、有給休暇の賃金、出勤等の有無に関わらず支給している手当(通勤手当・扶養手当・住宅手当等)、食事・住居などの現物支給が挙げられています。残業手当など、出勤した日に対して支給した報酬は、記入が不要です。
また、社会保険適用促進手当など、標準報酬月額の算定に考慮されない報酬は、出産手当金の調整対象となる報酬には含まれない、とよくあるご質問にあります。出産手当金と傷病手当金は重複して受け取れず、傷病手当金の額が多い場合は、その差額が傷病手当金として支給されます(協会けんぽ)。
会社が産休中に給与を支払う仕組みかどうかや、有給休暇を産休の前後どちらで使うかは、会社の規則によります。就業規則に関わる点は、勤務先の人事や労務の担当部署に確認してください。
9. 申請しないと受け取れない。受付日から10営業日以内に支払い、時効は休んだ日ごとにその翌日から2年
協会けんぽの出産手当金の申請書のページには、審査の結果お支払い可能であれば、受付日から10営業日以内に支払う、と書かれています。電子申請がおすすめとされ、紙の申請書は加入している協会けんぽ支部に郵送します。
申請期限は、健康保険給付を受ける権利が、受けることができるようになった日の翌日(消滅時効の起算日)から2年です。出産手当金の消滅時効の起算日は、出産のため労務に服さなかった日ごとに、その翌日です。
産前分と産後分を分けて申請することも、できます。事業主の証明欄は毎回必要で、医師または助産師の証明欄は、1回目の申請が出産後で出産日等が確認できたときは、2回目以降は省略できます。出産日は産前期間に入る、ともよくあるご質問に書かれています。
入金の時期や申請の流れは、【出産手当金】産前42日・産後56日は標準報酬月額の3分の2が支給される。多胎妊娠なら産前は98日になるでも説明されています。出産で受け取れるお金の全体像は、【健康保険】出産で受け取れるお金は2つ。一時金50万円と、休んだ日数分の手当金が参考になります。
10. 健康保険組合や共済組合に加入している場合は、条件が違う場合がある
この記事で確認したのは、主に協会けんぽの案内です。健康保険組合や共済組合に加入している場合は、加入先の案内に従います。組合ごとに、条件や申請先が違う場合があり、今回の資料では、その違いを確認できませんでした。
加入先が分からないときは、「資格情報のお知らせ」またはマイナポータルの資格情報で、協会けんぽの支部を確認できる、と協会けんぽの申請書のページにあります。それ以外の保険者は、勤務先の担当部署に確認してください。
11. 【編集者の視点】
条文と協会けんぽの案内を並べて読むと、出産手当金の「もらえないケース」の軸は、2つに絞れます。会社の健康保険の被保険者であること、そして、休んだ期間に給与が十分に出ていないことです。どちらかが外れる場面が、もらえないケースです。
一方で、出産育児一時金との混同や、転職直後の上限のように、「もらえない」と思い込みやすいだけの場面も多くあります。思い込みで手続きを諦める前に、保険者へ確認する価値があります。この記事は、確認の前の整理として使ってください。
12. まとめ
出産手当金の対象は、会社の健康保険の被保険者本人です。家族の被扶養者は対象外で、国民健康保険は制度がないと三豊市は案内しています。任意継続の期間中に発生した出産手当金は、支給されません。
退職後は、被保険者期間が継続して1年以上あることと、資格喪失日の前日に受けているか受けられる状態であることが条件で、退職日に出勤すると受けられません。転職直後は対象ですが、標準報酬月額36万円なら日額が8000円から7113円になります(編集部試算)。詳細は、加入先の保険者に確認してください。
13. よくある質問
13.1 Q. 出産手当金がもらえないのは、どんなときですか?
被保険者でない(被扶養者、国民健康保険)、任意継続の期間中に出産した、退職日に出勤した、被保険者期間が1年未満で退職した、給与が日額以上ある、などの場合です(協会けんぽ、三豊市)。
13.2 Q. 夫の扶養に入ると、もらえますか?
出産手当金は被保険者のみが対象です。被扶養者として加入している場合は、対象になりません(協会けんぽ)。
13.3 Q. 国民健康保険に加入していると、もらえますか?
三豊市は、国民健康保険には制度がないと案内しています。他の市区町村や国保組合は、確認できませんでしたので、窓口に確認してください(三豊市)。
13.4 Q. 退職しても、もらえますか?
被保険者期間が継続して1年以上あり、資格喪失日の前日に受けているか受けられる状態であれば、退職後も受けられます。退職日に出勤すると、受けられません(協会けんぽ)。
13.5 Q. 任意継続に入れば、もらえますか?
任意継続の期間中に発生した出産手当金は、支給されません。在職中から継続して給付されている場合に限り、引き続き申請できます(協会けんぽ)。
13.6 Q. 退職後6か月以内の出産なら、もらえますか?
6か月以内という条件は、出産育児一時金の条文(健康保険法第106条)のものです。出産手当金は、資格喪失の際に支給を受けていることが条件です(e-Gov法令検索)。
13.7 Q. 転職したばかりでも、もらえますか?
被保険者であれば対象です。被保険者期間が12か月未満の場合は、継続した各月の平均と32万円(令和7年4月1日以降)の低いほうで計算されます(協会けんぽ)。
13.8 Q. 給与が出ていると、もらえませんか?
給与の日額が出産手当金の日額より少ない場合は、差額が支給されます。給与のほうが多い場合は、支給されません(協会けんぽ)。
13.9 Q. 申請の期限は、いつまでですか?
出産のため労務に服さなかった日ごとに、その翌日から2年で時効になります(協会けんぽ)。
参考資料
- 全国健康保険協会「出産手当金」
- 全国健康保険協会「出産で会社を休んだとき(出産手当金)」よくあるご質問
- 全国健康保険協会「健康保険出産手当金支給申請書」
- 全国健康保険協会「任意継続」(会社を退職するとき)
- 厚生労働省「医療保険制度改正法が成立しました」
- デジタル庁 e-Gov法令検索「健康保険法」
- 三豊市「出産手当金(国民健康保険には制度はありません)」
齊藤 慧
