若手社員「このアイデア、商品化したらめちゃくちゃ売れると思うんですよ。実際、僕の知り合い何人かに聞いてみたんですけど『こういう商品があったらほしい』ってみんな言ってました。ぜひやらせてください!」
上司「いや、熱意はわかるんだけど、それって単に君のまわりの人の感想でしょ。客観的な数字で提案してよ」
ビジネスの場で「数字で裏づけを取る」のは基本中の基本。多くのビジネスパーソンにとって「データ分析」は必須のスキルともいえます。でも、『新装版 問題解決のためのデータ分析』の著者である齋藤健太さんはこう注意します。「データ分析は、ビジネスのさまざまな課題やその原因をつかみ、解決するのに役立つスキルですが、『よし、やるぞ』と意気込んだ人がついついはまっちゃう『落とし穴』があるんです」。同書をもとに、その「データ分析の罠」を解説してもらいました。
データ分析で「ついはまっちゃう」罠
データ分析をして原因を見つけようとするとき、具体的な「目的」を決めないままに情報を集めたり、分析に入ったりしてしまうと、「まったく役に立たない情報を集めてしまう」「ムダな情報が集まってかえって頭が混乱してしまう」といったことが起こり、結果として時間をムダにしてしまうことがよくあります。一番問題なのは、
膨大な数値データをとりあえず分析して、「そこからわかったことを元に次の施策を立てたい」ということで、目的を決めずにデータ分析に入る
↓
すると、結局は何もわからず、迷路に迷い込んでしまう
というパターンでしょう。
そうならないためにも、具体的な課題を見つけ、現時点での仮説とその根拠は何か、仮説を確かめるにはどんな情報を集めてデータ分析する必要があるのかを検討する、次のような一本筋の通ったアプローチをとることが大切です。
ステップ1 課題の見極め(目的の明確化)
ステップ2 仮説の洗い出しと絞り込み
ステップ3 分析方法の定義
ステップ4 情報(データ)の収集
ステップ5 分析
それでは、この5つのステップを細かく見ていきましょう。
ステップ1 課題の見極め(目的の明確化)
スポーツや学生時代の試験勉強、あるいは自分自身の人生設計も同じですが、「目的」を明確にしておかないと、データ分析の進め方を間違えてしまい、大幅に遠回りをしてしまう可能性が大いにあり得ます。
逆にいえば、ゴールを定めて、そのゴールに向かって最適なデータ分析をすることができれば、より速く的確な戦略や打ち手を導き出せることになります。特に、時間の流れの速い現代のビジネスにおいては、いち早く自社の問題となっている原因を探り、問題を解決するための解答を導き出すことが、売上を伸ばすため、あるいは競合他社に勝つためには欠かせないのです。
▽最初は漠然とした課題でもOK
しかし、実際には、目的を決めずにデータ分析を行っている企業の例をよく見聞きします。クライアント企業の方が作成された数値データを見せていただくことも多いのですが、単に売上や利益などの数字を時系列で並べたものや、使った広告費に対してどの程度の売上があったのかなど、少し加工した程度のものが多くみられます。
もちろん今の状態を「把握」するためには意味のあるものだと思いますが、多くの場合、それだけでは必要な「打ち手」へとつなげることはできません。データ分析に対して資金や人を投入しているのであれば、コストに見合う成果を得たいものです。そのためにも、「目的の明確化」が必要なのですね。
もし、最初から明確化することがちょっと難しいのであれば、はじめは「売上減少」などの漠然とした問題でもかまいません(あるいは売上増加といった目的でもかまいません)。徐々に目的を明確にしていけばよいのです。目的を明確にすればするほど、そのあとの分析もスムーズに進みます。また、目的は具体化したほうが、それに対する打ち手もシンプルでわかりやすいものになります。
ステップ2 仮説の洗い出しと絞り込み
仮説とは、その言葉の通り「仮の答え」になります。真偽はともかくとして、「ある論点に対する仮の答え」や「わかっていないことに関する仮の答え」ですね。たとえば「この事業は儲かるはずだ」や「この問題の原因はここにあるに違いない」といったことになります。データ分析において、どのような場面でも必要になるのが、この「仮説を構築すること」です。仮説は、データ分析や数字で検証するための拠り所となるのです。
しかし、仮説をすべて洗い出したら、その数は膨大なものになるでしょう。それらすべてを実行に移すことは、現実的ではありませんよね。そのため、優先順位をつけて絞り込んでいく必要があります。
経験がある人であれば、統計的に過去の実績や勘によって打ち手を想定して、自然に優先順位づけをすることができるでしょう。とはいえ、実際はそうしたスキルを持っていない人が多いと思います。そのような方にぜひおすすめしたいアプローチがあります。それは、「データ分析をしていくことで、複数の仮説の中から優先順位をつけていき、確度の高い打ち手を絞り込む」という手法です。
▽仮説の中から優先順位をつける
この方法を使えば、複数出てきた仮説の中から最も問題解決に貢献しそうな仮説を選択することができ、経験や勘に頼ることなく確度の高い打ち手を絞り込んでいくことができます。こう書くと、いかにも難しそうなのですが、例で考えてみれば簡単です。
たとえば、原因が何かはわからないのですが、「売上減少」という状況が起こり、社員がそれぞれの立場で売上減少の要因を考えた結果、10個の課題仮説が出たとします。本来はこの10個の課題仮説すべてに対して改善していきたいのですが、実際にはすべての仮説に対して人的リソースや時間的リソースをかけることはできません。しかし、少なくとも2~3個に絞り込まなければ現実的に難しいという場合、どうしても今までの経験や勘で絞り込まれることが多いのではないでしょうか。
そこで威力を発揮するのが、問題解決の考え方とデータ分析です。問題解決の考え方をすることで、課題とそれに対する解決策の仮説を洗い出すことができ、その仮説を証明するのは、データ分析になります。
▽データ分析で絞り込む
では、具体的にどのように絞り込むかですが、データ分析を行うことで、たくさんの仮説の中から優先順位をつけることができます。たとえば「客数が減少しているのか、それとも客単価が減少しているのか」がわかれば、10個ある仮説はさらに絞り込めるでしょう。さらに、「客数の減少」が顕著であれば、「新規顧客の減少」「既存顧客のリピート率の減少」など原因と仮説と打ち手を絞り込むことができます。
このように、洗い出した仮説に対してより適切に「当たり」をつけていくことができるのがデータ分析なのです。
「経験や勘」と「複数の仮説の中から優先順位をつけていく」方法の2つのアプローチ、どちらが絶対にいいということはありませんが、この記事をお読みの方には、後者のプロセスを実行することを強くおすすめします。この仮説の立て方や絞り込み次第で、データ分析の精度は大きく異なるものになることを覚えておいてください。
ステップ3 分析方法の定義
ここでは、仮説を検証するために、どんな数値データが必要なのか、どのような分析方法を行えばよいのかを整理していきます。具体的には、現在、自社が持っているデータのほか、あらゆるデータの中から、どのデータを使って分析を行うのかを検討します。
分析方法の定義については、課題や出てきた仮説によってやり方が大きく変わってくるため、ステップ2で洗い出した仮説を検証するために何を分析していく必要があるのかを、抜け漏れなく整理することが、とても重要になります。
ステップ4 情報(データ)の収集
ここでは、ステップ3で定義したデータ分析方法に基づいて、必要な情報(使用するデータ)を探していきます。
情報収集の方法や集めるデータについては非常に多岐にわたりますが、「ステップ3で定義した分析方法を実現させるためのデータを、いかにして集めて整理するか」が、大きな鍵になってきます。
ステップ5 分析
最後に、集めた数値データを使った分析を進めていきます。他のさまざまな仕事や業務と同様、データ分析についても、経験の数によってスピードや精度は上がっていきますが、ポイントさえ押さえてしまえば、初心者でも一定の成果を出すことができるのもデータ分析です。
以上、「データ分析の罠」にはまらないための「5つのステップ」を解説しました。データ分析は、このような流れで進めていくとよいのです。
■ 齋藤健太(さいとう・けんた)
株式会社クロスメディア・コンサルティング代表取締役社長。慶応義塾大学理工学部卒業。(株)船井総合研究所にて戦略コンサルティング部に属し、主に中期経営計画策定やマーケティング戦略の構築等に携わった後、2012年1月に独立。独立後も製造業から小売等まで大小さまざまな企業の課題発見に従事し、成果を上げる。特に、データ分析においては、他のコンサルティングファームからも依頼がくる実績を持つ。2018年10月にクロスメディア・コンサルティングを設立、現在に至る。
齋藤氏の著書:
『新装版 問題解決のためのデータ分析』
齋藤 健太