では、社内政治に巻き込まれないようにしながら、資本市場で経験を積んで結果を出すという道を突き詰められないのか、そう聞いたところA氏の答えは次のようなものでした。

「確かにその通りです。ただ、いったん年収が上がってしまうと、社内政治と無縁でいるのは困難です。そして、若くして高給になると手練れのベテラン層との競争に巻き込まれます。男の嫉妬は国内外問わず恐ろしいものです(笑)」

「資本市場との付き合いなら非常にドライでいいのですが、資本市場で勝負をしているはずなのに、それ以外の人間関係などの要素は正直面倒でしたね。人によって意見は異なると思いますが、年齢を重ねるとともに事業を自分で立ち上げてみたり、経営をしてみたくなったりしました。ありきたりな言葉でいうと、人と接したいということでしょうか。その時に、資本市場というのはちょっと違うのかなと感じ始めました。それで金融業ではない事業を立ち上げたのです」

理想の経営者はどの産業にいるのか

自身で事業を始めた今、目指す経営者はいるのでしょうか。するとA氏は次のようにいいます。

「これも金融業界にいたからかもしれませんが、製造業で一から会社を興して大きくした企業の創業者は尊敬しています。日本電産、キーエンス、堀場製作所、そして製造業ではありませんがソフトバンクなどは素晴らしいと思います」

金融業界に理想の経営者はいないのでしょうか。

「もともと金融は規制業種ですから、暴れん坊よりも調整力がある人が上に立つ産業です」

日本の金融業界に未来はあるのか

では、日本の金融業界をどう見ているのかと聞くと、A氏はこう答えます。

「過去10年を振り返ると、大きく2つのパラダイムシフトがあったように思えます。一つはリーマンショック。そしてもう一つはフィンテックという動きです」

「今後は、金融機関にいれば安泰、そして高給がもらえるという時代ではなくなったと思います。金融業界も人手が不要になっていく領域がますます増えるでしょうし、そうなれば全体の賃金が下がることもあるかもしれません。やはり事業を起こすほうが、金融機関のサラリーマンであることよりもリスクが少ないのではないかと感じます」

給与とやりがい、どちらが大事か

最後に、起業して給与は下がったのではないかとA氏に聞いてみました。

「はい、大きく下がりました。ただ、食べていく分には事足りますし、何よりも毎日自分で作っている事業があるというのが最も大事なことだと思っています。それに、すべて自分に跳ね返ってくるのが醍醐味ともいえます。給与は多いに越したことはありませんが、目の前にやるべきことがあるほうが重要ですよね」

「最近、以前働いていた金融機関の元同僚から盛んに連絡があります。『退職したのでご飯でも食べよう』と。久しぶりに会って話をしてみると、新たに挑戦したいことがあるという人物が意外と少ないことが気になっています。自分にも当てはまりますが、やりたいことがあるのであれば、急速に変化する社会環境を考えると、すぐに行動に移すほうがいいのではないでしょうか」

LIMO編集部