資産形成のシミュレーションでは、よく「年利5%で運用できたら」という前提が置かれます。
では、その5%という数字はどこから来たのでしょうか。
機関投資家といった投資のプロが使っている期待リターンの前提は、「運用会社の内部資料にあって外には出ない」ー——そう思われがちです。
ただ、ひとつだけ例外があります。国の年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、前提の数字を全部公開しています。
1. プロの期待リターンは非公開?国の年金運用機関GPIFは策定資料ですべて公開している
GPIFは5年ごとに基本ポートフォリオを見直し、その根拠となる資料を公表しています。
そこに載っているのは、結論の配分比率だけではありません。資産クラスごとの期待リターン、標準偏差、そして資産間の相関係数まで、計算に使った前提がそのまま出ています。
317兆円を運用する組織が、何を前提に置いて配分を決めたのか。その作業過程が読める資料は、ほかにありません。
2. 資産クラスごとの期待リターンはいくらか?国内株式4.8%、外国株式5.4%
第5期の資料から、「過去30年投影ケース」と名付けられたシナリオの数字を引いてみます。いずれも名目です。
2.1 資産: 期待リターン/ 標準偏差
- 国内債券:0.5%/ 2.60%
- 外国債券: 2.2%/ 9.72%
- 国内株式: 4.8%/ 19.19%
- 外国株式: 5.4%/ 20.35%
株式で4.8%から5.4%。債券は0.5%から2.2%です。
ここで、こう思われた方もいるかもしれません。
株式の期待リターンが5%前後なら、「年利5%」という前提は妥当ではないか、と。
そこは少し慎重に見たいところです。この4.8%や5.4%は株式だけを持った場合の数字で、しかもGPIFが想定してる4つあるシナリオのうちの一つにすぎません。
3. なぜ数字が4つあるのか?経済シナリオごとに前提を置き換えているから
GPIFは、経済の前提を4通り置いて、それぞれで期待リターンを計算しています。
3.1 シナリオ: 国内債券/ 外国債券/ 国内株式/ 外国株式
- 高成長実現ケース: 3.2%/ 4.9%/ 7.5%/ 8.1%
- 成長型経済移行・継続ケース: 2.7%/ 4.4%/ 7.0%/ 7.6%
- 過去30年投影ケース: 0.5%/ 2.2%/ 4.8%/ 5.4%
- 1人当たりゼロ成長ケース: ▲0.3%/ 1.4%/ 4.0%/ 4.6%
国内株式でいえば、4.0%から7.5%まで開きがあります。ひとつの正解を出していないのが、この資料のいちばんの特徴です。
当てにいっていない、と言い換えてもいいと思います。どのシナリオになるかは分からないので、幅を持たせたまま配分を決めているわけです。
4. 4資産を均等に持つと、期待リターンは2.4〜5.9%の幅になる
GPIFの基本ポートフォリオは4資産を25%ずつです。シナリオごとに単純平均すると、こうなります。
4.1 シナリオ 4資産均等の期待リターン
- 高成長実現ケース 5.9%
- 成長型経済移行・継続ケース 5.4%
- 過去30年投影ケース 3.2%
- 1人当たりゼロ成長ケース 2.4%
2.4%から5.9%の幅です。そして過去30年投影ケースでは、3.2%にとどまります。
ここから言えることはひとつです。「年利5%」は、ありえない前提ではありませんが、4つのうち上位2つのシナリオに相当します。 決して控えめな想定ではありません。
ここ10年の米国株式を中心とした世界株式の好調なパフォーマンスをもとに、資産運用をシミュレーションする際に世界株式のパフォーマンスを年利6ー7%で置くこともありますが、かなりレアな期間だったということがわかります。
ちなみに過去30年投影ケースの3.2%から、GPIFの実質目標1.9%を引くと1.3%になります。賃金上昇率の前提とおおむね一致する水準で、計算の辻褄は合っています。なおGPIFの「実質」は物価ではなく賃金が基準です。この区別は「【個人向け国債】変動10年タイプは本当にインフレに強いのか?」でも触れました。
5. リターンだけ見てはいけない——株式の標準偏差は約20%
もうひとつ、同じ表に並んでいる数字のほうが重要かもしれません。標準偏差です。
国内株式は19.19%、外国株式は20.35%。期待リターン4.8%に対して、1年の振れ幅はその4倍ということになります。
期待リターンが5%だから毎年5%ずつ増えていく、という話ではありません。平均すれば5%に近づくかもしれないが、各年はプラス25%にもマイナス15%にもなる。それが標準偏差20%という数字の意味です。
一方で国内債券は2.60%、外国債券は9.72%。リターンが低い代わりに、振れも小さい。 株式と債券の性質の違いは「元機関投資家が教える株式投資と債券投資のメリットとデメリットー知っておきたい12の視点」で整理しています。
なお相関係数も公開されており、国内債券と国内株式は▲0.254と逆に動く関係です。一方で国内株式と外国株式は0.692。株式どうしを分けても、分散の効き方は限られるということが、この数字から読み取れます。
6. 元機関投資家イズミダの視点
運用の世界で期待リターンを扱うときの作法は、ひとつの数字に決めないことです。
GPIFが4シナリオを並べているのは、そのためです。どれが当たるかを選びにいっていません。どのシナリオでも年金財政がもつかどうかを確かめて、配分を決めています。
これは個人の資産形成でも、同じことがいえますし、実際に想定することができます。年利5%で計算したシミュレーションを一本だけ作るのではなく、GPIFのように2.4%のとき、3.2%のとき、5.9%のときの3本を並べてみる。 いちばん低いケースでも生活設計が壊れないなら、その計画は前提が外れても耐えます。
これは証券アナリストとして企業業績を分析していた際の経験からも言えるのですが、「精密な一本より、粗い三本のほうが役に立つ」場面があります。
もうひとつ、期待リターンは「資本コスト」と裏表の関係にあることも知っておくと見通しがよくなります。投資家が株式に5%を期待するということは、企業の側から見れば5%が調達コストだという意味です。
GPIFの資料は、プロの前提が無料で読める数少ない場所です。自分の計算に使っている数字が、世界最大の機関投資家の前提と比べて強気なのか弱気なのか。それを一度確かめておくだけで、シミュレーションの読み方が変わってきます。
