いまやAI(人工知能)技術はさまざまな場面で活用され、私たちの仕事や生活の中にもどんどん取り入れられてきます。欧州屈指のビジネススクールであるスペインのIE Business Schoolで、「ビジネスとアート」というテーマで教鞭を執るニール・ヒンディ氏は、このような状況に対して「AIのようなテクノロジーが発達すると、人間にとって『創造的スキル』がますます重要になってくる」と話します。

 同氏は、売れ行き好調の著書『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』の中で、人間が「創造的なスキル」を高めるために必要なのは何かを解きほぐしています。1月18日(金)には、東京・代官山蔦屋書店で来日記念トークイベントに登壇するニール・ヒンディ氏の著書から、その本質をひもときます。

AIが示した「創造性」

AIがすべての職場に進出するなら、私たちは自分の居場所をどうやって確保すればよいのだろう。正確に仕事をこなし、24時間、365日、休みなく働き、最終的には人件費の削減につながるAIに、私たちはどうやって太刀打ちするのか。

AIの職場進出から身を守る方法を探る前に、まずAIがどこまで進歩しているかを見ておこう。AIには人間のような創造性はないが、別の形で創造性を発揮することはできるのかもしれない。それが可能なことは2016年、世界トップクラスの囲碁棋士の一人であるイ・セドル9段と、Google傘下の英ディープマインド社が開発した囲碁プログラム「アルファ碁」との対局によって示されたと言える。

五番勝負の2局目でアルファ碁は、囲碁に精通した人間の棋士では誰も思いもつかないような手を打った。これに対するプロ棋士のコメントは、「驚いた」「信じられない」などさまざまだったが、「人間ならあんな手は打たない」という点で意見は一致していた。アルファ碁は3000万を超える「人間の手」を学習し、プログラムの中で自分との対局を繰り返し、新しい戦略を身につけた。まず人間の打ち方を理解し、次に「その先」を見て腕を上げたのだ。これが結実したのが第2局の37手目だった。

アルファ碁は誰も使わないような手、独創的で創造的な手を見つけて打った。それは「機械にとって創造性とは何か」を問う、大きな意味を持つ手だった。

機械は「意味」を理解できるか?

人間の創造性が発揮される場面についても見ていこう。ロボットはルーティンワークをうまくこなすことができるが、「時間」に対する柔軟性がない。時間や変化、異なった仕事・情報にすぐに対応できるのは人間である。柔軟ということは「適応が早い」ということでもある。人間は指示されなくてもすばやく適応する。その一方、ロボットは柔軟性に欠ける。たとえばロボットは進行方向にちょっと障害物を置かれただけで、その回避の仕方を習得するのにも時間がかかる。

「創造性」のおかげで人間は柔軟性・適応性を発揮できるが、「意味」を理解できるのも創造性が備わっているからだ。

たとえばアート。アートにはさまざまなものがあるが、どれにも深い意味や感情が込められている。そして今日では、ギャラリーで見るようなアート作品だけでなく、ありふれた店舗で見るような製品も、さまざまな深い意味を持っている。機械も人間と同じように、この意味を理解するのだろうか。

AIと人間が「CM制作」で対決

広告会社マッキャンネクストの代表を務めるデジタルクリエティブディレクターの松坂俊なら、その答えを知っているかもしれない。

2015年に松坂は、テレビ広告のコンセプトを考える、世界初の「AIクリエイティブディレクター」をつくることを決めた。これまでにつくられたさまざまな広告を要素に分解し、コンピューターにデータ(業種やキャンペーンの目的・CMのターゲット・トーン・手法・出演者・音楽・モチーフ)を入力、どの要素が広告の成功につながったか、その情報も加えた。そして、アルゴリズムを使ってCMの企画を練った。

完成したCMは、人間のクリエイティブディレクターがつくったCMと対決した。誰(あるいは何)がそのCMをつくったか伏せたまま、どちらの作品がよいかを競った。ウェブ投票の結果、人間クリエイターの作品は得票率54パーセントで勝利した。

機械は意味のある会話をすることができるだろうか。共感するのだろうか。悲しみや喜びを理解し、そうした感情に対して適切な反応ができるのだろうか。創造的な職業の多くは、感情や行動・状況を読み取る、ユーモアを発揮する、ボディランゲージを理解するなど、「人間の領域」の社会的スキルを必要としている。したがって、こうした意思の疎通や共感が必要な仕事は、常に人間のほうがうまくこなせると言えるだろう。

「神の一手」を生んだもの

アルファ碁とイ・セドルの対局に話を戻そう。初戦から3連敗したセドルは、そのまま全敗するものと思われた。彼は追い詰められていた。彼は囲碁棋士として誰もが仰ぎ見る存在であり、この勝負が多くの人にとって象徴的な意味を持つことも理解していた。そして第4局の78手目、セドルは30分以上に及ぶ長考の末に、誰も思いつかなかった起死回生の一手を打ち、これが初勝利につながった。

中国人棋士、古力9段はこの78手目を「神がかった」と評した。同じくトップクラスの棋力を持つ彼でさえ、セドルが放った一手は予想さえしていなかった。囲碁の世界では、このときの手をいまでも「神の一手」と呼んでいる。

「神の一手」はイ・セドルの創造性・独創性によって生まれた。

それは前例のない、非常に創造的・独創的な手で、アルファ碁はそんな手が出るとは読んでいなかった。セドルの78手目のような手は誰も打たないものと考えていたのだ。これまでの学習によれば、その手が選ばれる確率は1万分の1だったという。

AIは囲碁で創造的な手を打ち、イ・セドルとの五番勝負で4勝した。だが、それは人間の能力を否定するものではない。イ・セドルが第4局で見せた手は、人間の可能性を示すものであり、人々に希望を与えるものだった。

筆者のニール・ヒンディ氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

創造的スキルを身につける

テクノロジーが発達すると、競争力の維持・向上を目指す個人や企業にとっては、「創造的スキル」がますます重要になってくる。歴史を振り返ると、技術がいかに発達しようとも、人間は常に機械を支配していた。それは新しいスキルに適応し、習得する能力を備えているからである。だが、コンピューターが認知の領域に入り込んでくると、創造性を高めない限り、優位を保つのは難しい。

コンピューターは数値を扱うのが得意である。単純作業を繰り返すのも得意だ。ところが意味の解釈が必要な分野や、多数の要素から成り、構造をすっきりと示せないような状況を扱わせると、人間ならしないようなミスを犯す。

機械は人間と同じような「好奇心・創造性・多様な思考スキル・想像力・判断力」を身につけない限り、創造的な人はもちろん、平均的な4歳児でさえ考え出すような、「独創的で普通なら思いつかない予想外の質問」をつくり出すことはできないはずだ。逆に言えばそれらこそが、人間がAIに勝つために必要なものなのである。

(翻訳:小巻靖子)

■ ニール・ヒンディ(Nir Hindi)
イスラエル・テルアビブ出身。起業家。The Artian創業者。現在、スペイン国王フアン・カルロス1世によって設立され、同国内で革新を促進する組織である「コテック」の100人のエキスパートの1人であり、マドリードにある欧州を代表するビジネススクールの一つであるIEビジネススクールの客員教授、デザインスクールIstituto Europeo di Designの客員講師を務める。

ニール・ヒンディ氏の著書:
世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること

ニール・ヒンディ(Nir Hindi)