部下が転職・独立を考えていると知ったとき、上司としてはそれを後押しまでする必要はありません。その代わり、「転職したい」「独立したい」という気持ちや、そう思うに至った背景にはよく耳を傾け、むやみに否定せずにまず「共感を寄せること」が必要です。そこから「それなら社内でこんなキャリアプランもあるよ」と提案したり、部下が「この上司の元でなら成長できるんじゃないか」と信頼を深めてくれたりする場合も多々あります。
「残業しない上司」が徹夜で話を聞いてくれた
ただ、もしその転職が部下にとって夢の実現・キャリアメイクにおける重要な分岐点なら、円満退社に向けたサポートをするのも上司の務めかもしれません。
私自身、何度も転職を経験していますが、転職の意思を打ち明けたときの上司の対応のいくつかは、いまでも深い感謝の気持ちとともに思い出せるものです。
たとえば、日ごろは絶対に残業をしなかった上司が、その晩はなんと徹夜してまで、私のキャリアへの思いをひたすら聞いてくれたことがあります。そんな上司のもとを去っていくのは寂しさもありましたが、「こうやって送り出してくれた上司の期待を裏切らないようにがんばろう」と決意したことで、より成長できたように思います。
「人が集まる職場」はどこが違うのか?
「人が集まる職場」は、社員が自分の将来や人生設計を考えることができ、上司を中心とした周囲の人々がそれを理解し、時にはサポートもするような職場です。
しかし、ほとんどの社員は毎日の仕事をこなすだけで精一杯なのも事実。そこで、若いうちから社員が人生のことを考えられるような刺激を会社から与えていくのも、人材開発・組織開発において欠かせないプロセスでしょう。
私の知っている社員定着率が非常に高い職場の1つに、終業後に自由参加の形で「キャリアアップ勉強会」「定年後の生き方セミナー」といった講習を会社で開催しているところがあります。人事部から「残業代はつかないけど、無料なので興味があれば参加してください」と社員に呼びかけたところ、予想以上に多くの社員が参加し、アンケートの結果も上々。それぞれ新たな知識や刺激を得られるだけでなく、グループワークを通し、部署や役職・上下関係にとらわれない自然な交流が生まれる機会になったとのことです。
「成長する喜び」は自己肯定感に直結する
このように、直接は業務と関係がないような自己啓発やライフバランスをサポートする取り組みが、間接的に仕事のモチベーションアップや職場コミュニケーションの改善につながる例は、近年、特に多く見られるようになりました。
ちなみに、仕事やキャリアアップに関係ない趣味の活動などであっても、部下が何かに熱心に取り組んでいるのであれば、ぜひサポートしてあげてください。ヨガでも、楽器でも、英会話や旅行でも、その人が「成長する喜び」を感じられるものであれば何でもかまいません。
私がこのように言うのはなぜでしょうか? 実は、こうした活動領域がある人は、ストレスの影響を受けにくく、満足感や自己肯定感を得やすい傾向があるからです。それは仕事へのモチベーションや、心身の不調の予防にもつながるのです。ささいなことであっても、部下が「成長感覚」を得ようと頑張っているのであれば、上司の方にはぜひそれを温かく見守る目線を持っていてほしいと思います。
■ 渡部卓(わたなべ・たかし)
産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチ。帝京平成大学現代ライフ学部教授、(株)ライフバランスマネジメント研究所代表。職場のメンタルヘルス・コミュニケーション対策の第一人者であり、講演・企業研修・コンサルティング・教育・メディア等における多数の実績を持つ。『明日に疲れを持ち越さない プロフェッショナルの仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)ほか著書多数。
渡部 卓