米中貿易戦争の行方に対し、今や全世界の関心が集まっている。「こんなことをしていたら世界のサプライチェーンはズタズタになる」「トランプの強気はブーメラン現象となって米国に大きなマイナスをもたらす」「半導体を止めれば中国は何も作れなくなる」。こうした懸念が渦巻いているのだ。

 この米中貿易戦争は、2018年3月22日の通商法301条発動が始まりであった。アルミや太陽電池は明らかに知財権を侵害しているとして、中国糾弾の動きが加速した。さらに米国政府は中国の国家プロジェクトともいうべき「中国製造2025」のハイテク製造阻止へ動き始めた。次いで4月16日にZTEへの電子部品の販売禁止を打ち出した。ZTEの場合、半導体の60%は米国のクアルコムから購入しているだけに、会社存続のクライシスを迎えるに至った。しかし米国議会(上院)が否認決議したこともあって、この販売禁止は解除された。

 何しろ米国のモノの貿易赤字の半分が対中赤字であり、3750億ドルにも達している。これに我慢のならないトランプ大統領は、2000億ドルの赤字削減を中国に要求し、7月には中国製品の340億ドル分、8月には160億ドル分に25%の課税制裁を発動した。中国もほぼ同等の報復処置を発動した。そしてついに8月23日、米中政府はお互いに160億ドル相当の輸入品に制裁関税をかけあうことを発動したのだ。いやはや、とんでもないことになってきた。

中国の株式市場は急落、製造業への打撃避けられず

 まず第1に米中貿易戦争の影響もあって、かなり体力の弱っていた中国の株式時価総額が急落している。中国の株式市場は2014年終盤には日本を抜き、世界第2位に浮上していた。しかしながらここに来て中国株の時価総額は約680兆円に目減りしており、たったの4カ月で約200兆円が吹っ飛んだということになる。これに対して日本株の時価総額は690兆円を維持しており、何と瞬間風速ではあるが中国を上回り、世界第2位となった。

 第2に中国政府が主導するIoT、エコカー、新エネルギー戦略にも影響が出てくる。また高速鉄道、スパコン、GPS衛星などにも悪いインパクトを与えるだろう。それよりなにより、半導体の調達が思うようにいかないのであれば、中国が得意とする機械、ロボット、太陽電池、その他の製造に大きな支障が出てくる。ZTEにクアルコムの半導体供給を止めただけで経営破綻のクライシスを招いた。これが中国トップのファーウェイに経済制裁が加えられたとしたら、さすがの中国政府も黙ってはいないだろう。ただし今のところ習近平政府は不気味なほどに、おとなしい対応をしているようだ。

 今回の米中貿易戦争の第2幕では、半導体や電子部品、さらには生産の各工程で使う製造装置や各種部品までが対象とされている。ところが米国の場合、この制裁を加えれば半導体の6割を中国から逆輸入するという笑えない事態が巻き起こる。世界最強の半導体産業を持つ米国ではあるが、この制裁によって中国からの輸入が滞れば米国で半導体が不足する恐れは十分にあるのだ。

中国の設備投資に大きな暗雲、日本への影響は?

 この貿易戦争によって世界の製造業のサプライチェーンがズタズタになれば、中国をはじめとするアジアの設備投資は減速せざるを得ない。しかして、日本に与える影響ということについてはなかなか読み方が難しい。あまり言われないことではあるが、中国から米国に渡る輸出品にバカ高い関税がかかれば、相対的に日本製品は大きく割安になるわけであるから、米国への輸出はかなり増えていくだろう。そしてまた、米国に新工場進出を考える企業も増えることになり、トランプ大統領のいう米国内の設備投資加速につながることにもなる。

 中国からの輸出に25%の関税がかるならば、次々と立ち上がる半導体工場にも負のインパクトが多大に働くことになる。中国半導体企業のSMIC、ASMC、ホワリー、YTMC、イノトロンなどの巨大工場建設は、すでに計画がスタートしている。そしてまた政府筋は2018年についても2000億元(なんと日本円換算で3兆円)の莫大な補助金を半導体企業につけようとしている。しかしながらこの貿易戦争が長期化すれば、こうした投資機運に冷や水を浴びせることになる。

 一方で中国には外資系大手の巨大工場が林立している。インテル大連、TSMC南京、サムスン西安、SKハイニックス無錫などの半導体ビッグカンパニーには、米国向けの輸出に大きな待ったがかかったことになる。日本企業においては輸出拠点を日本国内に置き換える動きが急増しており、これまた中国にとってはマイナス要因となる。

 なにはともあれ、不毛ともいうべきこの貿易戦争に早く終止符を打ってもらいたいと切に思っている。知財権防衛という大義名分はわかるものの、トランプ大統領の真意は中間選挙を有利に導くことにあるわけであり、一政治家のポジショニングと世界経済の混乱は秤にかけるわけにはいかないのだ。

産業タイムズ社 社長 泉谷 渉