4. 利益率の土台は原価率17%にある
2026年3月期の売上原価は1,986億円だった。売上高1兆1,693億円に対して17.0%にとどまる。裏返せば売上総利益は9,707億円で、粗利率は83.0%になる。
電気機器という業種区分の粗利率の中央値は29.4%だ。ここには明確な桁の違いがある。
製造業の利益率を考えるとき、まず原価を思い浮かべる人は多いだろう。原価を削れば利益が出る、という発想だ。ただ、この会社の場合は話がほとんど逆になる。原価率がすでに17%という水準にある以上、そこからさらに削って稼ぎを増やせる余地は大きくない。
粗利率の推移を5期で並べても、2022年3月期の82.3%から直近の83.0%まで、動きはごくわずかだ。利益の土台そのものは、この5年ほとんど揺れていない。
となれば、営業利益率が動いた理由は粗利より下、つまり販管費の側にあることになる。
5. 営業利益率を押し下げてきたのは粗利ではなく販管費だ
販売費及び一般管理費は、2022年3月期の2,031億円から2026年3月期の3,750億円へ、5期で+84.6%増えた。同じ期間の売上高の伸びは+54.8%である。費用のほうが速く増えてきた。
売上高に対する販管費の比率で見ると、26.9%、27.7%、31.8%、31.9%、32.1%と段階的に切り上がっている。5期で5ポイント強の上昇だ。
粗利率がほぼ動いていないのだから、営業利益率が55.4%から51.0%へ下がった分は、この販管費率の上昇でほぼ説明がつく。会計上の構造としてそうなる。
ただし、販管費が増えたこと自体を後退と読むのは早い。増えた中身が何かで、意味はまるで変わってくる。
5.1 キーエンスの販管費を膨らませた主役は人件費だ
有価証券報告書の販管費の明細を見ると、2026年3月期の人件費は1,887億円だった。販管費全体の5割にあたる。その大半は給料手当などの1,688億円が占め、ほかに賞与引当金繰入額が198億円ある。
これが2022年3月期には1,081億円だった。5期で+74.6%の増加である。売上の伸び+54.8%を明確に上回るペースだ。
従業員数も8,961人から1万2,784人へ増えている。5期で3,800人余りの増員だ。
研究開発費も179億円から328億円へ増えた。こちらは販管費に占める割合で見れば1割弱で、金額としては人件費に比べればまだ小さい。
つまり販管費の膨らみは、人にかかる費用が主軸になっている。営業と企画開発の人員を増やしてきた結果が、利益率を数ポイント押し下げてきたという構図だ。
会社は1Qについて、中長期的な成長を維持する観点から企画開発面の充実と営業面の強化を図ってきたとしている。この説明は、費用側の数字の動きとそのままつながる。
そして直近1Qで営業利益率が54.0%まで戻ったのは、先に増やしておいた人員の上に売上が3割超乗ったためと読み取れる。人件費は短期では売上ほど機敏に動かない。だからこそ需要が強い局面では、利益率が跳ねる。
6. 利益率の高さと資本効率の間にあるもの
利益率が突出して高い会社だというイメージから、資本効率も飛び抜けているはずだと受け取られやすい。だが数字はそこまで単純ではない。
2026年3月期のROE(自己資本利益率)は13.5%だった。電気機器の中央値7.7%は上回るが、上位4分の1の境目である12.0%と比べると、その差はさほど大きくない。
営業利益率が中央値の7倍以上ある会社にしては、この位置はずいぶん控えめに映る。
理由のひとつは自己資本の厚さにある。2026年3月期末の自己資本比率は94.6%で、業種の中央値62.2%を大きく上回る。分母である自己資本が厚ければ、同じ利益でもROEは下がる。
負債をほとんど使わない財務は、景気の谷では強い。もっとも、デットキャパシティ(負債を安全に引き受けられる余力)を使わない資本構成が効率の観点で最適かどうかは、また別の論点だ。
利益率の絶対水準では突出しているのに、資本効率の相対水準では業界の上位グループに並ぶ程度にとどまる。この2つは矛盾しない。同じ会社の中で同時に成立している。
その厚い資本の使い道には、変化の兆しもある。2026年3月期の年間配当は1株550円で、前期の350円から引き上げられた。配当性向は30.0%と、前期の21.3%から上昇している。
7. 筆者コメント
原価がほとんどかからない構造と、人にかかる費用の増え方。この2つを同時に眺めると、この会社の利益率の性質が見えてくる。
原価がほぼ利益を規定しない以上、稼ぎを左右するのは人にいくら払っているかと、その人たちがどれだけ売上を運んでくるかの関係になる。製造業の姿をしているが、費用構造としてはむしろサービス業に近い。
人を増やせば費用は先に出る。売上は後から追いつく。この時間差が、利益率の下げと戻りを作っている。過去5期の緩やかな低下も、直近1Qの反発も、同じ仕組みの表と裏だ。
となれば、見るべきは利益率の水準そのものではない。人員と売上のどちらが速く伸びているか、という比較のほうだろう。
決算資料を読むときは、利益率が何%だったかを確かめて終わりにせず、従業員数と売上の伸びを並べて見ることをおすすめしたい。株価が昨秋以降に水準を切り上げた局面で市場が見ていたのも、おそらくそこだ。
参考資料
8.1 免責事項
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石津 大希