12. 手元に残す現金の目安が決まったとたん、運用に回す額も決まった。ファイナンシャルアドバイザー・徳田 椋が語る、金額を決める前に片づけておくこと

50歳代は、老後の収入がどれくらいになるのかを、はじめて具体的に調べてみる時期です。年金の受給額を年代別にまとめた一覧表は、その入り口としてよく使われます。ただ、前半でみたように、ああした表は年齢の区切りごとの平均や分布を並べたものですから、自分がどの行に近いのかは、働いてきた年数や加入してきた制度の組み合わせによって変わります。自営業として国民年金だけを納めてきた期間が長い方と、会社員として厚生年金に長く加入してきた方とでは、同じ年齢の行を見ても、実際に届く額は同じになりません。表を見て「思ったより少ない」と感じるか「これなら足りそうだ」と感じるかで、その後の判断はまったく変わってしまいます。保険会社と保険代理店で資産運用のご相談に応じてきた立場から申し上げると、この段階でつまずくのは、表の読み方が難しいからというより、そこから先の金額を自分で決めなければならないからです。相談の場では次のような声を耳にします。

12.1 まとまった資金をどう分けるかが決められず、開いた口座がそのままになっている

50歳代(ご相談者)
「仕事を続けてきて、手元にはある程度まとまった資金があります。非課税で運用できる枠の口座も、以前に開くところまでは済ませました。ただ、そこから先に進めていません。全部を運用に回すのは怖いですし、かといって置いたままにしておくと、物価が上がっていくなかで目減りしていくのも分かっています。介護が必要になったときのことも考えておきたいと思っています。結局、手元にいくら残して、いくらを運用に回せばいいのかという最初の一歩が決められないままです」

相談の場でも、資金も口座も用意できているのに、分け方の一点が決まらないまま何年も動かせずにいるという方に数多くお会いします。

12.2 【ファイナンシャルアドバイザー・徳田 椋が回答】決めるのは運用する額ではなく、残す額のほう

徳田 椋
まとまった資金で運用する上で大切なのは、手元にいくら残しておくかを決めることです。介護のように長い期間にわたって続く出費への備えや、突発的な支出や収入の減少などに備えて、生活費の半年分から1年分の預金はしっかりと確保しておきましょう。運用に回す金額が分かれば、運用する期間や金融商品ごとの特徴もしっかりと調べた上で、自分と相性の良い運用先を探してみましょう。

12.3 ポイント1:長い期間にわたって続く出費への備えを、先に確かめておく

金額の話に入る前に確かめていただくのが、これから起こりうる出費のうち、期間の長いものへの備えです。医療にかかる費用は、多くの場合、入院や手術という区切りのある出来事に対して発生します。これに対して介護は、始まりがはっきりせず、年単位で続くことがあります。この性格の違いは、お金の準備の仕方を変えます。区切りのある出費なら、手元の預貯金や医療の保障でしのげますが、長く続く出費は、毎月の収入の側で受け止められる形をつくっておくほうが安定します。備えの手段としては、所定の状態になったときに継続的に受け取れる保障が付いた契約があります。こうした契約のなかには、保障の性格と、預けた資金が時間とともに増えていく性格をあわせ持つものもあります。使わずに済めば資産として残り、必要になれば保障として使える形です。掛け捨てにするのは避けたいという方には検討しやすい形ですが、いつでも自由に引き出せる資金ではなくなりますから、この後で決める「手元に残す現金」とは別の枠として考えてください。ここを先に確かめておくと、残すべき現金の性格がはっきりします。

12.4 ポイント2:手元に残す現金を、生活費の何か月分という目安で決める

ここが、多くの方が動き出せるようになる一点です。運用に回す額を先に決めようとすると、いくらが正解なのか分からず、いつまでも決まりません。順序を逆にして、手元に残しておく現金のほうを先に決めます。目安としてお伝えしているのは、毎月の生活費の半年から1年分です。自営業のように収入に波がある働き方であれば、長いほうに寄せておく形もあります。この額を決めて脇に置いてしまえば、残りが運用に回せる資金だということになります。金額を自分で決める作業ではなく、引き算の作業に変わるわけです。そして、その残りを置く場所を選ぶ段階では、税の優遇がある枠から先に埋めていきます。運用で得た利益には通常なら税金がかかりますが、非課税で運用できる枠の中であればそれがかかりません。年間で使える上限がありますから、上限まで使ってもなお余る場合に、通常の課税される口座を使います。同じ商品を同じ期間持つのであれば、置き場所を選ぶだけで手元に残る額が変わってきます。順番は、残す現金、優遇のある枠、そのほかの口座です。

12.5 ポイント3:開いたままの口座を使える状態にし、保険で運用する形も並べて比べる

口座は開いたけれど使っていない、という方は珍しくありません。多くの場合、止まっている理由は制度への疑問ではなく、ログインの手順が分からない、積立の設定画面までたどり着けない、といった実務的なところにあります。ここは、加入している金融機関の窓口や、相談を受けている担当者に画面を一緒に見てもらいながら進めるのが早道です。初回の設定さえ済めば、あとは自動で引き落とされて買い付けられていきますから、手を動かすのは最初の一度だけです。運用の方法には、保険の形をとるものもあります。保険料として預けたお金の一部を運用に回し、その成果によって将来受け取る額が変わる契約や、あらかじめ決められた利率で積み上がっていく契約があります。証券の口座で持つ場合と比べると、途中で解約したときに払った額を下回ることがある一方、受け取り方によっては税の計算の仕方が異なります。どちらが有利という話ではなく、いつ引き出す可能性があるか、どのくらいの期間置いておけるかで向き不向きが分かれます。両方を同じ紙の上に並べて、それぞれの条件を見比べてから決めてください。

12.6 ポイント4:金利の水準と置いておける期間から、増え方を見積もる

最後が、増え方の見積もりです。ここ数年で世の中の金利の水準は動いてきました。金利が上がる局面は、借りている側には負担ですが、お金を置いている側には追い風になります。預貯金の利息も、決められた利率で積み上がっていく契約の条件も、金利の水準を反映して決まるからです。同じ商品でも、条件が決まる時期によって受け取れる額が変わりますので、いつ始めるかで結果が変わりうる、という点は知っておいてください。そしてもう一つが、置いておける期間です。受け取った利息や分配を使わずにそのまま運用に回していくと、増えた分にもさらに増える力が働きます。この効き方は、期間が短いうちはほとんど実感できず、後半になるほど急に大きくなります。50歳代からでも、受け取りを70歳代まで見据えれば、20年近い期間を取れることになります。年金の一覧表を見て足りないと感じた分を、すべて今すぐ用意する必要はありません。どれくらいの期間をかけられるかを先に置いてから、どれくらいの増え方を見込むかを考える。この順で見ると、必要な利回りは思ったより穏やかな数字になることが多いのです。

手元にいくら残すかという一点が決まると、それまで決められなかった金額が、引き算で自然に出てきます。逆にいえば、そこが決まらないうちに商品を選ぼうとしても、決め手がないまま迷い続けることになります。これは一つの考え方であり、残しておくべき現金の額や、どの置き場所が適しているかは、収入の安定度や家族の状況、加入している契約の条件によって異なります。年代別の一覧表についても、あくまで区切りごとの平均や分布を示したものですから、ご自身に届く額を知りたい場合は、公的な年金の記録を確認できる仕組みで、実際の加入履歴に基づいた見込み額をご覧になるのが確実です。そのうえで、金額を動かす段階では、条件を専門家に確認しながら進めることをおすすめします。

13. まとめにかえて

令和6年度の1歳刻みの平均年金月額を、60歳代の前半と後半に分けて単純平均すると、厚生年金は約9万3220円と約15万1718円、国民年金は4万6899円と6万1245円でした。同じ60歳代でも、どちらのかたまりを指しているかで目安は大きく変わります。ご自身がどちら側に近いかは、年齢ではなく、いつから受け取り始めるかで決まります。ねんきんネットで加入記録から見込み額を出したうえで、一覧表のどの幅に自分がいるのかを確かめてみましょう。

参考資料

徳田 椋