自動車業界は現在「電動化」、「自動化」、「コネクティッド化」という大きな3つの変化に直面しています。自動車がガソリン車やディーゼル車が中心の時代から大きく切り替わろうとしています。その中で新しいキーワードとして「MaaS」という言葉が生まれています。MaaSとはいったいどのような意味なのでしょうか。今回はMaaSとは何かを知るために様々な角度からMaaSを見ていくことにしましょう。
MaaSとは何か
MaaSは「マース」と発音しますが、「モビリティ・アズ・ア・サービス」という英語の省略形となっています。日本人にとってはなぜこのような省略形にしなければいけないのか、という疑問もあろうかと思いますが、実はこの省略の方式はそもそもはIT用語から来ています。MaaSの概念を知るためにすこし回りくどくなりますが、IT用語の理解をしていただくとMaaSの理解が深まります。
ITの世界では自社でサーバーを持たずに外部企業にサーバーを運用してもらうことが多くなっています。最近では「クラウド」と呼ばれる「インターネットに接続することを前提とする各種サービス」(クラウドエースより引用)が主流になっています。その際に「SaaS(サース)」、「PaaS(パース)」、「IaaS(イアース)」といった言葉がよく使われます。
SaaSとは
「ソフトウェア・アズ・ア・プラットフォーム」の略で、これまではパッケージ製品として提供されていたソフトウェアを、インターネットを通じて顧客が利用できるように提供するクラウドのサービス形態です。SaaSを代表する企業として取り上げられるのが米Salesforce.com(セールスフォース・ドットコム)です。
PaaSとは
「プラットフォーム・アズ・ア・サービス」の略で、様々なアプリケーションが稼働するために必要なプラットフォーム(ハードウェアやOSを含みます)を先ほどのSaaSと同様にインターネット経由で顧客に提供するというものです。PaaSを代表とする企業としては米グーグルや米マイクロソフトが取り上げられます。
IaaSとは
「インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス」の略でシステムが稼働するのに必要なネットワークインフラなどをインターネットを通じたサービスとして顧客に提供します。IaaSを代表する企業としては先ほどPaaSにも出てきたグーグルやアマゾンがあります。
あらためてMaaSとは
さて、クラウドに関連するサービスの解説が長くなりましたが、ここまでのSaaS、IaaS、PaaSを理解した上でMaaSを見ていきましょう。MaaSというのは交通インフラ上に「移動」をサービスとして提供することを指します。
では、この交通インフラには何が含まれるのでしょうか。一番わかりやすのが道路、そしてその上を走るハードウェア(ここではクルマや車両という区別は必要ありません)、そしてそれらを制御するITシステムです。これらのプラットフォームを活用してサービスを提供するのが「モビリティ・アズ・ア・サービス」であり、MaaSです。
MaaSと自動運転、IoT、電気自動車の関係性はどうか
MaaSと「自動運転」、「IoT」、「電気自動車」がごちゃ混ぜに語られがちですが、これは分けて考える必要があります。結論から言えば、それぞれの要素はMaaSを構成要素ではありますが、MaaS全体を語るものではありません。
MaaSは移動サービスの概念を説明しているだけであって、テクノロジーに関して限定はしていません。もちろんそれぞれのテクノロジーはMaaSをアップグレードさせる要因であることは間違いありません。しかし、必ずしも自動運転が入っていなければMaaSではないというわけではありません。
もっとも、MaaSというと非常に新しい概念のように聞こえますが、2014年に著書「Google vs トヨタ」で既にMaaSの概念を指摘していたテクノロジーアナリストの泉田良輔氏によれば次のようなものだといいます。
「MaaSというと新しく聞こえますが、皆さんが通勤や通学に利用する鉄道会社はMaaSの運営者といえます。顧客をA地点からB地点に安全に届けるというサービスをしています。また、そのサービスを利用する乗客は車両を移動する際に利用するだけで自家用車のように所有はしていません。鉄道会社は車両、不動産を含む線路、制御システムを抱え、顧客の移動に関するサービスを提供することでビジネスを運営しているわけです。まさに、モビリティ・アズ・ア・サービスといえるのではないでしょうか」
トヨタがはじめるMaaS、"e-Palette"までの道のり
では、具体的に、トヨタ自動車がはじめるMaaSとはどのようなものでしょうか。
トヨタ自動車は2016年10月に「モビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)」の構築を推進すると発表しました。
また、その後の2018年1月に米国ラスベガスで開催された2018 Intenational CES(通称CES、セスと読む)トヨタ自動車はMSPF専用次世代電気自動車(EV)、e-Palette Conceptを発表します。このコンセプトには、「電動化」、「コネクティッド」、「自動運転技術」が活用されています。話はそれますが、トヨタの場合もMSPFというMaaSの概念の方が先で、その後に「電動化」、「コネクティッド」、「自動運転技術」の3つの要素が入ってきたことになります。つまり、MaaSと3つのテクノロジ変化は別物だということです。
トヨタはマイクロソフトとセールスフォースと仲がいい
さて、自動車とITという組み合わせは、これまでカーナビを除いて大規模ネットワークに接続してこなかった自動車産業にとっては意外な組み合わせといえるかもしれません。しかし、トヨタ自動車のこれまでの取り組みを見ると、そうとは言い切れません。ここでは、トヨタ自動車のマイクロソフトとセールスフォースとの取り組み事例などを見ていきましょう。
トヨタとマイクロソフトの蜜月の始まり
トヨタとマイクロソフトは2011年4月に次世代テレマティックㇲのプラットフォーム構築に向けた戦略的提携についての基本合意の発表をしています。その中でのポイントは以下の通りです。
- トヨタは2012年市販予定のEV及びPHVのテレマティクスサービスの展開にあたり、マイクロソフトの「Windows Azure」を採用。
- 2015年 までにトヨタとマイクロソフトが共同で独自のグローバルクラウドプラットフォームの構築を目指していく。
- 今回の提携を受けて、トヨタの顧客向けIT事業会社であるトヨタメディアサービス株式会社(以下、TM)は10億円の増資を実施し、グローバルクラウドプラットフォーム構築の業務をトヨタから請け負う。マイクロソフト、トヨタの両社はTMの増資に応じ 出資する。
このようにトヨタは2011年4月には既にクラウドプラットフォームについての取り組みを始めていました。ただ、この時点ではサービスプラットフォームという概念ではありませんでした。
トヨタがセールスフォースでソーシャル連携?!
2011年5月にはトヨタはセールスフォースともクルマ向けソーシャルネットワーク「トヨタフレンド」の構築に向けた戦略的提携の基本合意を発表しています。「トヨタフレンド」の内容のポイントは以下の2点。
「トヨタフレンド」は、人とクルマ、販売店、メーカーを繋ぐソーシャルネットワークサービスで、カーライフに必要な様々な商品・サービス情報などをお客様に提供。例えば、EV及びPHVの電池残量が少ない場合、充電を促す情報をあたかもクルマの「つぶやき」としてお客様に発信する。
「トヨタフレンド」はお客様が指定するプライベートなソーシャルネットワークでありながら、TwitterやFacebook等の外部のソーシャルネットワークサービスとも連携し、家族や友人とのコミュニケーションツールとしても利用できる。これらの情報はスマートフォンやタブレットPCなど、最新の携帯端末を通して提供される。
このセールスフォースとの戦略提携の中で、「トヨタメディアサービス(TM)」の株主構成は、トヨタが44.2%、マイクロソフトが33.5%、セールスフォースが22.3%ということが開示されます。
トヨタとマイクロソフトの「Toyota Connected」とは
その後しばらくの時間が空きますが、トヨタが再びマイクロソフトと大きな取り組みをはじめます。2016年4月にトヨタとマイクロソフト共同で「Toyota Connected」を米国に設立すると発表されます。ただ、設立時期は2016年1月とされています。
この会社はここまで見てきたトヨタメディアサービスとマイクロソフトの合弁会社となります。事業内容としては、ビッグデータセンターの運用、ビッグデータ事業、コネクティッド領域の研究開発とされています。会社の所在地はシリコンバレーではなく、テキサス州のプレイノです。
その後、マイクロソフトとトヨタは2017年3月には特許ライセンス契約を締結します。この締結内容はコネクティッドカー関連テクノロジーを包含する内容となっています。
このようにe-Paletteが生まれる前に、トヨタは米国のICTの大手企業と様々な取り組みをしていきました。そうした上にMaaSが築きあげられつつあるといってもよいでしょう。
デンソーのMaaSの取り組みとはどのようなものか
デンソーは自動車部品会社でMaaSのような自動車を活用したサービス事業とは関係がないだろういう人も多いのではないでしょうか。ところが、デンソーはMaaSのような大きな動きを受動的に見ているのではなく、能動的に取り組んでいます。実際に同社に「技術企画部MaaS戦略室」があるように、デンソーとしてMaaSに積極的に取り組んでいるようです。
デンソーのオンザロードへの出資
MaaSに対しては、先日MaaS領域の施術開発を加速させるためにオンザロードに出資をしています。出資金額そのものは1.6億円と金額そのものは大きくはありませんが、積極的に資本を通じてその得意な企業との取り組みを進めています。
デンソーはMaaSを実現するために、今回出資したオンザロードについては「従来から通信やクラウドを使った大規模なシステム開発において実績があり、次世代のモビリティサービスに必要となる基幹技術の開発において高い技術力を有している」と同社の技術について今回のプレスリリースの中で強調しています。
また、「今後デンソーは、オンザロード社の技術力や開発リソーセスを活用することで、MaaSシステムの開発体制を強化し、ソフトウェア技術開発を加速させます。これらの技術により自動車メーカーやサービス提供者の製品開発、サービス開発の成功に貢献していきます。」としており、デンソーがソフトウェアの開発及びサービス開発に積極的に展開することを明言しています。もはや単なる自動車部品メーカーではないということを言っています。
トヨタとデンソーで電子部品事業の整理
そしてトヨタとの間で気になる動きをしています。
それは、トヨタとの事業領域の整理です。2018年6月にトヨタとデンソーは電子部品事業をデンソーに集約することに基本合意をしています。
トヨタは電子部品は車載半導体の自社開発や量産で実績のあるデンソーに任せ、迅速かつ競争優位のある企業に任せることでグループとして事業展開する狙いだと思われます。
グーグルのWaymo(ウェイモ)のMaaSでのメリット
グーグルの自動運転への積極的な取り組みは有名ですが、現在はWaymoとしてプロジェクトを進めています。ここまで見てきたようにMaaSと自動運転は同義ではありませんが、MaaSにおいて自動運転技術を活用できれば様々なサービスが生まれることになります。
ARK Investによれば、以下の様なコストに関する見通しを発表しています。
自動運転システムの価格が15万ドルと高額だったとしても、試作車がすぐに実用可能と仮定した場 合、GoogleのWaymoはMaaS採用によりマイル当たり約70セントの収益が可能であり15、これは、現在 の個人が自動車を所有し運転するコストに匹敵します。
GMのMaaSとは何か―既にMavenは動き出している
GMがトヨタと同様にMaaSにそのまま乗り込んでくるかわわかりませんが、カーシェアリングという切り口でその存在感は大きくなりつつあるというのが実施ではないでしょうか。
英フィナンシャルタイムズ(Financial Times)によれば、カーシェアリング関係のアライアンスはGMはLyftと提携するだけではなく、自らMavenを立ち上げ、実際にサービス展開を進めています。
トヨタがサービスプラットフォームを提供するというステージであるのに対して、GMは既にプラットフォーム上で動かそうとしているサービスをスタートさせたという状況です。
ただ、自動車メーカーがサービスを始めるのに対しては冷ややかのコメントを前出のテクノロジーアナリストの泉田氏(Ryosuke Izumida)は同記事の中でコメントしています。
“Carmakers have never been in services. Their job ends with developing, manufacturing and delivering safe vehicles to the mass market. Even maintenance is a service that is done by their dealers,” said Ryosuke Izumida
MaaSは破壊的イノベーションなのか
MaaSとは破壊的イノベーションなのでしょうか。MaaSが登場することで、自動車メーカー、タクシー業者、レンタカー事業者、小売業などのビジネスモデルが大きく変わることで、新しい競争のルールが生み出されれば、それは破壊的イノベーションといえるでしょう。
ただ、破壊的イノベーションといわれてもよくわからないという方もいるかと思いますので、そうした方は「破壊的イノベーションとは?イノベーションの意味、使い方、分類について解説」を参照ください。
まとめにかえて
このようにMaaSは自動車メーカーだけではなく、様々な業界を変えるくらいに恐ろしい可能性を持っています。こうした戦いは、まさに異種格闘技戦ともいえ、同業界内でシェアを争っていた状況とは大きく異なることでしょう。製造業だと思っていた自動車メーカーがサービス業に転換しなければならない時代です。就職活動をする学生も要注意です。
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LIMO編集部