アメリカで初代のiPhoneが登場したのが2007年。日本ではまだスマートフォンがほとんど普及していなかった同年、ネットエイジア株式会社が東京都在在住の男女に対して行った調査における通勤電車の過ごし方(複数回答可)では、3人に1人が「考えごと」(35.0%)と回答しています。

調査方法と対象は異なるものの、先述の2018年の調査では上位に見られなかった項目です。

さらにさかのぼった2002年、JR東日本が12歳~69歳の男女に対して行った「駅を中心とする移動と消費に関する調査研究」(有効回答数:1万13件)では、平日の電車内の行動(複数回答可)としては、34%が「ぼーっとした」と回答。23%が「景色を見た」、14%が「周りの人観察」と回答しています。

景色を見たり、周りの人を観察するという行動は、今回の調査ではほぼ消滅しています。超過酷な首都圏の満員電車においては、乗っているだけで精一杯という方が多いと思われますが、周囲のスペースに余裕があったり運よく座ることができたとき、すき間時間を埋められるスマートフォンはとても便利です。しかし、その一方で、じっくりと考えごとをしたり、ぼーっとする「真のすき間時間」が減っていると推測できます。

以前、ある脚本家は、電車の車内で前に座っている人を見ること、その積み重ねが “感情教育”だと語っていました。また、アメリカの臨床心理学者であるシェリー・タークルは、世界的なカンファレンス『TED』において、デジタルテクノロジーやオンライン上のつながりへの依存によって、自分自身を省みる時間や、人と会話して共感し合う時間が急速に失われている事態が起こっていることを指摘しています。

通勤電車の限られたスペースの中ですぐに役立つ情報の収集や情報交換をできるようになったのは、とても便利なことです。しかし、電車の中で時にはぼーっとしてみたり、偶然乗り合わせた乗客の手に食い込んだ旅行かばんの重みや、高齢者の曲がった腰の痛み、マタニティマークをつけた女性の不安など、もう二度と会うことがないかもしれない人たちの心と自分の心を重ねてみることは、共感力を磨くために大切なことだと言えるのではないでしょうか。

【参考】

北川 和子