トランプ大統領とコーン国家経済会議(NEC)委員長との対立が表面化し、次期米連邦準備制度理事会(FRB)議長レースが振り出しに戻っています。そこで今回は、FRB議長の椅子を手に入れるには誰になるのか、迷走中の議長レースの現状を整理してみました。
フィッシャーFRB副議長、突然の辞任は波乱の幕開けか?
FRBの“重鎮”、フィッシャー副議長の突然の辞任がFRB人事の波乱の幕開けではないかと警戒されています。
同氏が辞任を表明した翌日の9月7日、米上院銀行委員会でランダル・クオールズ氏の人事が承認されたことが背景となっています。
7月にトランプ大統領からFRBの銀行監督担当副議長に正式に指名されたクオールズ氏は、「銀行規制を見直す時が来た」と述べるなど金融規制緩和の急先鋒として知られています。一方、フィッシャー氏は金融規制緩和を「極めて近視眼的で危険」としており、規制緩和には反対の立場です。
8月のジャクソンホールではイエレン議長が「金融危機後に導入された規制強化により金融システムが安定した」との認識を示していることからもうかがえるように、現在のFRBは規制緩和には反対の立場です。
現在のFRBは正副議長を含む7人の理事のうち3人が空席となっており、フィッシャー氏の辞任で空席は4人となります。仮にイエレン議長が再任されず、理事も退いた場合には7人中5人をトランプ大統領が指名できることになります。
クオールズ氏は上院本会議での承認が残されていますが、承認は確実な情勢です。FRBの現体制とは正反対の考え方を持つクオールズ氏の就任を目前に控え、大御所であるフィッシャー副議長の突然の辞任は、将来的なFRB内での意見対立や政策の大転換といった波乱の幕開けとなるのかもしれません。
コーン氏脱落で本命不在、議長レースは迷走中
FRBの議長レースはコーン国家経済会議(NEC)委員長を本命、現職のイエレン議長を対抗馬として展開されてきましたが、コーン氏の脱落で本命が不在となっています。
トランプ氏が白人至上主義者を擁護したととれる発言を巡ってコーン氏との溝が深まったとされており、コーン氏には一時辞任のうわさも流れました。完全に消えたわけではありませんが、トランプ大統領はコーン氏と距離を置くようになった様子ですので、“大統領に次ぐ権力者”とも称されるFRB議長にコーン氏が就任する可能性は限りなく低くなった模様です。
議長レースが振り出しに戻ったことで、以前の候補者が再び注目を集めています。具体的には、“テイラー・ルール”で有名なスタンフォード大学のジョン・テイラー教授、ブッシュ減税の立案者の一人として知られているコロンビア大学ビジネススクール学長のグレン・ハバード教授、元FRB理事のケビン・ウォルシュ氏といった名前が挙げられています。
共和党がFRBに求める3つの条件
トランプ大統領は、共和党の指名候補レース中はイエレン議長に対して「お前はクビだ!」との決めゼリフを告げると宣言していましたが、いざ大統領に就任してみると、イエレン議長を「尊敬している」と態度を一変させています。
本心ではイエレン議長を再任させたいものの、共和党からの圧力でそうもいかないという事情が見え隠れしています。
FRB議長に関する共和党の条件は次の3点に集約できそうです。1つ目は金融規制緩和派であること、2つ目はルール・ベースの金融政策を支持していること、そして量的緩和に批判的であることです。
名前の挙がっている候補者は、程度の差はありますがいずれもこの3つの条件を満たしていると考えられています。
問題はこの共和党が支持する3つの条件のうちトランプ大統領と一致するのは規制緩和のみであり、自らを“低金利主義者”と称する同大統領にとって量的緩和や裁量的な金融政策は必ずしも批判の対象ではありません。
トランプ大統領、民主党への歩み寄りをさらに前進
もともとは民主党の支持者であったことからもうかがえるように、トランプ大統領の政策には民主党寄りの政策も少なくありません。
TPP脱退やNAFTAの見直しなどに代表される「アメリカ第一主義」は、本来は民主党のお家芸です。共和党は伝統的に自由貿易主義であり、自由貿易協定やグローバル資本主義を支持し、保護貿易の撤廃を訴えてきました。また、目玉とされるインフラ投資も、そもそもは民主党のクリントン候補が掲げた政策です。
したがって、自由貿易協定の見直しやインフラ投資は民主党との交渉カードとして機能する可能性があります。
ハリケーン被害救済法案では民主党との電撃合意で共和党を驚かせたトランプ大統領ですが、民主党への歩み寄りをさらに前進させています。
トランプ大統領は不法移民の子供を対象にした移民救済制度“DACA”の撤廃を表明していますが、DACAでの譲歩をきっかけにして、難航が予想される税制改革で民主党からの協力を引き出そうとしています。
DACAは議会による立法ではなく、オバマ前大統領の大統領命令による免除措置ですので、議会の承認を得ずに大統領命令で廃止することは可能ですし、撤回を見送ることも大統領の手中にあります。
議長交代ならウォルシュ氏、ハバード氏はNEC?
次期FRB議長レースでは、イエレン議長の再任は民主党への満額回答と言えるでしょう。一方、共和党の条件に照らした場合、テイラー教授が適任となりそうです。
ただ、トランプ大統領は“ビジネス政権“を標榜している関係で“学者”のイメージの強い人材を避ける傾向にありますので、高名な経済学者として知られるテイラー教授を見送り、ウォルシュ氏を推す公算もありそうです。
一方、ハバード教授は、その経歴からすると税制改革で主導的な役割を担っているコーンNEC委員長の後任のほうがふさわしいでしょう。
議長の椅子は交渉カードに? タイムリミットは10月
次期FRB議長の行方はまだまだ流動的であり、イエレン議長の再任やコーンNEC委員の横滑りの芽が完全になくなったわけではありませんが、これまでの経緯からすると振り出しに戻ったと言えそうです。
トランプ政権は現在、何も決められない共和党から距離を置き、民主党との協力関係を模索しています。FRB議長の椅子はトランプ政権と共和党、民主党の3つの主体の利害関係を調整する取引材料の一部になっている恐れがあります。
トランプ大統領は次期FRB議長を年末までに決めるとしていますが、承認のプロセスに時間が必要なことから、現実的なタイムリミットは10月までと考えられていますので近い将来に大きな動きがあるかもしれません。
今週のFOMCではバランスシートの縮小開始が決定される見通しで、今後の利上げ見通しも気になるところですが、議長交代で金融政策の大転換も起こりうる状況となっていますので、当面は政策を横目に議長レースへの関心が高まりそうです。
LIMO編集部