12. 値動きのある資産に偏ったまま、年金を受け取る年代に入る。IFA・鶴田 綾が語る、現金に換える順番と時期の決め方

60歳代は、年金の受け取りが始まり、これから先に受け取れる額が年齢ごとにひととおり見通せるようになる年代です。前半でみたように、受け取れる年金の姿は年齢が上がるにつれて変わっていきますが、そこで足りない分は手元の資産から補うことになります。ご相談でも、まとまった資産をお持ちなのに、いざというときにそれを使えるのか自信が持てないというご質問をよくいただきます。医療費や介護の費用は、こちらの都合に合わせて発生してくれるわけではありません。相談の場では次のような声を耳にします。

12.1 まとまった資金はあるのに、何をいつ現金に換えればいいのかが決まらない

60歳代(ご相談者)
「これまで運用してきた資産の多くが外貨建てで、外国の個別株や外貨建ての個人年金に偏っています。いますぐ使う予定があるわけではないので、急いで現金化しなければならない状況ではありません。ただ、これから医療費や介護の費用が必要になったときに、たまたま値下がりしている時期と重なったらどうしようという不安があります。円で持つ資産に移していったほうがいいのか、日本の株式や金、不動産に投資する商品にも関心はあるのですが、何をどの順番で動かせばいいのかが決まらないままです」

相談の場でも、いま困っているわけではないのに、必要になったときに売れるのかという不安を抱えたままの方に数多くお会いします。

12.2 【IFA・鶴田 綾が回答】売らずに待てる状態を、必要になる前につくっておく

鶴田 綾
いま保有している資産については、その資産の特徴やリスクなどを書き出して、国や通貨の偏り、リスク度合いなどを整理しましょう。
一般的に、老後の生活が目前の方や年金生活に入っている場合、あまりリスクの高すぎる商品を保有しているのは、万一相場が荒れたりして資産価値が暴落した時のリスクが高すぎます。
そのため、ハイリスクな資産については少しずつ現金化したり国債など比較的リスクの低い資産に移し替えることも大事です。
また、海外の資産を円に戻すのは一度にまとめて売却するのではなく、複数回に分けて売却するのも一案です。
さらに、売却時は値動きの向きが違う資産を混ぜておき、保有している資産を売る順番の選択肢を増やしておくことが、必要になったときに慌てないための備えになります。

12.3 ポイント1:買い増す分は非課税の枠に入れつつ、国と通貨で偏りをならす

まずは、これから買い増していく分について、非課税の枠に入れられているかを確かめましょう。NISAは運用で得た利益に税金がかからない枠を使える制度で、これから資産を組み替えていくなら、同じ商品を持つとしてもこの枠の中に入れられる部分がないかを見ておく価値があります。そのうえで大切なのが、国と通貨の偏りをならしておくことです。値上がりを期待できる資産ほど、下がるときの幅も大きくなります。特定の国の株式だけ、あるいは特定の通貨だけで持っていると、その国や通貨に何かあったときに、資産全体が同じ方向へ動いてしまいます。日本の株式、外国の株式、不動産に投資する商品、金といったように、値動きの理由が異なるものを組み合わせておくと、全体としての振れ幅は小さくなります。まずは今持っているものを国と通貨で分けて並べ、どこに偏っているのかを目で見て確かめてみましょう。偏りが分かれば、次に買うものは自然に決まってきます。

12.4 ポイント2:持っている資産を、値動きの幅とかかり続ける費用で並べ直す

次に、個別に持っている株式について、それを持ち続ける理由を言葉にできるかを確かめます。よく知られた企業の株式は、成長への期待から値上がりしてきた実績があり、そのまま持ち続けるという判断も十分にあり得ます。一方で、一つの企業の株式は、その企業の業績や事業の環境だけで大きく動きます。売るか持つかを決めるときは、値上がりしたかどうかではなく、これから何年持ち続けられるか、下がったときにどれだけの幅を受け止められるかで見る。この物差しに変えると、判断がぶれにくくなると感じています。もう一つ確かめておきたいのが、持ち続けるあいだにかかる費用です。投資信託には保有しているあいだ毎年かかる費用があり、その水準は商品によって異なります。金を持つ方法にも、現物で持つ場合と投資信託のような形で持つ場合とで、かかる費用や手間が変わります。同じ資産に投資するとしても、どの形で持つかで手元に残る額は違ってきます。値動きの幅と費用を同じ表に並べたうえで、残すものと換えるものを決めましょう。

12.5 ポイント3:円に戻すのは一度にまとめず、回数と期限から決める

外貨建ての資産を円に戻すとき、多くの方が「いつがいいのか」を一点で当てようとされます。けれども、必要になったときに売れるとは限らない、というのがこの問いの本当の難しさです。まとまった額を一度に換えると、その一日の水準が結果のすべてを決めてしまいます。そこでお伝えしているのは、換える量をいくつかに分けて、時期をずらして実行するという方法です。何回かに分ければ、高い時と低い時が混ざり、平均的な水準に近づいていきます。加えて、いつまでに現金が必要なのかという期限から逆算しておくことも欠かせません。期限が決まっていない資産は、下がっている局面ではそのまま持ち続けて、回復を待つという選択ができます。反対に、期限が迫ってから動かそうとすると、その時点の価格で売るしかありません。いま急いで現金化する必要がないのであれば、それは時期を選べる立場にあるということです。その余裕があるうちに、換える順番と回数を決めておきましょう。

12.6 ポイント4:値動きの向きが違う資産を混ぜて、売る順番の選択肢を増やす

最後に、売る順番に選択肢を持たせるという考え方をご紹介します。株式が下がる局面で、金のように株式とは違う理由で動く資産の価値が保たれることがあります。金は利息や配当を生まない代わりに、物価の上昇や通貨に対する不安が意識される場面で買われやすく、株式や債券とは値動きの理由が異なる資産です。そうした性格の違うものを一定の割合で持っておくと、現金が必要になったときに「いま値下がりしていないもの」から先に売るという選び方ができます。全部が同じ方向に動く形で持っていると、この選択肢がありません。持ち方には、現物で持つ方法と、投資信託のような形で少額から持つ方法があり、必要な資金や手間が変わりますので、始めやすい形から確かめてみてください。売る順番を選べる状態にしておくことが、値下がりしている時期に売らざるを得なくなる事態を防ぐ備えになります。

いま急いで動かす必要がないうちに、換える順番と時期を決めておく。それだけで、必要になったときの選択肢はずいぶん増えます。これは一つの考え方であり、どの資産をどの順で現金に換えるのが適しているかは、保有している資産の区分や通貨の組み合わせ、資金が必要になる時期によって異なります。判断に迷うときは、いま持っている資産の一覧と、これから受け取れる年金の見込みを手元にそろえて、専門家に相談してみるのも選択肢の1つです。

13. まとめにかえて

厚生年金の平均年金月額は、60歳代の後半で15万円前後、80歳代の後半には16万円台まで並び、国民年金はどの年代でも5万円台から6万円台に収まっていました。いずれも令和6年度の実績です。夫婦で約22万円だった年金収入は、単身になると月額13万円台まで置き換わり、その差はおよそ9万円でした。この差を資産から補うとき、下がっている局面で300万円分を換えれば240万円、2年待てれば300万円と、受け取れる額は60万円動く計算になりました。年金の見込み額をねんきん定期便やねんきんネットで確かめ、資産の一覧と並べて、どれをいつ換えるのかを先に決めておいてください。

参考資料

鶴田 綾