3人の子育てで丸裸になった「自分の弱さ」。心配、不安、怒り…

育児をしなければ、「自分の弱さ」とここまで向き合うことがあっただろうかと考えることが時々あります。育児をしながら筆者が出会ったような弱さは、経験のある方も少なくないのではないでしょうか。

小学生から未就園児の3人の子を育てる筆者が、育児で出会った自分の弱さについてご紹介します。

心配に次ぐ、心配

一括りに「子ども」といいますが、産まれて胸に抱いてみて、喜びと共に命を守る重さを感じました。小さな体に、免疫もそれほど付いておらず、何が危険かも分からない子ども。小さな命を守る責任感はとても重く、文字通り、乳幼児育児は1日中目が離せません。

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思えば妊娠中から、心配の連続でした。「お腹の中の赤ちゃんは大丈夫か、無事産まれるか、生まれても発達や成長は大丈夫か、病気にならないか、園に慣れるか、ケガはしないか…」と、心配しない日はありません。

自分がここまで心配性だとは思いませんでしたが、次第に心配する自分との付き合い方を考えるように。心配するのは子どもを大事に思うからこそ。ついつい心配してしまうけれど、まだ起きていない未来を心配し過ぎても、疲れてしまう。

「子どもにとって」の目線で考えれば、最優先は親が心身の余裕を保つこと。たとえばケガの心配をするなら病院を調べておくなどできることをして不安を減らし、その後は考えないようにしています。

そのように「目線を変えること」と「自分ができること」を考えるようになりました。

病気に関する無知や無力と、看病時の判断

育児で最も大変なのが看病です。小さな子が高熱を出すのは心配ですし、ネットを見れば不安になるような様々な情報が書いてあります。何とかしてやりたいけれど、子どもの病気については知識も経験もなし。看病についても知識がなく、これで本当に大丈夫なのか分からず、無力な自分を痛感します。

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宮野 茉莉子

東京女子大学哲学科を卒業後、野村證券を経て2011年よりライターへ。
主な執筆分野は育児、教育、ライフハック、女性の社会問題、哲学など。
子どもから大人まで「自分の頭で考える」哲学の面白みを伝えるべく執筆中。禅好きの3児の母。