5月27日の欧州議会選挙(定数751)では、これまで欧州議会を主導してきた中道右派の欧州人民党(EPP)と中道左派の欧州社会・進歩同盟(S&D)の2党が議席を大幅に減らし、2党の連立による過半数支配が崩れる結果となりました。

リベラル派・環境派が躍進、反EU勢力は多数派工作に動くが…

躍進したのは、リベラル派や環境派と言われる勢力です。リベラル派全体では今回40議席余り増やして第3会派に躍り出ました。マクロン仏大統領が率いる「共和国前進」党も初めて議席を確保して計21議席を獲得し、リベラル派を主導することになると見込まれます。EU企業の保護や温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定の順守を公約に掲げた環境派の議席も52から69に増えました。

選挙前には勢力の拡大が予想されていたナショナリズムを掲げる反EU派も、改選前よりも議席数を伸ばし一定の存在感を持つようになりました。暫定集計によると、反EU勢力は170議席余りを獲得し、全体に占める議席の比率は改選前の20%から23%に上昇しました。しかし、予想ほどに議席数が増えなかったということも事実で、反EU派だけで多数を占めるというには遠い状況です。

反EU勢力も多数派工作に動いてはいます。イタリアの極右政党「同盟」を率いるサルビーニ副首相は、仏「国民連合(RN)」や英「ブレグジット党」、ハンガリーのオルバン首相(右派)などと協議していることを明らかにし、欧州議会で150人の議員グループの立ち上げを目指すと述べました。

反EU勢力3会派のうち、英独立党(UKIP)とイタリアの反体制派「五つ星運動」などから成る会派「自由と直接民主主義の欧州(EFDD)」は、選挙後の議席数が会派結成に必要な7議席に達せず会派は消滅する見込みです。右派が「同盟」を中心にまとまる動きも全く考えられないことではありません。

また、中道右派の欧州人民党(EPP)内でも、右寄りの議員やハンガリーのオルバン首相がEPPを離脱する可能性が伝えられています。イタリアではベルルスコーニ元首相がEPPに対して政策を右派寄りに軌道修正するよう求めており、ベルルスコーニ氏率いる「フォルツァ・イタリア」の動向も不透明です。

しかし各国でナショナリズムを掲げる勢力は、政策で食い違いが大きいのも事実です。東欧の右派議員は、EU各国で難民受け入れを分担すべきだとのイタリアの訴えには、反対しています。

ポーランドの「法と正義」は、サルビーニ氏(伊)やルペン氏(仏)は、親ロシアでプーチン寄りの姿勢を強めていることに懸念を表明しています。財政政策でも、サルビーニ氏はイタリアの予算案がEUの財政ルールに縛られていることを嫌って、柔軟なルール適用を主張していますが、オーストリアの極右「自由党(FPO)」は、これを冷ややかに批判しています。

また、今回の欧州議会選で反EU派の議席増の理由のひとつは29議席を獲得した英ブレグジット党です。EU離脱を目指す英国が、EU離脱合意の承認に至れば、この29議席は議会から消え反EU派の議席割合は減ることになります。共通の政策目標の下で反EU派が結集し、多数派工作を実現して、親EU派に対抗する一大勢力を形成することは容易ではないと思われます。

環境派の勢力拡大が通商問題に与える影響

引き続き、欧州議会は中道派とリベラル派が数の上では優勢です。しかし、議席がより多様かつ多政党に分散したことも事実で、議会運営には影響が出てくるでしょう。政策の決定には、欧州人民党(EPP)と欧州社会・進歩同盟(S&D)の2党では決められず、多数派工作により時間と労力がかかることになると予想されます。

また、リベラル派・環境派政党が勢力を拡大したことで、今後の欧州議会の政策決定には、彼らの支持を取り付けなければならない場面が増えるでしょう。気候変動への影響などが重視されるようになる公算が大きいと予想されます。

欧州人民党・中道左派の欧州社会・進歩同盟は、リベラル派の欧州自由民主連盟(ALDE)と親EU連合を形成し、これにさらに環境派を加えて、欧州議会の主導権を握るという楽観的な構想もあります。しかし、環境派が柔軟な対応をするということは予想しがたいのも事実です。

2009年以降、EUの通商合意は、欧州議会の承認が必要となりました。それ以降に実現した通商協定では、持続的な経済発展の促進や、食品の安全性、温暖化対策などがより多く盛り込まれるようになってきています。

しかし、たとえば、EUがカナダ、日本、シンガポールと交わした自由貿易協定では、環境派は市民や労働者の権利よりも大企業の権利が優先され、金融サービス自由化などの規制緩和に重点が置かれており、環境や消費者にとっての安全性や高品質の基準という観点ではマイナスだと評価したことを理由に、反対票を投じました。

環境派は、中国に対しても、環境や消費者保護などで強硬姿勢を取ることをEUに求めています。今後、中南米諸国が加盟する南部共同市場(メルコスル)や、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシアなどと自由貿易協定を結ぶ可能性があるほか、EU離脱後の英国とも新たな合意を交わす必要があります。米国との通商協議も、避けられません。

こうした協議で、環境問題などで追加的かつ強いコミットメントを交渉相手に求めていくとすれば、通商交渉が難航することも懸念されます。

こうしてみると、今後5年間の欧州議会の運営は、中道・親EUを軸として、リベラルを巻き込みながら親EU路線を継承すると予想されますが、議案ごとに多数派工作を行わなければならない可能性が高く、相当に困難なものになると思われます。米中が覇権争いでしのぎを削る中で、欧州がどのように関わるかも含めて、欧州議会には注目をしていきたいと思います。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一