近くて遠い他人、義両親。まったくの他人なら、聞き流せるひと言や、笑って済ませる言動も、なぜか義両親にされたり言われたりすると、心穏やかではいられない。
それはなぜか?なぜなら、義両親との関係が、ときとして夫婦の関係に影響を及ぼすからではないでしょうか。

また、相手が「嫁だから」と、遠慮なしにこちらのテリトリーにずかずか入ってくるデリカシーの無さがイヤ、という人もいるかもしれません。義両親問題に限らず、人間関係のトラブルの原因は、えてして「思いやりのなさ」が発端になることが多いのです。

「わかりあえないなぁ」と思っている相手と、無理矢理わかりあおうと努力することこそ、不毛で疲れることはありません。「義両親とわかりあえないあなぁ」と感じた人は、そのまま「私は義両親とはわかりあえないんだ」とあっさり認めてしまえばいいのです。

「夫の両親だから」「家族だから」と無理に相手に合わせる必要もありませんし、相手の機嫌を取るようなマネをすることもないでしょう。
相手が変わるつもりがないのに、自分だけ相手の価値観にあわせる努力をするのはしんどいもの。ときには諦めることで楽になれる人間関係もあるのです。

とはいえ、ここで大切なのは、パートナーがどれだけ理解してくれるか。義両親のデリカシーのない言動を余裕を持って受けとめられるかどうか、これって夫がどれくらい理解してくれるかによるところが大きいのです。

義両親の愚痴を黙って聞いてくれて、「いつも苦労かけてごめんな」と言ってくれる、義両親と対立しても必ず夫は自分の味方をしてくれる、という信頼を構築できればベスト。
それが望めない夫なら、自分の気持ちが破たんする前に、気持ちの落としどころを見つけることが大切です。

異文化交流と割り切って

何度も繰り返しますが、世代、文化、生き方がまったく異なる義両親と、何もなくても心が通じ合う、というのはまれな話。良好な関係を構築するには双方の思いやりと努力が必要です。どうしてもわかりあえない、自分の気持ちを理解してもらえない、と感じるのなら、義両親との交流は、異文化間同士のコミュニケ―ション、と割り切ってしまうのもいいでしょう。

「あぁ、私はこう考えてるけど、お義父さん、お義母さんはこう考えてるんだ、おもしろいな」なんて思える境地に達することができれば…最高ですね。

大中 千景