物価高や社会保険料の負担増が続く中、将来の老後資金の頼みの綱となるのが「退職金」です。しかし、いざ自分が働く会社や働き方の実態を見てみると、「うちの会社には退職金制度がないらしい」「派遣社員として働いているけれど、退職金はもらえるのか」「役員に昇格したら退職金はどう変わるのか」といった疑問や不安の声が多く聞かれます。

実は、法律上、企業が従業員に退職金を支払うことは義務付けられていません。厚生労働省の統計でも、約4社に1社の割合で退職金制度が存在しないのが現実です。

さらに、2020年の同一労働同一賃金によって制度化された「派遣社員の退職金」における実務上の落とし穴や、労働基準法の保護対象から外れる「役員の退職金」など、立場によって受け取りのルールは全く異なります。

本記事では、公的データに基づき「退職金がない会社」の割合やメリット・デメリットを整理。さらに派遣・役員といった属性ごとの支給ルールと、退職金に頼らずに資産を守るための具体的な防衛策を解説します。

1. この記事の3つのポイント

  •  約25%の企業が退職金なし: 労働基準法上に支給義務はなく、退職金制度がないこと自体は違法ではない。
  •  属性ごとの罠: 派遣社員は「時給への6%前払い上乗せ」が多く退職時にまとまって入らないケースが多発。役員は株主総会決議が必要。
  •  申請と自助努力: 退職金がない分、毎月の給与からiDeCoやNISAを活用し、自前で「退職金代わりの資産」を作る意識が重要です。

1.1 執筆者者コメント:「退職金の有無」は入社時と昇進時の重大チェック項目

「退職する間際になって、自社に退職金制度がないことを初めて知った」という方もいるのではないでしょうか。退職金は法律上の義務ではなく、あくまで会社の就業規則(退職金規程)によって定められる任意制度です。特に、正社員から役員へ登用された際や、派遣社員として契約を結ぶ際には、「どのような形で退職金が支払われるのか(あるいは支払われないのか)」を契約書面で確実に確認することが、将来の生活設計を狂わせないための第一歩となります。

2. 退職金がない会社は違法?企業の約25%が「制度なし」の現実

結論から言うと、会社に退職金制度がなくても法律違反ではありません。労働基準法において、退職金の支払いは企業の義務として定められていないためです。まずは日本企業のリアルな導入状況を確認してみましょう。

2.1 「就業条件総合調査」から見る退職金制度の導入割合

厚生労働省が公表した「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付制度(退職一時金または退職年金)がある企業の割合は74.9%となっています。

裏を返せば、全体の25.1%(約4社に1社)の企業には退職金制度が存在しないというのが日本の労働市場の実態です。特に従業員数30〜99人の小規模企業では、制度がない企業の割合が約3割に達しています。

2.2 退職金がない会社で働く「メリット」と「デメリット」

退職金がない企業で働くことには、ネガティブな面だけでなく構造的な特徴もあります。

  • メリット: 基本給や月々の手当が高めに設定されている場合があり、勤続年数に縛られずに転職しやすい。
  • デメリット: 退職時にまとまった現金が入らないため、老後資金や住宅ローンの完済計画をご自身で一から構築する必要がある。

2.3 【執筆者の一言メモ】

退職金がない会社にお勤めの方は、「毎月の給与の中に退職金相当額がすでに含まれている」と捉えるのが精神衛生上も実務上も賢明です。月給が多いからといって全額を生活費に使ってしまうのではなく、そのうちの一定割合を「自作の退職金」として別口座や運用口座へ自動積立する仕組みを作ることも視野に入れてみましょう。

3. 【属性別】派遣社員・役員・正社員の退職金のリアルと落とし穴

退職金制度の有無や支給方法は、雇用形態や社内での立場(役職)によって大きく異なります。ここでは勘違いしやすい3つの属性について詳しく解説します。

3.1 派遣社員:「同一労働同一賃金」後の退職金のからくり

2020年4月の法改正(労使協定方式の導入)により、派遣社員にも退職金の支給が実質的に義務化されました。しかし、「退職時にまとまったお金がもらえる」と思っていると期待を裏切られることがあります。

多くの派遣会社では、退職金の支給方法として「時給に6%以上の退職金相当額を上乗せして前払いする方式」を選ぶ傾向にあります。

毎月の給料と一緒に少しずつ支払われているため、何年も派遣で働いた後に契約終了となっても、退職時に一括で退職金が振り込まれるわけではありません。

3.2 役員(取締役・監査役):労働者ではなく「委任関係」の壁

従業員から役員に昇格した場合、立場は「労働者」から「経営の委任関係」へと変わります。これにより労働基準法の適用外となるため、一般社員向けの退職金規程は適用されなくなります。

ただし、部長などの使用人身分を兼ねる「使用人兼務役員」の場合や、昇格時に使用人期間の退職金を精算していないときは、退職時に使用人分を通算して処理できる例外的なルールもあります。

役員への「役員退職慰労金」の支給には、原則として株主総会の決議(金額や算定方法の決定を一任する決議を含む)が必要です。また、近年はコーポレートガバナンスの観点から役員退職慰労金制度自体を廃止し、株式報酬などに移行する企業が増加しています。「役員になれば大きな退職金がもらえる」という昔ながらのイメージは通用しにくくなっています。

3.3 正社員:就業規則に「記載」があれば請求権が発生する

正社員であっても、会社が退職金制度を設けておらず、就業規則や退職金規程、労働契約等に支給条件の定めがなければ、原則として退職金をもらう権利(請求権)はありません。逆に、就業規則、労働協約、労働契約などにより支給条件や計算方法が明確に定められ、労働者が権利として請求できる状態にある場合は、会社側は必ず支払わなければならず、未払いの場合は労働基準法違反となります。

【執筆者のメモ】

「退職時に退職金が出ないのは違法では?」と感じるかもしれませんが、退職金は法律で義務付けられた制度ではありません。就業規則や雇用契約書に定めがない場合、支給されなくても違法ではありません。ご自身の契約書に退職金の記載があるか、今一度見直してみることをおすすめします。

4. 退職金がない会社で「老後資金」を作る3つの現実的防衛策

勤務先に退職金制度がない場合や、派遣社員で前払いされている場合は、国が用意している税制優遇制度を賢く利用して、自力で退職金を代替する仕組みを作りましょう。

4.1 iDeCo(個人型確定拠出年金)で「自分専用の退職金」を作る

退職金がない会社員にとって有効な選択肢がiDeCoです。毎月の掛金が全額「所得控除」になるため、現在の所得税・住民税を減らしながら老後資金を積み立てられます。

さらに、60歳以降に受け取る際にも「退職所得控除」または「公的年金等控除」が適用されるため、税制上のメリットを享受できます。

4.2 新NISAを活用した長期の資産形成

iDeCoと並び頼れる制度なのが新NISAです。運用益が全額非課税になる上、iDeCoと違って「いつでも資金を引き出せる」柔軟性があります。途中で住宅ローンの繰り上げ返済や転職時の生活費として使う可能性がある場合は、新NISAでの積立を優先すると安心です。

4.3 「退職所得控除」の枠を無駄にしないための意識

税制上、退職金には「勤続年数20年までは1年あたり40万円、20年超の部分は1年あたり70万円」という手厚い非課税枠(退職所得控除)が用意されています。

会社から退職金が出ない方は、iDeCoの一時金受け取りでこの手厚い非課税枠をフル活用することが、節税効率を高める鍵となります。その場合は、受け取る順番によって、間隔を空けないと控除枠が調整されるルールがある点に注意が必要です。

5. 執筆者コメント(総括)

「会社が退職金を出してくれない」と嘆くのではなく、「それなら自分で節税しながら退職金を作ろう」と発想を転換することが、これからの時代を生き抜くリスクマネジメントです。特にiDeCoは、国の税制優遇を利用して自分専用の退職金を構築できる優れた制度です。ご自身の雇用契約書や就業規則を確認し、退職金が出ない環境であればこそ、一日も早く個人の防衛策をスタートさせることを検討してみましょう。

この記事がご自身の働き方と契約内容を再確認し、豊かな将来に向けた一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

6. まとめ

退職金がない会社や各属性におけるポイントは以下の通りです。

  • 日本の企業の約25%には退職金制度がなく、制度がなくても法律違反ではない。
  • 派遣社員の退職金は「時給に6%上乗せされる前払い方式」が多く、退職時のまとまった支給は期待しにくい。
  • 役員は労働基準法の労働者ではなく会社法の対象で、役員退職慰労金には株主総会決議などの別ルールが必要となる。
  • 退職金がない環境では、毎月の給与からiDeCoや新NISAを活用し、税制優遇を受けながら自前で資産を作ることも検討しておきたい。

「退職金がないから老後は諦めるしかない」と考える必要はありません。退職金がない会社は、その分月々の給与が高めに設定されていたり、勤続年数にとらわれない柔軟なキャリアを選択しやすかったりという側面もあります。制度の有無を正しく把握し、iDeCoなどを活用して自前で「退職金」を作り出す行動を起こしてみてはいかがでしょうか。

7. よくある質問

7.1 Q1. 途中で退職金制度が廃止されることはありますか?

A. 会社が一方的に退職金制度を廃止・不利益変更することは、労働契約法上、原則として認められていません。ただし、業績不振などの合理的な理由があり、労使交渉を経て労働者の同意を得た場合や、代わりに企業型確定拠出年金(企業型DC)などの新制度へ移行する場合は、制度が変更・廃止されることがあります。

7.2 Q2. 派遣社員の退職金「時給6%上乗せ」は断って退職時に一括でもらえますか?

A. 多くの派遣会社では、会社ごとに締結する労使協定に基づき「時給上乗せ方式(退職金前払い)」を適用しています。この支給方式は労使協定で一律に定められているため、個人の都合や希望だけで「前払いをやめて退職時の一括支給に変えてほしい」と交渉して個人的に変更することは、実務上困難なケースがほとんどです。

7.3 Q3. 契約社員やパートタイマーにも退職金は支払われますか?

A. 正社員と同様に、会社の就業規則(パートタイム労働者等向けの規程)に支給対象として明記されていれば支払われます。また、「同一労働同一賃金」のルールに基づき、正社員と実質的に同じ仕事内容・責任を負っている場合は、パートだからという理由だけで退職金を全額支給しないことが不合理な待遇差とみなされる場合もあります。

7.4 Q4. 役員を退職する際、退職金(退職慰労金)が出ないことはありますか?

A. あります。役員退職慰労金は、株主総会の決議を経て初めて具体的な支給額や支払いが確定します。社内に「役員退職慰労金規程」が存在していても、会社の業績悪化や不祥事、株主総会での否決などにより、支給されないケースや減額されるケースが存在します。

7.5 Q5. 会社に退職金がない場合、iDeCoの上限額はいくらですか?

A. 企業年金(企業型DCや確定給付企業年金など)が一切ない会社にお勤めの会社員の場合、iDeCoの毎月の掛金上限額は「月額2万3000円(年間27万6000円)」となります。なお。2026年12月以降は「月額6万2000円(年間74万4000円)」に引き上げられる予定です。全額を所得控除に活用できるため、老後資金づくりにおいて高い節税効果が見込めます。

参考資料

齊藤 慧