「おひとりさまの老後資金は、いくら用意すればいいのか」。単身なら支出も少ないはずだと考えて、夫婦世帯の半分くらいを目安にする人がいます。
ところが家計調査を見ると、単身無職世帯の赤字は月2万9980円で、夫婦のみ無職世帯の4万2435円の7割にあたります。半分にはなりません。
そして統計に表れにくい支出が、おひとりさまにはもう一段あります。55〜64歳・独身で、そろそろ自分の数字を出したい人に向けて整理します。
なお、75歳以降の医療費の窓口負担や高額療養費に関する詳しい説明は、下記の記事より一部を引用・参照しています。
【75歳からの医療費】いちばん重い「3割負担」になる年収はいくら?老後の家計を左右する判定基準をズバリ解説
1. この記事の3つのポイント
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単身無職世帯の赤字は月2万9980円です。平均余命で積むと約708万〜882万円になります -
この統計の保健医療費は月8388円だけです。要介護になった後の家計は含まれていません -
高額療養費の上限は2026年8月から引き上げられ、2027年8月にもう一段変わります
2. おひとりさまの家計は、月2万9980円の赤字
まず土台になる数字を確かめます。おひとりさまの老後の家計は、統計上どうなっているのかという点です。
2.1 可処分所得11万8465円に対して、消費支出は14万8445円
家計調査(家計収支編)2025年平均結果によると、65歳以上の単身無職世帯は実収入が13万1456円、可処分所得が11万8465円でした。
一方で消費支出は14万8445円です。差は月2万9980円の不足になります。平均消費性向は125.3%で、手取りの1.25倍を使っている状態です。
夫婦のみ無職世帯の消費性向119.2%より高くなっています。世帯人数が半分でも支出は半分にならないため、単身のほうが手取りに対する負担は重く出ます。
2.2 平均余命で積むと約708万〜882万円
必要額は、月の不足額に必要な年数を掛けて出します。年数には令和7年簡易生命表の65歳の平均余命を使います。
※2025年平均の家計収支が65歳以降変わらないと仮定。年数は令和7年簡易生命表の65歳の平均余命。物価変動、介護・入院などの一時的支出は含まない
2.3 【65歳以上の単身無職世帯の老後必要額】
男性の場合(想定期間:19.68年)
- 1か月あたりの不足額:2万9980円
- 老後資金の必要額目安:約708万円
女性の場合(想定期間:24.52年)
- 1か月あたりの不足額:2万9980円
- 老後資金の必要額目安:約882万円
他の記事で2000万円や4000万円という金額を見かけるのは、介護費用や予備費を独自に上乗せしているためです。ここまでの約708万〜882万円は、公表統計の実支出だけで計算した下限にあたります。
3. 【執筆者コメント】
おひとりさまの相談で最も多い誤解は、「単身だから夫婦の半分」という見立てです。
家計調査の数字を並べると、この見立てが合わないことがはっきりします。消費支出は夫婦26万3979円に対して単身14万8445円で、半分より多い水準です。光熱・水道は単身でも1万5565円かかり、住居費も1万1416円が計上されています。世帯人数で割り切れない固定費があるためです。
実務上の落とし穴は、赤字の絶対額が小さいことで安心してしまうことです。月2万9980円は夫婦の4万2435円より小さく見えますが、手取りに対する比率では単身のほうが重くなっています。手取り11万8465円で月3万円の赤字は、可処分所得の4分の1にあたります。
お勧めするのは、金額ではなく比率で見ることです。手取りの何割を取り崩しているかを出せば、夫婦世帯との比較ではなく自分の家計の耐久性が見えます。
年金の見込額は日本年金機構の「ねんきんネット」で試算でき、50歳以上ならねんきん定期便にも記載があります。
4. この14万8445円に、介護の費用は入っていない
ここからが本題です。前章の14万8445円は、おひとりさまが直面する支出をすべて含んだ金額ではありません。
4.1 保健医療費は月8388円しか計上されていない
単身無職世帯の消費支出14万8445円の費目別内訳を見ると、保健医療費は月8388円(構成比5.7%)です。
食料が4万2545円(28.7%)、その他の消費支出が3万1681円(21.3%)を占め、そのうち交際費が1万4052円(9.5%)です。教養娯楽費は1万6132円(10.9%)でした。
月8388円は、通院や薬代などを含む保険医療費の水準です。入院や介護サービスの自己負担が継続的に発生している家計の姿ではありません。
4.2 統計の「平均」は、要介護になる前の家計
この統計の世帯主の平均年齢は77.8歳です。要介護状態の人も含まれてはいますが、平均値は元気に暮らしている世帯に引っ張られます。
公表資料では、世帯属性別に「要介護になった後の家計収支」は示されていません。つまり介護が始まった後の金額は、この平均の外にあります。
おひとりさまで見落とされやすいのは、家族が担う部分を外部サービスで買う必要が出てくる点です。通院の付き添い、手続きの代行、入院時の身元の引受け。夫婦世帯なら配偶者が担う部分が、費用として表に出てきます。
4.3 年金が国民年金中心なら、不足は月8万円台になる
年金額によって不足額は大きく変わります。厚生労働省が示した令和8年度のライフコース別の概算では、国民年金期間が中心(20年以上)の男性の年金額は月6万3513円でした。
消費支出14万8445円との差は月8万4932円です。平均余命19.68年で計算すると約2006万円になります。前章の約708万円とは3倍近い開きです。
ただしこの年金額は額面で、家計調査の可処分所得11万8465円は税と社会保険料を差し引いた後の手取りです。比べるときは、どちらも手取りにそろえる必要があります。
5. 【執筆者コメント】
「見えないコスト」の正体は、統計の費目に居場所がない支出だと考えています。
介護保険のサービス費、住宅改修、施設に入るときの初期費用。どれも家計調査の平均には薄く均されて入るだけで、実際に発生した世帯の金額としては表に出てきません。月8388円という保健医療費を見て「医療費はそれほどかからない」と読むと、判断を誤ります。
実務上の落とし穴は、おひとりさまの場合、費用が発生する前に「手続きをする人」が必要になる点です。要介護認定は本人か家族が申請します。判断能力が落ちてからでは、成年後見の手続きが先に必要になり、時間もお金もかかります。
ここで効くのが、元気なうちに窓口とつながっておくことです。市区町村の地域包括支援センターは、要介護認定の申請前から相談を受け付けています。ケアマネジャーや民生委員との接点を作っておけば、いざというときの起点になります。
お勧めするのは、年に一度、地域包括支援センターに顔を出しておくことです。費用はかかりません。おひとりさまの場合、この接点があるかどうかが、後の支出の大きさを左右します。
6. 2026年8月、高額療養費の上限が引き上げられた
入院にかかる自己負担には上限があります。ただしその上限額が、2026年8月から変わりました。過去の記事や資料の金額は、すでに古くなっています。
6.1 70歳以上の限度額が変わり、年間の上限が新設された
厚生労働省の資料によると、高額療養費制度は令和8年8月診療分から見直されました。
年収約260万〜約370万円の区分では、70歳以上の月額の上限が5万7600円から6万1500円へ、外来だけにかかる特例の上限が1万8000円から2万2000円へ引き上げられました。
あわせて、この区分に年間53万円という上限が新しく設けられました。直近12か月に3か月以上該当した場合の上限は4万4400円です。
6.2 2027年8月に、もう一段の見直しがある
見直しは1回で終わりません。同じ資料では、令和9年8月からさらに引き上げられることが示されています。
同じ年収区分では、月額の上限が6万9600円へ、外来の特例が2万8000円へ変わります。2年続けて前提が動くことになります。
入院費の見積もりを持っている人は、いつの時点の上限額で計算したかを確かめる必要があります。
6.3 限度額適用認定証は、入院前に用意する
高額療養費は、上限を超えた分が後から払い戻される仕組みです。いったんは窓口で全額を立て替えることになります。
事前に「限度額適用認定証」を用意しておけば、窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えられます。マイナ保険証を利用する場合は不要なケースもあります。
窓口は、国民健康保険なら市区町村、後期高齢者医療制度なら都道府県の広域連合です。医療と介護の自己負担が同じ年に重なった場合は、合算して払い戻す仕組みもあります。いずれも本人の申請が起点です。
7. 【執筆者コメント】
制度が2年続けて変わるという事実は、それ自体が老後資金の設計に影響します。
「入院しても月5万7600円で収まる」という前提で計算していた人は、2026年8月から6万1500円、2027年8月から6万9600円へと上限が動きます。長期の療養が続けば、この差は年単位で積み上がります。
実務上の落とし穴は、還付の仕組みを知らずに立て替えてしまうことです。限度額適用認定証がなければ、窓口でいったん全額を払うことになります。おひとりさまの場合、入院の手続きを自分で進めなければならないため、認定証の申請まで手が回らないことがあります。
お勧めするのは、健康なうちに保険証の種類と窓口を確認しておくことです。75歳になると後期高齢者医療制度に移り、問い合わせ先が市区町村から都道府県の広域連合に変わります。この切り替わりを知らないと、必要なときに窓口を探すことから始めることになります。
自己負担の割合や上限額は所得で決まります。自分がどの区分に当たるかは、市区町村の窓口か広域連合で確認できます。年に一度、送られてくる保険証や決定通知で区分を見ておくと、見積もりの精度が上がります。
8. まとめ
- 65歳以上の単身無職世帯は可処分所得11万8465円に対して消費支出14万8445円で、月2万9980円の不足です。平均余命で積むと約708万〜882万円になります
- この統計の保健医療費は月8388円だけです。要介護になった後の家計は公表資料に含まれておらず、平均の外にあります
- 高額療養費の上限は令和8年8月から引き上げられ、年間の上限も新設されました。令和9年8月にもう一段変わります
おひとりさまの老後資金が読みにくいのは、金額が大きいからではありません。家族が担う部分を外部で買う必要があり、その費用が統計の平均に出てこないからです。
そこで先に決めておきたいのが2つあります。自分の年金は手取りでいくらかという数字と、いざというときに手続きを頼める窓口です。前者は年金事務所、後者は市区町村の地域包括支援センターで、どちらも今日から確認できます。金額の計算はその後で足ります。
9. よくある質問
検索されることの多い疑問を、この記事で用いた公表データにもとづいて整理します。
9.1 Q. 独身の老後資金はいくら必要ですか
A. 2025年平均の家計調査では、65歳以上の単身無職世帯の不足は月2万9980円でした。65歳の平均余命で計算すると約708万〜882万円になります。
ただし年金額で大きく変わります。国民年金期間が中心の場合は不足が月8万円台になり、必要額は2000万円規模になります。
9.2 Q. おひとりさまの老後資金は夫婦の半分でよいですか
A. 半分にはなりません。消費支出は夫婦26万3979円に対して単身14万8445円で、半分より多い水準です。
手取りに対する負担では単身のほうが重く、平均消費性向は夫婦119.2%に対して単身125.3%でした。
9.3 Q. 老後の一人暮らしで介護費用はいくら見ておくべきですか
A. 世帯属性別の介護費用は公表されていないため、統計から金額を出すことはできません。家計調査の保健医療費は月8388円で、通院や薬代などを含む平均額です。
金額を置く前に、要介護認定の申請先である市区町村と、地域包括支援センターに相談しておくことをお勧めします。
参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」2026年2月6日公表
- 総務省統計局「家計調査報告 ―月・四半期・年―」
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- 厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」
- 厚生労働省「令和7年(2025年)簡易生命表の概況」
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」2026年1月23日公表
- 日本年金機構「ねんきんネット」
- 厚生労働省「令和7年簡易生命表」
齊藤 慧
