フィンテックは先進国の専売特許か?

皆さんは「フィンテック」というと、どんなものを思い浮かべるでしょうか。フィンテックは、「Finance=金融」と「Technology=技術」を組み合わせた造語です。たとえば、インターネット上で株式の売買ができたり、保険に加入できたりするのもフィンテックですし、最近良くも悪くも注目を集める仮想通貨はもっともイメージしやすいフィンテックの一例かもしれません。また、中国では、「アリペイ(Alipay・支付宝)」や「ウィーチャット(Wechat Pay・微信支付)」といった電子決済サービスが爆発的に普及しています。

こうした部分だけ見ると、フィンテックには高速インターネットや最新テクノロジーが必要であり、それを使う個人・法人も高性能のスマホやパソコンを持っていないと始まらない、そういう印象を持つ方もいらっしゃると思います。実際、私たちの身の回りには、こうしたサービスが多いように感じられます。

しかし、フィンテックは先進国や中国だけの専売特許ではありません。自分たちの身の回りのサービスや、報道でよく目にする日本・中国のハイテク事例ばかりを見ていると、フィンテックそのものの大きな流れを見誤ってしまう可能性があります。

実は、「銀行口座」など先進国ではごく当たり前の金融サービスがあまり普及していない新興国においても、独自の「ローテク」フィンテックが花開いているのです。

ケニアで「ローテク」フィンテックが花開いた裏事情とは

ケニアは東アフリカに位置する国です。コーヒーのイメージを持つ方もいらっしゃるかしれません。この国では、銀行口座の保有率が低く、普及が進んでいません。農村部から都市部に出稼ぎに出る人が多いという事情もあって、家族への仕送りなど少額送金のニーズが高かったのですが、銀行口座が広く浸透していないため、現金を郵送したり、バスなどで農村部に向かう知人や友人に託したりしていたようです。しかし、郵送だと紛失のリスクがありますし、手渡しにしても盗難や持ち逃げの可能性が否定できないなど安全面で問題がありました。

一方で、ケニアでは携帯電話が広く普及しており、普及率は2010年時点で6割を超え、2015年6月末には約84%となっています。銀行口座は持っていないけれど、携帯電話は持っている――こうした人々が多い状況にあって、2007年に登場したあるサービスがケニアのお金事情を激変させることになります。それがフィーチャーフォン(ガラケー)からでも送金できる、いわゆるモバイル送金のサービス「M-Pesa(エムペサ)」です。

銀行口座がなくても使えるM-Pesaの仕組み

M-Pesaの仕組みとは、どういったものなのでしょうか。銀行口座を持たず、ガラケーでお金のやり取りをする方法といわれてもピンと来ないかもしれません。また「モバイル送金」というと、日本の銀行が提供している「モバイルバンキング」と似たサービスなのか、と思われるかもしれませんが、そうではありません。

モバイル送金をざっくり説明すると、銀行口座を持っていなくても、携帯電話のショートメッセージ(SMS)を使って、お金を送信したり、受け取ったりできるサービスです。その代表的なサービスがケニアの通信事業者サファリコム(Safaricom)が提供するM-Pesaというわけです。

M-Pesaの送金サービスでは、まず利用者はM-Pesaのアカウント(口座)を開いた後、サファリコムの窓口や9万店を超えるともいわれる代理店で自身のアカウントに現金を預けます。送金する際はSMSで送金先と送金額を指定し、送金先に暗証番号を送ります。受け取った相手は、窓口で暗証番号を提示するなどして現金を受け取ります。送信にはインターネット回線ではなく、携帯電話回線が使われます。

この送金方法はサービス開始当初から、携帯電話を持ってはいても銀行口座を保有せず金融サービスを利用できなかった人々の需要に応え、急速にかつ爆発的に広まりました。2016年9月にサファリコムが公表した資料によると、国全体の携帯電話契約者数が3,300万回線といわれるなかで、その利用は2,670万口座にもなるそうです。店舗やレストランなどの日常生活における幅広い決済にも対応しており、2017年における送金額は実に約3.4兆KES(ケニアシリング)にものぼり、M-Pesa経由で動くお金は、ケニアのGDP額の約50%にも及ぶといわれています。

また、M-Pesaではこうした個人間の送金のほかに、電気・水道代や学費の支払い・決済や貸付などといった送金以外の金融サービスも拡充しています。既存の金融機関との連携も進めており、先進各国のフィンテック事例とはまったく異なる発展を遂げつつあります。

M-Pesaが及ぼした社会的影響は、単に送金や決済が便利になったことに留まりません。前述のように銀行口座が十分に普及していない環境下において、お金を保管する為には「肌身離さず持ち運ぶ」、または「土に埋める」等の強盗や滅失の危険性が高い方法を採る必要がありました。しかし、M-Pesa上で安全に貯蓄が可能になったこと、電気や水道などの公共料金の支払いも可能になったことなどにより、2008年から2014年までの間に少なくとも19万4,000世帯が絶対的貧困層から抜け出すことができたとの研究結果も存在するようです。

さらに、このサービスを展開しているサファリコムも、人々の生活をより豊かにしながらもしっかり稼いでいます。2017年3月期の決算では、サービス収入が前年比14.8%増と好調ですし、2013年3月期と比較すれば、実に72.9%も増加しているのです。慈善事業としてではなく、自身のコアビジネス(携帯電話事業)を上手に生かしながら、持続的な新たなビジネスの柱としてのフィンテック事業を立ち上げることに成功しています。

ケニアではM-Pesa以外にも複数のモバイル金融サービスがあります。また、他のアフリカ諸国でも、各国・地域の生活環境や社会構造、実体経済やインフラ整備等の実状に即したニーズに応える多様なフィンテック企業/サービスが参入しています。こうした、先進国では見られないフィンテックの普及・発展の遂げ方は、中国を含むアジアや中南米などアフリカ以外の新興諸国でも見られます。M-Pesaが実現したような急速な普及を目指して、世界中の企業がフィンテック技術を活用した革新的なサービスを競い合っているといえます。

ちなみにM-Pesaの「M」はモバイル、「Pesa」はスワヒリ語で「お金」を意味するそうです。M-Pesaは人力を介した仕組みですし、先進国ではこれからも見ることのない方式かもしれません。ですが、モバイルというテクノロジーとお金を組み合わせて、イノベーションを起こし、人々の生活を根本から変えた――これはまさにこれは「新興国におけるフィンテック」の際たる事例と言えるのではないでしょうか。

まとめにかえて:フィンテックの本質とは

広く世界を見てみると、スマホを持たない人は数知れずいますし、ネット環境がない場所に暮らす人だって沢山います。ですが、フィンテックはこうした人々の生活さえも一変させる可能性があることを、M-Pesaが普及したケニアの事例は示しているといえます。

テクノロジーを活用し、その地の生活環境や社会構造にフィットするかたちで、革新的なお金に関するサービスを実現する、そしてそれが人々の生活を劇的に変えることになる――それがフィンテックの本質だといえるでしょう。


(本稿はフィンテック関連企業を例示していますが、当該銘柄の売買を推奨するものでも、将来の価格の上昇または下落を示唆するものでもありません。また、日興アセットマネジメントが運用するファンドにおける保有・非保有および将来の銘柄の組入れまたは売却を示唆・保証するものでもありません)

千葉 直史