産業機器や白物家電、そして自動車とほぼすべての分野にわたって需要が堅調なパワー半導体市場。国内では三菱電機、富士電機、ロームなどが主要プレーヤーであり、今後も需要拡大が見込めることから、各社ともに生産能力の増強に着手している。現在の主流はシリコン系パワー半導体であるが、次世代に目を向ければ、SiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)といった新素材を用いたパワー半導体も市場拡大の機会をうかがっている。

 こうしたなかで、調査会社の富士経済が先ごろ発表したパワー半導体市場に関するレポートは実に興味深いものであった。

GaN/酸化ガリウム系の急成長を予測

 それによると、次世代パワー半導体のなかでは、SiCよりもGaNや酸化ガリウム系などGa系の急激な伸びを見込んでおり、2030年時点ではSiCを上回る市場規模になると予測する。

 30年の将来予測として、同社ではSiCを2270億円(17年比8.3倍)、GaNを1300億円(同72.2倍)、酸化ガリウム系を1450億円(17年は僅少)と見込む。Ga系パワー半導体の市場成長を高く見込んでおり、GaN/酸化ガリウム系を合算した市場規模はSiCを上回る見通しとなっている。

 GaNパワー半導体市場は、200V帯の低耐圧領域向けと600V帯以上の中耐圧領域向けで形成されており、近年、中耐圧領域向けでは参入メーカーが製品ラインアップの拡充を図っていると指摘。19年以降、本格的な市場拡大につながっていくという。

 用途別では、17年時点では情報通信機器分野の需要が一番大きく、POLコンバーターやサーバーのDC/DCコンバーターで採用されている。今後も情報通信機器が需要の中心となるが、20年以降は太陽光発電用パワーコンディショナーや高周波駆動が必要な工作機械・医療機器、自動車分野などで採用が活発化すると見ている。

 伸び率ではGa系パワー半導体に劣るSiCだが、自動車やエネルギー分野の中高耐圧領域を中心に着実に市場を拡大させていく見通し。なお、SiCパワー半導体の17年市場規模275億円のうち、SBD(ショットキーバリアダイオード)は225億円、FET(電界効果トランジスタ)は50億円となった。

GaNは低コスト生産に強み

 SiCは当初予測に比べて市場拡大が遅れているのは事実だが、次世代パワー半導体の主役候補という位置づけが一般的だ。しかし、今回の富士経済の長期予測はSiCよりもGaN/酸化ガリウム系の伸びしろに対する評価が高く、そういった意味では今までにはない見解といえる。

 最近は少しトーンダウンしているものの、GaN系デバイスは低中耐圧領域では本命候補と目されていた。シリコンウエハー上にGaNを薄膜成長(エピタキシャル成長)したデバイス構造で低コスト生産が可能であるため、コスト要求が厳しい低中耐圧領域のニーズに応えることができる。加えて、パワー半導体に占める低中耐圧市場は高耐圧を上回る規模であり、潜在的なポテンシャルは高い。

 ちなみに、酸化ガリウムに関しては次々世代という位置づけの新材料デバイスだ。SiCやGaNに比べてバンドギャップ性能が広く、さらなる低損失化・高耐圧化が実現できるとされている。国内ではタムラ製作所などが開発を進めるほか、京都大学発のベンチャー企業である「FLOSFIA」が、デンソーと資本提携を通じて協業を図ることでも注目を浴びた。

新日鉄住金などが事業撤退を発表

 一方のSiCだが、GaNに比べて決して停滞感が強いわけではない。ロームはSiCパワー半導体の売上高が16年度(17年3月期)、17年度と2年連続で前年度比倍増する見通しであるなど、量産採用の案件が確実に増えている。

 デバイス製造で重要なSiCウエハーの分野を見ると、参入メーカーの撤退や事業売却と同時に新規参入などもあり、プレーヤーの新陳代謝が進んでいる。国内では、ウエハーサプライヤーとして期待が高かった新日鉄住金マテリアルズが事業撤退を発表した。

 同社はSiCウエハーの研究開発を長年続け、国内主要サプライヤーとしての期待値が高かった。しかし、採算性確保を重視する姿勢が強いあまりに、6インチの市場投入のタイミングを逸するなどしており、事業の継続性に疑問が持たれていた。「撤退するなら、最後のチャンスだった」(SiCウエハーメーカー)といわれるように、6インチ世代に本格的に踏み込むのか否かの瀬戸際だったといえる。

 既存の国内メーカーのなかでは今後、昭和電工に対する期待がこれまで以上に高まりそうだ。同社はすでにエピウエハーメーカーとして豊富な実績を有しているほか、新日鉄住金の撤退を機に、パワー半導体用SiCウエハーの昇華再結晶法に関する関連資産を譲り受けた。生産能力の増強も矢継ぎ早に発表しており、事業拡大に意欲を見せる。

 一方でSiCウエハー分野に新規参入する企業も出てきた。住友電工が9月から独自技術を用いたエピウエハーの販売を開始。同社は従来デバイスおよびモジュール開発を行っており、今後はウエハー~エピ~デバイス&モジュールまでの一貫した垂直統合モデルを展開していくことになりそうだ。また、住友金属鉱山も加賀電子の子会社として、独自のSiCウエハーの開発を進めていたサイコックスの株式過半を取得、新規参入を果たしている。

 「参入メーカーの入退出」というウエハー業界の新陳代謝が今後、SiCパワー半導体の市場拡大にどういった影響を与えるのか。その答えは数年先になってみないとわからなそうだ。

(稲葉雅巳)

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉 雅巳