秋風が心地よい季節になった10月、明日は今年5回目の年金支給日です。そんな年金は原則65歳から受け取れますが、希望すれば最大5年繰り上げて60歳から受給開始することも可能です。早期に資金を得られる「繰上げ受給」は魅力的ですが、「長生きすると損」と言われることもあり、受給を迷う人も多いのではないでしょうか。

繰り上げ受給のイメージ1/3

繰り上げ受給のイメージ

出所:日本年金機構「老齢年金ガイド令和7年度版」

年金が減額されるため、累計受取総額が65歳開始の場合と同じになる年齢、「損益分岐点」が受給判断の一つの目安になります。

今回は、年金から税金や社会保険料が引かれることを考慮し、額面ベースと手取りベースの2つの例で損益分岐点を具体的な計算で比較します。手取りで考えると、損益分岐点は何歳になるのか?そして、この損益分岐点以上に、繰上げ受給で考慮すべき重大なデメリットについても解説します。

1. 年金の繰上げ受給、「額面ベース」損益分岐点は何歳?

まず、税金や社会保険料を考慮せず、年金の「額面(満額)」だけで比較した場合の損益分岐点を試算します。繰上げ減額率は日本年金機構の「繰上げ減額率早見表」(昭和37年4月2日以降生まれの方)の早見表を参考にします。

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繰上げ減額率早見表(昭和37年4月2日以降生まれの方)

出所:日本年金機構「繰上げ減額率早見表(昭和37年4月2日以降生まれの方)」

◆前提条件(額面ベース・手取りベース共通)

次のような単身者を想定して試算します。

  • 居住地:東京23区
  • 60歳で退職後、無職
  • 65歳から受給する場合の年金額:168万円(月額14万円)
  • 60歳0か月で繰り上げ受給開始

60歳0か月で繰り上げた場合、1か月あたり0.4%の減額が60か月分適用され、合計で24.0%の減額となります。この場合の年金額は以下の通りです。

  • 60歳0か月受給の額面の年金額
    →168万円×(1-0.24)=127万6800円

また、この年金額を65歳までの5年間で先行して受け取る総額は以下の通り。

  • 65歳までの5年間、先行して受け取る年金総額
    →127万6800円×5年=638万4000円

1.1 「額面ベース」の損益分岐点

60歳繰上げ受給者は、65歳になるまでの5年間で総額638万4000円を先行して受け取ります。65歳以降、この先行額を埋めるのにかかる期間は、65歳受給との年額差額で割ることで求められます。

  • 65歳受給との年額差額
    →168万円-127万6800円=40万3200円

65歳までの先行受け取り総額を、この年額差額で割ると、差額が逆転するまでの年数が分かります。

  • 差額が逆転するまでの年数
    →638万4000円÷40万3200円=15.83年

65歳に15. 83年足した年齢、つまり80歳10か月が損益分岐点となります。

2. 年金の繰上げ受給、「手取りベース」損益分岐点は何歳?

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手取りベースで試算

Doidam 10/shutterstock.com

額面ベースの計算はシンプルですが、実際の家計に直結する「手取り額」で考える方がより現実的です。実際の生活費を考える上で最も重要なのは、年金から税金(所得税・住民税)や社会保険料(国民健康保険料・介護保険料)が引かれた後の「手取り額」です。年金額が少ない場合、国民健康保険料などの負担が軽くなる傾向があるため、手取りベースで見ると損益分岐点は額面よりもやや後ろにずれる可能性があります。

ここでは試算を分かりやすくするため、年金から控除される金額をモデルケースとして仮定して手取り額を概算します。

2.1 税金・社会保険料の控除額を仮定する

手取り額を試算するため、以下の通りに税金・社会保険料の控除額を仮定します。

※便宜上のモデル数値であり、正確な額は個人によって異なります。

  • 65歳受給:年金額168万円→控除額18万円→手取り150万円
  • 60歳受給:年金額127万6800円→控除額11万円→手取り116万6800円

仮定した控除額は、国民健康保険料の軽減効果などにより、60歳繰上げ受給の方が低くなります。

また、この手取り額をもとに、65歳までの5年間で先行して受け取る総額を試算します。

  • 65歳までの5年間、先行して受け取る年金総額
    →116万6800円×5年=583万4000円

2.2 「手取りベース」の損益分岐点

手取りベースの損益分岐点も額面ベース同様に試算します。60歳繰上げ受給者は、65歳になるまでの5年間で総額583万4000円を先行して受け取ります。65歳以降、この先行額を埋めるのにかかる期間は、65歳受給との年額差額で割ることで求められます。

  • 65歳受給との年額差額
    →150万円-116万6800円=33万3200円

65歳までの先行受け取り総額を、この年額差額で割ると、差額が逆転するまでの年数が分かります。

  • 差額が逆転するまでの年数
    →583万4000円÷33万3200円=17.51年

65歳に17. 51年足した年齢、つまり82歳6か月が損益分岐点となります。

2.3 損益分岐点「額面」と「手取り」の違い

一般的には、額面(税金・社会保険料を引く前)で比較した場合、繰上げ・繰下げの損益分岐点はおおむね「20年前後」とされています。しかし、実際に手元に残る手取り額で考えると、年金額が少ないほど国民健康保険料などの負担が軽くなるため、損益分岐点はさらに後ろ倒しになる傾向があります。

この「後ろ倒し幅」は繰上げ月数によって変動しますが、概ね額面よりも2年前後、より長い期間受給することで、65歳からの受給額が繰上げ受給の総額を上回る傾向が見られます。損益分岐点は、繰り上げ受給と65歳受給の累計受取額が同じになる年齢の目安です。

実際の寿命は誰にも分からないため、受給のタイミングは老後の生活費や退職時の資金状況を踏まえて、無理のないプランで決めることが大切です。

3. 年金の繰上げ受給、「損益分岐点よりも重要?」考慮すべき注意点とは?

今回は、年金「繰上げ受給」をテーマに、累計受取額が逆転する損益分岐点について、具体的な試算結果をもとに解説しました。額面ベースでは80歳10か月でしたが、実際に手元に残る手取りベースで考えると82歳6か月と、約2年後ろ倒しになることが分かりました。

損益分岐点の年齢は、平均寿命を考慮すると超えてしまう可能性が高く、「長生きすると総受給額が少なくなる」ということが言えます。さらに、繰上げ受給には障害年金の請求権喪失や、寡婦年金を受け取れない期間が生じるといったデメリットもあります。

ご自身の健康状態や退職後の資金計画を照らし合わせ、「早期に資金を確保するメリット」とともに「生涯減額や保障を失うデメリット」も検討項目に入れ、無理のないタイミングで受給開始を判断することが大切です。

参考資料

村岸 理美