政策撤回と政権の終焉——45日で終わったトラス政権

市場の猛反発を受け、イギリス政府と中央銀行は慌てて火消しに走ります。9月28日、中央銀行であるイングランド銀行が、市場を落ち着かせるために緊急の国債買入を発表しました。中央銀行が国債を大量に買い支える(量的緩和的な措置)ことで、金利の急騰を抑え込もうとしたのです。

さらに10月17日には、新たに任命されたハント財務相が、トラス首相の目玉政策であった減税策の大部分を撤回すると発表しました。「財源なき減税」という方針を、市場の圧力によって完全に取り下げざるを得なくなったのです。

そして10月20日、トラス首相は辞任を表明しました。9月6日の就任からわずか45日での退陣表明でした。

泉田氏はこの一連の出来事について、政治と市場の関係を端的にこう表現しています。

「金利の政策間違えると首相の首も飛びます」

その後、10月25日にはリシ・スナク氏を新たな首相とする政権が発足しました。スナク氏は、2001年から2004年まで金融機関であるゴールドマン・サックスでアナリストを務めた経歴を持つ人物です。政策が撤回され、新たな体制が敷かれたことで、金利の急騰は収まり、株価もようやく落ち着きを取り戻しました。

二つの事例と日本の「骨太ショック」は構図が同じ

ここまで見てきたトルコとイギリスの事例は、日本の投資家にとっても決して対岸の火事ではありません。なぜなら、2026年夏に日本で起きた「骨太ショック」も、根底にある構図は全く同じだからです。

日本の「骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)」は、首相が議長を務める経済財政諮問会議で毎年6月頃に策定される、政権の重要課題と翌年度予算編成の方向を示す重要な政府文書です。

前年である2025年の骨太方針(決定版)には、日銀との連携について書かれた部分に、日本銀行法への言及や、共同声明、具体的な条番号の名指しは一切ありませんでした。

しかし、2026年6月30日に公表された原案では、総論部分に「日本銀行法」「共同声明」という言葉が新登場し、さらに第4章では次のように特定の条文が名指しされました。

> 「日本銀行法第4条及び政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携し、」

ここで名指しされた「第4条」とは、次のような条文です。

> 「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」

つまり、政府と日銀が連絡を密にするという内容です。一方で、先ほど確認した「自主性は、尊重されなければならない」と定めた「第3条」への言及は、この原案の全38ページの中に一度も登場しませんでした。

この「差分」を市場は敏感に読み取りました。「政府は日銀の独立性(第3条)を軽視し、政府の方針に合わせること(第4条)だけを強調しているのではないか」という疑念が広がったのです。

その結果、日本の長期金利(10年物国債の利回り)は原案公表翌日の7月1日の引値2.711%から急上昇し、7月9日には引値で2.866%、取引時間中には一時2.900%という、1996年11月以来 約29年8カ月ぶりの高水準に達しました。

慌てた政府は火消しに動きます。7月10日、片山さつき財務大臣兼内閣府特命担当大臣は記者会見で、「『骨太ショック』として報じられているのは事実」と認めた上で、「現行の日銀法の考え方は第3条と第4条があってできている」「このことがまさに市場において大事だ」と述べ、金融政策の具体的な手法は日銀に委ねられるべきだと強調しました。

最終的に7月21日の閣議決定版では、総論の脚注に第3条(自主性の尊重)の文言が追加され、事態は決着しました。

この一連の騒動について、泉田氏は市場が持つガバナンス(統治)機能の観点から次のように評価しています。

「そんな政策だったら金利は上がって当然よねっていうのを、マーケットが突きつけたってことなんですよ」

政治が中央銀行に不適切な圧力をかけようとすれば、市場は金利の上昇という形で強烈な「No」を突きつけます。これは資本主義における健全な牽制機能が働いた結果だと言えます。

投資家にとっての含意:株の土壌は金利である

ここまで、中央銀行の独立性と、それを巡る政治と市場の攻防を見てきました。では、これらの事実は、私たち株式投資家にとってどのような意味を持つのでしょうか。

聞き手から、株をやる上で企業の業績だけでなく、こうした金融政策や金利の動向も理解しておく必要があるのかと問われると、泉田氏は投資の極意とも言える視点を次のように語りました。

「株式投資って株だけ見ちゃうじゃん、企業だけ見ちゃうじゃん。でもね、それダメでその土壌が金利と思うのがいいんですよ。基本的な基盤が金利でその上に企業が乗ってて業績があるみたいな」

企業がどれほど素晴らしい商品を作り、利益を上げていたとしても、その企業が根を張っている「土壌」である金利環境が悪化すれば、株価は大きく揺らぎます。イギリスのトラス・ショックで、金利の急騰とともに英国を代表する企業100社で構成されるFTSE100指数が急落したのがその典型例です。

日本では長らく金利のほとんど動かない環境が続き、金利の存在をあまり意識せずに株式投資ができる特殊な状況にありました。しかし、物価が上昇し、金利が動く世界へと移行しつつある現在、投資家は「土壌」の変化にこれまで以上に敏感になる必要があります。

泉田氏はこの記事のテーマを、投資家への強いメッセージとして次のように締めくくっています。

「金利の政策間違えると市場壊しちゃうんで、そこはもう僕らも注意深く見ていかないといけない」

まとめ:政府・日銀・市場のバランスの上に資産の価値がある

政府・日銀・市場のバランス4/4

政府・日銀・市場のバランス

出所:イズミダイズム作成

上の図が示すとおり、私たちの暮らす経済は、政府・日銀・市場という3者のバランスの上に成り立っています。公式文書で何を書き何を省くかを市場は冷徹に読み、独立性は通貨の価値を通じて生活を守る盾として働き、投資家は金利という形で政府の政策に警告を発します。

トルコとイギリスの2つの事例、そして日本の「骨太ショック」に共通していたのは、まさにこの構図でした。日々のニュースの中で「金利」や「独立性」という言葉を見かけたときには、それが自分の投資先企業の足元を揺るがすかもしれない重要なシグナルであることを、ぜひ思い出してください。

参考資料

  • 経済財政運営と改革の基本方針2025(内閣府)
  • 経済財政諮問会議 資料1 経済財政運営と改革の基本方針2026(原案)(内閣府)
  • 経済財政運営と改革の基本方針2026(内閣府)
  • 日本銀行法(e-Gov法令検索)
  • 国債金利情報(財務省)
  • 長期金利上昇、30年ぶり一時2.9%(日本経済新聞)
  • 「骨太」の修文調整、金融政策は日銀に委ねられるべき=片山財務相(ロイター)
  • 片山財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(金融庁)
  • 通貨リラ安が進む中、エルドアン大統領は低金利政策を継続(トルコ)(ジェトロ ビジネス短信)
  • トルコの貿易と投資(ジェトロ)
  • アーバル中央銀行総裁を解任(トルコ)(ジェトロ ビジネス短信)
  • トルコ大統領、中銀総裁を解任(日本経済新聞)
  • コラム 海外経済の潮流148(財務省)
  • 政策金利(トルコ中央銀行)/消費者物価指数(トルコ統計局)
  • Rishi Sunak Joins Goldman Sachs as a Senior Advisor(ゴールドマン・サックス)
  • GLC名目スポット曲線(イングランド銀行)
  • YouTubeチャンネル「イズミダイズム」

※リンクは記事作成時点のものです。