5. ボーダーラインを超えると手取りが減る?
ボーダーラインを理解するうえで避けて通れないのが、境界線をわずかに超えたときに生じる「実質的な負担増」です。額面の収入は増えたのに、家計の実感が悪化するという逆転が起こり得ます。
5.1 「パートの働きすぎ」や「社会保険の壁」がもたらす影響
たとえば非課税ラインの近くでパートの勤務時間を増やし、年収を少しだけ引き上げたとします。その結果、非課税の対象から外れると、住民税が課税されるだけでなく、介護保険料の段階が上がり、高額療養費の自己負担上限額も引き上がります。国民健康保険料の軽減判定は住民税の非課税基準とは別の算式ですが、同じ所得帯で軽減割合が縮小していきます。低所得世帯向けの臨時給付金の対象からも外れるため、増えた収入以上に失うものが大きくなるケースがあるのです。
同じ構図は、年金の繰下げ受給によって受給額を増やした場合にも生じます。
5.2 【シミュレーション】「106万円の壁」で手取りはどう変わる?
パート収入が「106万円の壁」(一定規模の企業で社会保険加入が義務となる年収の目安)の前後でどう変化するかを、簡易的に試算してみます。社会保険料率は概算15%と仮定し、神戸市の均等割額を用います。
- 年収106万円(社会保険加入なし):所得税・住民税ともにかかりません。雇用保険料のみが引かれ、手取りは概算で約105万円
- 年収120万円(社会保険加入):社会保険料約18万円が新たに発生。住民税は所得割ゼロ・均等割6200円のみで、手取りは概算で約101万円
- 年収150万円(社会保険加入):社会保険料約22万5000円と住民税約2万3000円が発生するが、手取りは概算で約125万円まで回復
この試算はあくまで保険料率などを簡略化した目安ですが、年収106万円から120万円へと14万円増えたにもかかわらず、手取りは約4万円減るという「逆転現象」が起こり得ることが分かります。同じ前提で計算すると、手取りが106万円のケースを上回るのは年収125万円前後からです。
実際の社会保険料率や扶養の条件は勤務先の規模や業種、加入する健康保険組合によって異なるため、この試算はあくまで傾向をつかむための目安として捉えてください。
5.3 【2026年10月から】「106万円の壁」は撤廃されます
なお、ここで前提としている「106万円の壁」は、2025年6月に成立した年金制度改正法により2026年10月で撤廃されます。社会保険の加入要件のうち「月額賃金8.8万円以上(年収106万円相当)」という賃金要件がなくなり、2026年10月以降は「週の所定労働時間20時間以上・2か月を超える雇用見込み・学生でないこと・従業員51人超の企業」を満たせば、年収の金額に関係なく社会保険の加入対象となります。
さらに企業規模要件も2027年10月以降に段階的に縮小され、2029年10月には5人以上の個人事業所も全業種で適用対象となる予定です。「年収を106万円以内に抑えれば加入しなくて済む」という働き方の調整は、2026年9月までの考え方である点に注意してください。
5.4 手取り額(可処分所得)ベースで損益分岐点を見極める
この「崖」を避ける鉄則は、額面ではなく税金・社会保険料を差し引いた後の手取り額で家計を判断することです。境界線付近にいる場合は、扶養の範囲内にきっちり収めるか、社会保険料の負担増を跳ね返して手取りが実質的にプラスに転じる水準まで一気に引き上げるか、という二択を意識する必要があります。
損益分岐点はどの「壁」を超えるかによって変わります。勤務先で社会保険に加入する「106万円の壁」のケースでは、上記の試算どおり年収125万円前後で逆転が解消します。一方、配偶者の扶養から外れて国民健康保険・国民年金に自分で加入する「130万円の壁」のケースは保険料負担がより重く、逆転の解消には年収150万円前後が必要になるとされます。どちらの立場かによって目標額が大きく変わるため、勤務先の社会保険に加入できるのかを先に確認してください。
いずれにせよ、社会保険の壁(106万円や130万円)を中途半端に少しだけ超える働き方は、一時的な手取りの目減りを招きやすい点に注意しましょう。
6. 非課税世帯かどうかを正しく調べる方法
インターネット上の「非課税判定チェッカー」は簡易的な目安にすぎません。自治体(級地)による基準の違いや、控除の適用状況までは完全に反映できないためです。確実に判定を知るには、公的な書類で確認するのが唯一の方法です。
6.1 課税証明書での確認が最も確実
- 課税証明書(非課税証明書)を取得する:市区町村の窓口やマイナンバーカードを使ったコンビニ交付で最新年度の証明書を取得し、税額が0円であることを確認します。これが最も確実な方法です。
- 住民税の決定通知書を見る:課税されている場合、毎年6月頃(給与天引きの人は5〜6月に勤務先経由で)通知書が届きます。所得割・均等割の税額欄を確認しましょう。
ここで注意したいのは、住民税が非課税の人には、そもそも決定通知書が送られない自治体が多いという点です。「通知書が届いていない」ことは非課税の可能性を示すサインではありますが、それだけでは確証になりません。給付金の申請などで正式に証明する必要がある場合は、必ず課税証明書を取得してください。
住民税は前年1月〜12月の所得をもとに計算され、6月から新年度分の課税が始まります。給付金の案内や保険料の軽減判定はこの課税情報を土台に動くため、届いた通知書を開封せずに保管しているだけでは、使えるはずの制度を取りこぼす原因になります。
ボーダーラインは一本の線ではなく、世帯人数・収入の種類・居住自治体によって位置が動きます。まずは公的書類で現在地を確かめることが、家計を守る近道といえるでしょう。
参考資料
- 厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」
- 神戸市「住民税(市県民税)とは」
- 神戸市 よくある質問と回答「いくらまでの収入なら住民税(市県民税)が課税されませんか?」
- 神戸市「住民税(市県民税)の税額の計算方法」
- 神戸市「2024年度からの森林環境税(国税)課税」
- 国税庁「令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について」
- 総務省「個人住民税」
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
中本 智恵
