毎日家事に育児に奮闘し、いつの間にか1日が終わっている。ほっとひと息つく間もなく、疲れ果てて気を失うように眠りにつき、また朝が来る。自分の洋服を買うお金があれば、子どもの洋服を買いたいと思ってしまう。ひとりでショッピングに出かけても、ついつい子どものものばかり見てしまっていることに気が付き、苦笑。でも、フト思う「妻じゃない、母じゃない、自分自身ってなんなんだろう」
「女でいたい」と思うのはいけないこと?
家族や子どものことを第一に考え、それが生きがい、それが楽しいと思える人もいれば、妻であること、母であることは、自分自身の役割のひとつにしか過ぎない。自分が自分のためだけに没頭できる「何か」を見つけたい…。そう思い、悩んでいる女性は少なくありません。
「○○ちゃんのママ、○○さんの妻ではなく、名前で呼ばれたい」「子育てや家事は自己評価でしか判断できない部分が大きい。他人からの評価を得られる何かをしたい」「夫に最後に名前で呼ばれたのはいつなのかわからない」
そんな不満や願望を口にするときに、胸の中にちょっぴり湧きあがる罪悪感。別に家事や育児を放棄してまで自分の時間が欲しいわけじゃない。自分が夢中になれる何かを見つけたいわけじゃない。ただ、1日に何時間かでいい、自分だけのために自分が喜ぶ何かをしたいだけ。
それなのに、そのことを口に出すのがはばかられる。こんなことを考えるなんて、悪妻なのでは? 母親失格なのでは?なんて思ってしまう。子どもを産んだ女性のアイデンティティは妻であり、母親であること。誰かに言われたわけではないのに、そんなふうに思いこんでしまっている…。そんな人はいませんか?
「女性であることを楽しみたい。なぜなら女性に生まれたのだから」
シンプルにそう思うことは果たしていけないことなのでしょうか?
どんな自分が好きですか?
家事や育児が楽しい、やりがいがある、そう思える人はいいのですが、日々の生活がちょっぴり空しく、寂しい。これからもずっとこのままなのかな、このまま年を取っていくのかな…なんて漠然とした不安を抱えているあなたへ。
よく「働きに出てみたらどうですか?」「ボランティアをしてみるのは?」「何か趣味を見つけてみてはどうですか?」なんてアドバイスが見られますが、それだけの行動力がある人は、きっとこんな悩みは抱えてはいないですよね。それができない、する勇気がないから悩み、苦しんでいる…。
そんなときは、そっと目を閉じて「どんな自分が好きなのか」を思い浮かべてみてください。
独身時代、さっそうと仕事をしていた自分?
小さなころ、お人形遊びをしていた自分?
それとも、誰かに恋をしていた自分?
あなたが思い浮かべた自分自身の姿、それもまぎれもない「あなた」なのです。
人はひとつの人格だけで構成されているわけではありません。妻であるあなたがいて、母親であるあなたがいて、女であるあなたがいて…さまざまな「あなた」が集まってひとりの人間としてのあなたが構成されているのです。
だとしたら当然、女であるあなたも尊重されてしかるべき。妻であり、母であることと同じくらい女でいること、女でいたいと思う気持ちは当然。罪悪感を抱くことはありません。その気持ちを大切にしてください。
女に戻る瞬間を作りましょう
さて、あなたはどんな瞬間に「自分が女である」ことを実感しますか。おしゃれをしたとき? 誰かにときめいたとき?
1日数分でいいので、「妻でも母でもない、女である自分」に戻る時間を作ってみましょう。足にペディキュアを塗る、スキンケアを丁寧にする、本を読む、自分の好きなテレビを見る、どんな些細なことでもかまいません。
「何をしたらいいのかわからない」というあなたは、その「何か」を模索する時間を作るのでもいいでしょう。大切なのは「私は今、私のためだけに時間を使っている」と実感すること。1日数分自分だけの時間を作る。それが積み重なったらきっと、「私は私」という大きな自信につながる何かが見えてくるかもしれません。
妻であること、母であることを除いたら、「私」という個体は空っぽだった…。くれぐれもそんな風に感じることがありませんように。
今でも葛藤しています
かくいう筆者も、妻であり母、そして女性、その狭間で揺れ動き、葛藤しています。もしかしたら、死ぬまで葛藤しているかもしれませんね。「よき妻である自分が一番好き」「よき母である自分に誇りを持っている」そう言えたらいいのですが、残念ながらよき妻、よき母ではないので胸を張ってそんな風には言えません。でも「女として輝きたい」そう思う自分がとても愛おしく、大好きなのです。
大中 千景