公的年金の受取開始時期は原則65歳ですが、70歳になるだろうと久留米大学商学部の塚崎公義教授は予想しています。
公的年金は保険です
まず、公的年金が保険であることをしっかり認識しましょう。火災保険は、火事になった時に1000万円受け取れる権利を得るために、火事になるかもしれない人が集まって1万円ずつ保険料を支払う、という制度です。「火事にならなかったら払った保険料が無駄になるから、火災保険には加入しない」という人は少ないでしょう。
公的年金は、これと似ています。老後に長生きしてしまった時に年金が受け取れる権利を得るために、現役時代に年金保険料を支払う、というものです。長生きは良いことなのですが、老後資金のことだけを考えると、長生きは火事と同様、困ったことであり、長生きしてしまうことはリスクなのです。
公的年金が火災保険と異なるところは、加入が義務だ、ということですが、実は公的年金の保険機能は自分でも追加できるのです。それが、年金受取開始年齢の繰り下げです。公的年金は、65歳から受け取るのが原則ですが、受取開始を60歳から70歳までの好きな時に変更することができます。たとえば70歳からの受取を選ぶと、65歳から受け取った場合と比べて毎回の受取額が42%多くなります。
これは、「65歳から70歳までの5年間に受け取るはずだった年金を保険料として政府に支払い、長生きした時に豊かな老後を送れる権利を得る」という取引なのです。
年金を70歳から受け取ることにすると、平均寿命まで生きると元がとれます。ということは、平均寿命より長く生きた場合、「70歳受け取りにして良かった」と思えるでしょう。一方で、平均寿命より早く他界した場合にも、損をしたと思う必要はありません。「早死にしたので老後資金が少なくて済んで良かった」と思えば良いのです(笑)。火災保険に加入しても火災に遭わなかった場合と同じことです。
今ひとつ、制度ができた時の平均寿命で元がとれるはずですから、平均寿命が伸びていけば、元が取れる人の割合は増えていくはずです。
現在は65歳で受け取り始める人が圧倒的に多い
ということは、70歳まで受取開始を待ったほうが得なのです。しかし現在は、65歳から年金を受け取り始めている人が圧倒的に多くなっています。
60歳から70歳までの間で自由に選べるのですから、バラツキがあっても良さそうですが、そうなっていないのです。特に、65歳を過ぎてから働いている人の中には、受取開始を待つべき人も多いはずなのに、もったいないことです。
昨年ノーベル経済学賞を受賞した「行動経済学」によれば、人間には非合理的な行動が多いのだそうです。たとえば「原則として65歳からだが、自由に変更して良い」と言われても、変更する人が稀なのは、人間の癖なのだそうです。
年金支給額を減らすか年金支給開始年齢を遅らせるか
ここまで、年金を受け取る個人の視点で考えてきましたが、ここからは政府の視点で考えましょう。少子高齢化によって年金支給が苦しくなっていきます。これは政府のせいではなく、長生きできるような良い薬を開発してしまった医者のせいなのですが(笑)、政府には批判が殺到しそうです。
政府の選択肢としては、「年金支給開始年齢を原則65歳から70歳に引き上げる」と「毎回の支給金額を減らす」の二つがありますが、年齢の引き上げの方が批判は激しそうです。
したがって、毎回の支給額を減らすことになりますが、その際、原則65歳受取開始という定めを廃止して「60歳から70歳までの好きな時に受け取りを開始しましょう」という制度にすれば良いと、筆者は考えています。
もっとも、政府が「受取開始時期は自由に選べます」と言うだけでは、年金制度をよく知らない人は60歳を選ぶ人が多いでしょう。したがって政府としては、人々が正しい選択をするように、十分な情報提供を心がける必要があるでしょう。上記のような情報をわかりやすく示した上で人々に受給開始年齢を選んでもらうよう、ぜひお願いしたいですね。
そうすれば、元気な人は70歳まで働いて、70歳以降はしっかりと年金が受け取れるでしょう。結果として、多くの人は70歳受取開始を選択するようになり、しかも自発的な選択ですから政府への風当たりもそれほど強くないでしょう。
なお、読者の中には、上記をすべて理解した上で、なおかつ「年金財政は破綻するのだから、受け取れるうちに受け取るべきだ」と考えて60歳受取開始を選ぶ人もいるでしょう。筆者と見解が異なる読者がいることは当然ですので、それは構いませんが、そうした読者には一言アドバイスをさせてください。
「受け取った年金は、ドルに替えて老後のために蓄えておきましょう。読者の予想が当たって政府が年金を支給できなくなった時には、年金も払えないような国の通貨は誰も持ちたくないでしょうから、猛烈なドル買いによってドルが値上がりするはずですから」と。
本稿は以上ですが、公的年金の基本的な制度について学びたい方は、拙著『一番わかりやすい日本経済入門』をご参照ください。
なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。
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塚崎 公義