「株価は美人投票だ」と言われます。聞いたことはあっても意味はわからない、という人も多いようなので、久留米大学商学部の塚崎公義教授が解説します。

ケインズ時代の美人投票は今と違う制度だった

「株価は美人投票だ」というのは、経済学者ケインズの言葉です。これだけを聞いて意味がわかる人は、おそらく皆無だと思います。それは、当時の美人投票が今と異なるものだったからです。

今の美人投票は、審査員が候補者の中から美人だと思う候補に投票し、最多得票者がトロフィーをもらって終わりですが、当時の美人登場は優勝者に投票した審査員も商品がもらえたのです。

読者がケインズ時代の審査員だったら、何を考えて投票しますか? 自分はAが美人だと思うが、Bが登場した時に周囲の審査員が拍手をしたとします。Aに投票しても何ももらえませんが、Bに投票すれば商品がもらえるかもしれません。

そうだとすれば、自分が美人だと思う候補に投票するより、他の審査員が美人だと思っていそうな候補に投票すべきです。さらに言えば、美人か否かではなく、他の審査員が優勝しそうだと考えている候補に投票すべきだということになります。

場合によっては「Cが審査員に賄賂を贈ったから、Cが勝つらしい」という噂が流れるかもしれません。そうした噂が流れると、審査員たちはCの優勝を予想してCに投票するでしょうから、本当にCが優勝する可能性が高くなるでしょう。

短期売買ならば真実より噂が重要かも

さて、読者がCの友人で、Cが賄賂を贈っていないことを知っていたら、どうしますか? やはりCに投票すべきですね。自分以外の審査員が誤った噂を信じてCに投票するならば、Cが優勝し、Cに投票した審査員が賞品をもらえるからです。

このことは、「真実を知ることよりも噂を探ることが重要だ」ということを意味します。壇上の候補者を眺めていても賞品はもらえないのです。同様に、株を買うときに会社の決算書を眺めていても儲けることは難しいのです。

さて、著名な経済評論家が有料ニュースレターを出すとします。「値上がりしそうな銘柄10選」を有料会員に送り、翌日一般公開するとします。有料会員は、明日になったら値上がりする可能性が高い銘柄を今日のうちに知れるわけですから、代金が高くてもニュースレターを購入したくなるはずです。

ここで重要なのは、「明日になったら公開される」ということです。あるいは「著名人がニュースレターでこう書いている」という噂が広まることでも良いでしょう。著名経済評論家が予想したことを永遠に有料会員だけしか知らなかったら、上がらない確率も結構ありますが、発表すればそのこと自体が株価を値上がりさせてしまうわけですから。

アベノミクスの株高も当初は美人投票だった

2012年、衆議院の解散が決まった瞬間から、日本の株価は上昇を始めました。まだ民主党政権が続いているのに、です。それは、「総選挙の結果、自民党が勝ち、安倍晋三内閣が発足して大胆な金融緩和をするだろう」と投資家たちが考えたからです。

「大胆な金融緩和をすれば、大量の資金が世の中に出回り、株価が上がるだろうから、今のうちに株を買っておこう」と投資家たちが考えたのです。

じつは、銀行出身の筆者は、大胆な金融緩和をしても資金が世の中に出回らないことを知っていました。日銀が銀行の金庫に札束を置いていっても、銀行は貸出先を見つけることができないので、札束をそのまま日銀に送り返して預金(銀行が日銀に持っている預金口座は準備預金と呼ばれます)してしまうことを知っていたからです。

しかし筆者は、株を買いました。「銀行員ではない投資家たちが世の中に資金が出回ると信じて株を買うだろう。そうなれば株価は上がるだろう。その前に買っておこう」と考えたからです。

こうして、世の中に資金が出回ると考えた人も出回らないことを知っていた人も株を買ったので、株価が大幅に上昇した、というわけですね。

長期投資は美人投票ではないので要注意