「30代の貯金の平均は1000万円超」という数字を見て、思わず自分の貯金額と比べてしまった方は少なくないでしょう。
ただ、この「平均」という言葉には注意が必要です。実際に30代の大多数が置かれている実態は、平均値からはかなり離れた場所にあります。
本記事では、公的な調査データを使い、平均値と中央値がどれだけ違うのか、そしてその違いがなぜ生まれるのかを、定義の面から整理します。
ちなみに、総務省の家計調査では、全世帯(二人以上の世帯)のうち貯蓄現在高が平均値を下回る世帯は66.1%にのぼるとされています。年代を問わず、平均値は「多数派の実感」とはずれやすい数字だという前提を、まず押さえておきます。
- 30代の貯金額は、平均1096万円に対して中央値は311万円にとどまり、実感に近いのは中央値のほうです。
- この中央値には「貯金なし」の世帯も含まれており、貯金がある世帯だけに限ると中央値は500万円に上がります。
- 総務省の家計調査には、実は「30代」だけを取り出した貯蓄額のデータが存在しません。
1. 30代の貯金、平均はいくら?——まず全体像を確認する
「30代の貯金の平均」を調べると、複数の数字が出てきて混乱することがあります。まずどの調査のどの数字を見ているのかを確認します。
1.1 J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査」の30代データ
金融経済教育推進機構(J-FLEC)が実施する「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」の二人以上世帯調査によると、30歳代の金融資産額は、平均1096万円・中央値311万円となっています。
この数字には、金融資産を保有していない「貯金なし」の世帯も含まれています。つまり、30代の全世帯を対象にした実態に近い数字です。
1.2 「保有している世帯だけ」で見ると数字が変わる
同じ調査で、金融資産を保有している世帯だけに絞ると、30歳代の平均は1337万円、中央値は500万円になります。
貯金なしの世帯を除くだけで、中央値は311万円から500万円へと189万円も上がります。どちらの数字を見ているかで、受け取る印象は大きく変わります。
この2つの中央値は、どちらも同じJ-FLECの調査から算出されたものです。調査そのものが変わったわけではなく、「集計の対象範囲」が違うだけという点を、まず整理しておく必要があります。
2. 中央値にも「2つの顔」がある——非保有世帯を含むかどうかの分岐
「平均値より中央値のほうが実態に近い」という説明はよく見かけますが、この中央値自体にも読み方の分岐があります。ここを丁寧に見ていきます。
2.1 なぜ「貯金なし」を含めると中央値が下がるのか
中央値は、世帯を金融資産額の少ない順に並べたときの真ん中の値です。貯金なしの世帯を含めると、並びの下側に0円の世帯が増えます。
その結果、真ん中の位置そのものが下側に引き寄せられ、311万円という中央値になります。平均値のように一部の富裕層に引き上げられる現象とは、逆方向の力が働いている点が特徴です。
2.2 上位3記事が語らない「中央値の前提」
30代の貯金額を扱う記事の多くは、単に「平均」と「中央値」を並べて「平均より中央値を見るべき」と説明します。ただ、その中央値が非保有世帯を含むのか、保有世帯だけなのかまでは踏み込まないことが目立ちます。
この前提の違いを明示しないと、「中央値なら実態に近い」と思っていた読者が、実は別の中央値と比較してしまうことがあります。311万円と500万円、どちらも「30代の中央値」として成立してしまう点が、この統計の分かりにくさの核心です。
2.3 【30代の金融資産額(J-FLEC・2025年)】
非保有世帯を含む場合
- 平均:1096万円
- 中央値:311万円
金融資産保有世帯のみの場合
- 平均:1337万円
- 中央値:500万円
3. 【編集者の視点】
この「非保有世帯を含むか」という前提の違いは、単なる統計の細かい話ではありません。読者が自分の状況を測る「ものさし」そのものが変わってしまう問題です。
例えば、貯金がまったくない30代の方が「中央値は500万円」という数字だけを見てしまうと、自分の状況を実際より厳しく見積もってしまいます。逆に、すでに貯金がある方が311万円という数字だけを見ると、実態より楽観的に受け取ってしまう場合があります。
実務上の防衛策としては、統計を引用している記事やサービスが「どちらの中央値を使っているか」を必ず確認することです。多くの解説記事は、この前提を明示せずに数字だけを紹介しています。
J-FLECの調査結果は、機構の公式サイトで詳細データが公開されています。気になる方は、年代別のシートを直接確認すると、他の年代との比較もしやすくなります。
特にSNSやニュースサイトの見出しでは、字数の都合で「中央値〇〇万円」とだけ書かれ、非保有世帯を含むかどうかの注記が省略されることが多くあります。見出しだけで一喜一憂せず、本文中の調査対象の説明まで目を通す習慣が実務上の防衛策になります。
4. 総務省の家計調査には、実は「30代」という区分が存在しない
「30代の貯金」を調べる際、もう一つ知っておきたい落とし穴があります。国の代表的な統計そのものに関わる話です。
4.1 家計調査の年齢区分は5つに固定されている
総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)」2025年(令和7年)平均によると、世帯主の年齢階級別の貯蓄現在高(平均値)は、40歳未満994万円・40〜49歳1381万円・50〜59歳1756万円・60〜69歳2843万円・70歳以上2471万円の5区分で公表されています。
この区分には「30代」という括りが存在しません。「40歳未満」という区分に、20代と30代がまとめて含まれています。
4.2 「40歳未満994万円」を30代の数字として使うのは不正確
ネット上では、この「40歳未満994万円」を「30代の貯金平均」として紹介する記事も見られます。しかし、この数字には20代の世帯も含まれており、30代だけの数字ではありません。
また、家計調査の「貯蓄現在高」は、預貯金だけでなく生命保険の払込金額や有価証券なども含む幅広い定義です。J-FLECの「金融資産」とは対象範囲が異なる点も、比較の際に見落とされがちです。
5. 【編集者の視点】
「30代の貯金平均」と検索して出てくる数字の出どころを確かめると、実は総務省の統計ではなく、民間調査会社が独自に集計した「30代」区分であることが多いという実務上の傾向があります。
総務省の家計調査は年齢区分が粗い一方、対象世帯数が多く調査の設計が公開されているという強みがあります。逆にJ-FLECの調査は年代を細かく区切れる一方、対象は二人以上世帯に限られるなど、それぞれ得意な範囲が異なります。
実務上の防衛策としては、「どの統計を、どの年齢区分で見ているか」を、数字を見るたびに確認する習慣を持つことです。公的統計であっても、年齢区分の粒度は統計ごとに違います。
不明な点があれば、総務省統計局の家計調査に関する問い合わせ窓口や、J-FLECの公式サイトに掲載されている調査概要のページで、対象世帯の定義を確認できます。
特に、複数の統計を組み合わせて「〇〇万円貯めるべき」といった目標額を提示する記事を見るときは、その目標額の根拠がどの統計のどの年齢区分に基づくのかを、一度立ち止まって確認する姿勢が欠かせません。
6. 編集部試算——平均と中央値の差は、年代が若いほど大きい
ここまで30代の平均と中央値の差785万円を見てきました。この差は、他の年代と比べてどの程度大きいのでしょうか。J-FLECの年代別データを使って試算します。
6.1 平均が中央値の何倍になっているかを年代別に計算する
非保有世帯を含む平均値を、同じく非保有世帯を含む中央値で割ると、平均が中央値の何倍にあたるかが分かります。編集部でJ-FLECの年代別データを使って計算しました。
6.2 【平均は中央値の何倍か(編集部試算・年代別)】
平均は中央値の何倍か(年代別・編集部試算)
- 20代:4.20倍(平均525万円・中央値125万円)
- 30代:3.52倍(平均1096万円・中央値311万円)
- 40代:2.97倍(平均1486万円・中央値500万円)
- 50代:2.73倍(平均1908万円・中央値700万円)
- 60代:1.92倍(平均2683万円・中央値1400万円)
30代の3.52倍は、20代の4.20倍に次いで2番目に大きい倍率です。年代が上がるにつれて倍率は下がり、60代では1.92倍まで縮まります。
これは、資産形成の初期段階にあたる年代ほど、一部の世帯が資産を先行して増やす動きの影響を受けやすく、平均値が中央値から離れやすいことを示していると考えられます。
7. 【編集者の視点】
この倍率の傾向から言えるのは、「30代で平均に届かない」ことを過度に問題視する必要はないという点です。平均値そのものが、少数の世帯によって強く引き上げられやすい年代だからです。
一方で、この傾向をもって「だから貯金しなくていい」と考えるのも早計です。中央値311万円という実態値自体が、将来の選択肢を狭める可能性がある水準であることも事実です。
実務上の防衛策としては、平均値との比較をやめ、自分の世帯の貯蓄額の推移を過去数年分で確認することです。前年より増えているか、支出のどの費目が積立の妨げになっているかを、家計簿やアプリの記録で振り返る作業が現実的な一歩になります。
家計の見直しに専門的なアドバイスが必要な場合は、金融庁が案内する認定アドバイザーの制度や、日本FP協会の相談窓口といった公的・準公的な窓口を利用する選択肢もあります。
倍率が縮まっていく傾向は、年代が上がるにつれて資産形成の機会が広く行き渡っていくことの裏返しでもあります。今の30代が将来同じように倍率を縮められるかは、この5年後・10年後のデータで改めて確認する必要がある論点です。
8. 新NISAの非課税枠と、30代の貯金額の関係を見る
最後に、貯蓄額の実態を、資産形成の制度と結びつけて考えます。金融庁によると、新NISAの非課税保有限度額は1800万円です。
8.1 中央値311万円は、非課税枠のどの程度にあたるか
30代の中央値311万円は、新NISAの非課税保有限度額1800万円の17.3%にあたります(編集部試算)。金融資産保有世帯のみの中央値500万円であれば27.8%です。
一方、平均1096万円で見ると60.9%、保有世帯のみの平均1337万円では74.3%にまで達します。同じ「30代の貯金額」という言葉でも、非課税枠への近さは数字の選び方次第で大きく変わります。
8.2 非課税枠を使い切ることが目的ではない
新NISAの年間投資枠は、つみたて投資枠120万円と成長投資枠240万円を合わせて年間360万円です。非課税保有限度額1800万円は、あくまで生涯を通じた上限であり、30代のうちに使い切ることを前提とした制度ではありません。
中央値である311万円と非課税枠1800万円の差を見て焦る必要はなく、この枠は長期にわたって段階的に活用していく前提の制度だと理解しておくことが大切です。
※本記事は、編集部が総務省統計局・金融経済教育推進機構(J-FLEC)・金融庁が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
9. まとめ
- 30代の貯金額は、平均1096万円に対し中央値311万円で、実態に近いのは中央値のほうです。
- 貯金なしの世帯を除いた「保有世帯のみ」の中央値は500万円となり、どちらの中央値かで印象が変わります。
- 総務省の家計調査には「30代」単独の区分がなく、「40歳未満994万円」は20代を含む数字です。
- 平均と中央値の差は年代が若いほど大きく、30代の倍率は20代に次いで高い水準です。
「平均に届かない」という不安の多くは、平均値という指標の性質そのものから生まれています。実態を測るには、中央値がどの範囲の世帯を対象にしているかまで確認する必要があります。
自分の状況を振り返る際は、他人の平均値と比べるのではなく、自分の世帯の貯蓄額が前年からどう変化しているかを確認し、必要であれば公的な相談窓口を活用することをおすすめします。
10. よくある質問
10.1 Q. 30代の貯金額の中央値は311万円と500万円、どちらが正しいですか
A. どちらも正しい数字ですが、対象が異なります。311万円は貯金なしの世帯を含む全世帯の中央値、500万円は金融資産を保有している世帯だけに絞った中央値です(J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査」2025年)。
10.2 Q. 「30代の貯金平均は994万円」という情報を見ましたが正しいですか
A. 994万円は総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)」2025年平均の「40歳未満」の貯蓄現在高(平均値)で、20代の世帯も含まれています。30代だけの数字ではありません。
10.3 Q. なぜ平均値と中央値がこれほど違うのですか
A. 平均値は一部の資産額が大きい世帯によって引き上げられやすく、中央値は世帯を並べたときの真ん中の値のため、極端な値の影響を受けにくいためです。30代は他の年代より平均と中央値の差(倍率)が大きい傾向があります。
10.4 Q. 中央値より貯金が少ない場合、新NISAの非課税枠は関係ないのでしょうか
A. 非課税保有限度額1800万円は生涯を通じた上限で、30代のうちに使い切る前提の制度ではありません。年間投資枠(つみたて120万円+成長240万円)の範囲で、長期的に活用する制度です。
10.5 Q. 平均と中央値の差は、なぜ年代によって違うのですか
A. 編集部でJ-FLECの年代別データから平均を中央値で割った倍率を試算すると、20代4.20倍、30代3.52倍、40代2.97倍、50代2.73倍、60代1.92倍と、年代が上がるにつれて縮まる傾向が確認できます。資産形成の初期段階ほど、一部の世帯の資産増加が平均値を押し上げやすいためと考えられます。
参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年(令和7年)平均結果の概要(二人以上の世帯)」(2026年5月19日公表)
- 金融経済教育推進機構(J-FLEC)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」二人以上世帯調査 各種分類別データ
- 金融庁「新しいNISA」
齊藤 慧
