5月9日、タイ総選挙(下院選挙)の公式結果がようやく発表されました。投票は3月24日でしたが、選挙管理委員会が最終結果の発表を国王の戴冠式などを理由に先延ばししていたものです。

反軍事政権政党が第1党にはなったが

下院の新勢力は、下院の定数500に対し、反軍事政権勢力であるタクシン元首相派の「タイ貢献党」が136議席を獲得して第1党となり、親軍政勢力である「国民国家の力党」が115議席で第2党になりました。その他は、「新未来党」が80議席を獲得して第3党として躍進し、事前には第三勢力になると予想された「民主党」は52議席にとどまりました。

「新未来党」は、従来の政党に飽き足らず、現状に不満を持つ若者たちを中心に党勢拡大に成功しました。一方で、政権を担当したこともある「民主党」は、軍政か民政か、タクシン派か反タクシン派かという対立の構図の中で埋没してしまい、期待に反して伸び悩みました。

ただ、反軍政を明言している政党の議席をすべて足しても、下院の過半数には達しない模様で、軍政勢力が政権を維持することがほぼ固まりました。親軍政政党である「国民国家の力党」は、下院単独では第2位の政党ですが、「民主党」や「タイの誇り党」、その他11の小政党を取り込んで連立し、政権を樹立する見込みです。

そもそも、今回の総選挙の実施に当たって、首相の選出方法は、上下両院の議員(750議席)の投票により決まるように改訂されました。そのうえ、上院(定数250)は軍が議員を任命する仕組みであるため、軍勢力は下院で126議席を確保すれば過半数376議席に手が届きます。

今回の選挙結果では、反軍政勢力側に政権樹立の可能性は事実上なくなり、軍政のプラユット暫定首相が「続投」する可能性がより濃厚になりました。ただ、連立政権の下院の議席数は過半数を辛うじて上回る数となる見込みです。連立政権が安定して政権運営できるかどうかは不透明と言わざるを得ません。

今回の総選挙には数多くの問題点も

2月16日付の『タイでは8年ぶりに総選挙実施へ。混沌とした政治情勢の背景は?』でも解説したように、今回の総選挙は小選挙区と比例代表を組み合わせて、特定政党が大勝することを困難にし、単独では過半数を獲得できないように設計されていました。過去の総選挙で、地方や農村の貧困層から支持を集め、勝ち続けてきたタクシン派の復権を阻む狙いがあったといえます。

加えて、比例代表の議席配分方法も、必要最低得票数を低くするなどして議席が小規模政党にも配分され、より分散されることとなりました。これにより、「タイ貢献党」は、投票直後の獲得見込み議席より、実際の議席が少なくなった模様です。

そこで「タイ貢献党」など7党で構成する反軍政勢力「民主戦線」は、選挙制度と選挙管理委員会による「意図的な操作」が行われたと批判を強めています。選管が採用した比例代表の議席配分の計算方法が、事前に言われていた方法とは異なるとの批判や、軍政勢力に有利な取り扱いをしているとして猛反発しており、法的手段に訴える準備をしているようです。

逆に、反軍事政権を掲げ第3党に躍進した「新未来党」のタナトーン党首には、メディア関連企業株を所有したままの出馬を禁じた法律に違反した疑いがあるとして、選挙管理委員会から当選の無効を憲法裁判所に申し立てられました。

今回の総選挙は、民政移管を看板に実施されましたが、どうやっても軍政勢力が政権を維持できるように仕組まれた選挙であり、「民意」で選ばれたとする正当性を付与するための選挙だったという評価になりそうです。また、選挙管理委員会が中立とは言えない振る舞いをして、軍政勢力に有利な取り扱いが指摘されるなど、数々の問題も残しました。

今月初めには、新国王の戴冠式も行われ、懸案だった王位の継承も完了しました。先週バンコクに出張して街で感じたのは、服喪期間の沈滞した雰囲気とは打って変わって、明るく前向きな活気が戻っていたことです。

タイ経済は、アセアンでは先行して工業化し発展してきましたが、最近の成長率では周囲の国に見劣りし、勢いに欠けているのも事実です。タイがいっそう発展するために政治・社会が安定して、アセアンをけん引する大国として一段と発展することを祈りたいと思っています。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一